教会
続きです。
教会。
元来それはその名の通り医療施設ではないのだが、訳あってそういった治療と深く結びついている。
というのも、その信仰対象が“聖樹の祈り”や“聖雨”と結びつけて考えられているのだ。
ごくありふれた、貧しい地域の物乞いだって知っている信仰・・・・・・世界樹信仰。
一本の樹木からこの世界は始まっていて、今もどこかにその巨木は根を張っているはずというものだ。
そんなに大きいならすぐに見つかりそうなものだが、まぁ誰も発見してないってことは・・・・・・たぶん存在しないのだろう。
こんなことを考えていると熱心な信者に怒られてしまうんじゃないかと思うが、意外とそんなこともない。
やっぱり信仰に対する考え方はそれぞれで、世界樹が実体を持ったものとしてはこの世界に存在しないといったことを前提にしている人たちもいる。
その人たちからすれば、世界樹とはその言葉のまま樹木を指すのではなく、もっと精神的な云々かんぬんということらしい。
わたし自身特別詳しいわけじゃないからなんとも言えない。
とにかく、そういったわけで樹木というのは信仰において特別な意味を持つ。
そこに人々の病を取り除き、失われた四肢を再生する“聖樹の祈り”と痛みを和らげ傷をたちまち治してしまう“聖雨”というコード・・・・・・信仰と結びつくのはごく自然な流れだと言えるだろう。
これらコードが実際に世界樹と関係あるのか、それとも単なる偶然なのか・・・・・・それは誰にも分からない。
「えっと・・・・・・ここ、だよね・・・・・・?」
療養の大部分は結局のところ家で過ごしていたから、正直教会への道のりはあんまり自信がなかった。
目の前の建物を見上げる。
ところどころに散りばめられた樹木の意匠、まるで深い森の中から香ってくるような爽やかな大地の匂い。
間違いなく、ここが教会だった。
教会内に立ち入ると、いくつも並べられた長椅子がわたしを出迎えてくれる。
その椅子の正面は全て教会奥にある人工の泉とその中央に根を張っている聖樹に向いている。
泉に張られている水はその全てが聖雨で、中央の聖樹はここの修道女たちによって代々世話をしてきているそうだ。
並べられた長椅子では、既に幾人かの怪我人が修道女によって治療を受けている。
ただそのほとんどは軽傷だ。
まぁこんな入ってすぐのところでパパッと処置を行うくらいだから、元々この場所で治療を受ける人は大したことないのだろう。
シンプルな構造の建物だが、脇にはまたいくつかの部屋がある。
一番奥の部屋がいわゆる診察室で、後の部屋は重症者のための部屋だ。
変異体との戦いの後、わたしたちも危うくその部屋行きになるところだったけど、まぁそれには及ばなかった。
さて、そして・・・・・・まぁ予想通りではあるけど、コムギの姿はこの近くには無い。
つまりはどこかの部屋で体を休めているのだろうが、そこまで酷い怪我を負ったのだろうか?
元々パシフィカは比較的安全な地域だし、それこそ変異体でも出ない限り療養部屋のベッドが使われることがない。
まぁ・・・・・・怪我をしてくる人は大抵が冒険者なので、そんな気にしないで帰ってしまうってこともあるのだろうけど・・・・・・。
「あの、すみません・・・・・・」
ナエギに言われた通り、とりあえず近くで手の空いていそうな修道女さんに話しかける。
わけを話したら、すぐにコムギが居るであろう部屋に案内してくれた。
事前に話を通してあるってことは、まぁ今日もわたしたちがナエギの店を訪ねるであろうことを予想していたのだろう。
そして、今日・・・・・・ちゃんとその推測通りになったわけだ。
わたしが開けるまでもなく、案内してくれた修道女さんがドアを開けてくれる。
そこにあったのは日の光がいっぱいに降り注ぐ個室だった。
微妙に開かれた窓から入ってくる風が白いカーテンを柔らかく揺らしている。
そしてその部屋の中央にあるベッド・・・・・・そこには、ほっぺたにガーゼを当てられたコムギが静かに寝ていた。
被せられた布団から微妙に覗ける鎖骨の辺りにも包帯が巻かれている。
いったいその包帯がどの程度の範囲に巻かれているのかは、今の状態では判断がつかなかった。
「それじゃ、失礼しますね・・・・・・」
「え、あ・・・・・・はい。ありがとう、ございます・・・・・・」
案内してくれた修道女さんが、わたしを残して部屋を後にする。
わたしは、部屋の隅にあった椅子を引っ張ってきてコムギの脇に座った。
続きます。




