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教会へ

続きです。

 あの決闘の翌日、一応決着はついてしまったしどうするか悩んでいたのだけど・・・・・・結局わたしとラヴィはもう一度二人を訪ねることにした。

ただ・・・・・・お店の様子がどうも昨日と違うようだ。


 定休日なのかも分からないけれど、入り口のドアにぶら下がっている看板には「close」の文字。

明かりが点いている様子もないし、もしかしたら留守なのかもしれない。


「でも・・・・・・なんか変な感じ・・・・・・」


 なんというか、妙に活気を感じさせないというか・・・・・・人が生活する上で最低限発生する“動”の気配が無いのだ。

留守にしたってこの時間なら少し前まではここに居ただろうに・・・・・・それすら感じさせないほどに薄暗く、静かだ。


「あ、ちょっと・・・・・・ラヴィ!」


 閉まっている以上勝手に入っちゃマズそうなもんなのに、ラヴィはまるで最初から目的地が見えているかのようにずかずか敷地内に進んでいく。


「ちょっと待ってよ。・・・・・・ていうか、開いてない・・・・・・でしょ?」


 丁度ドアノブに手をかけていたラヴィの後ろに駆け寄り、その手元を覗き込む。

そして「close」のはずのドアは・・・・・・驚くほどあっさり「ガチャリ」と音を立てて開いた。


「え、ウソ・・・・・・鍵開いてる・・・・・・」

「それか・・・・・・“誰かに開けられた”か・・・・・・」


 ラヴィがやけに警戒した表情で不穏なことを言う。

まさかそんなこと・・・・・・とも思うが、もちろん否定しきるだけの根拠も持ち合わせていない。


 まるで魔物の巣に立ち入るみたいに、そろりそろり忍び足で店内に入っていく。

先を行くラヴィの背中にまだ尋ねたいことはあったが、今はとても声を出せるような感じじゃなかった。


 まるでわたしたち自身が泥棒になったかのような気分で、息を潜めて辺りを見回す。

いつもならパンが並んでいる商品棚は空っぽ。

コムギが居たお会計の場所にも誰も・・・・・・いや・・・・・・?


 お会計の奥にある暗がり、そこで何かが揺れた・・・・・・気がする。

最初は気のせいかとも思ったが、ラヴィもそこに何か見つけたようだったので・・・・・・たぶん“何か”居るのは間違いない。


 怖いもの・・・・・・はあまり見たくないが、その正体を確かめないことにはわたしたち自身の安全が確保できない。

そろりと身を乗り出して、暗がりに目を凝らす。

じわりとその闇に目が慣れてきて・・・・・・そうして薄まった闇の中に、まるで幽霊のように佇んでいる人影があった。


「ひっ・・・・・・」


 ドキッとして背筋が凍りつく。

その闇に溶けて消えてしまいそうな人影は、しかしふらりとこちらに歩み出してくる。

思わず後退るが、一歩こちらに近づく度に実体を得るかのように輪郭をはっきりさせていくその人影の“正体”を見て、やっと緊張を解くことができた。


「なんだ、居たんだ・・・・・・ナエギ」


 鍵が開いてたのも不在じゃなかったからだし、闇の奥に居たのも幽霊なんかじゃなくてちゃんと実体を持ったナエギだった。

ナエギはわたしたちを見ると、酷く疲れた表情でお会計のところにある小さな椅子に座った。


「来たか・・・・・・。丁度、二人を待ってたんだ・・・・・・」

「え、待ってたの・・・・・・?」


 口ではそう訊くが、心に引っかかるのはそこではない。

なんか・・・・・・異様に、元気が無い。

いやまぁ、昨日の様子だとコムギとの関係はだいぶ悪化してしまっただろうけど・・・・・・それにしたって過剰だ。


「コムギは? ここには居ない?」


 ラヴィがコムギの所在を尋ねると、ナエギの目がぴくりと反応する。

そして長い沈黙の後、まるでため息をつくように抑揚のない声を絞り出した。


「コムギは・・・・・・教会に居る・・・・・・。その・・・・・・二人にはコムギに会ってやってほしいんだ」

「教会・・・・・・? なんでまた?」


 ラヴィが更に尋ねると、コムギは首を横に振る。

今は自分からは語りたくないようだった。


 教会。

聖樹の祈りや聖雨などのコードを持つ、いわゆるヒーラーたちが運営する医療施設だ。

いや・・・・・・あくまで教会は教会なんだけど、わたしたち冒険者からすれば怪我を治しに行くところという印象が強い。

変異体と戦った後にわたしたちを診てくれたのも教会だ。


「教会って・・・・・・それにしたって、なんでわたしたちが? ナエギが会いに行ってあげた方がいいんじゃないの? それとも・・・・・・昨日の決闘をまだ引きずって・・・・・・?」

「いや、そういうことじゃない。あいつ・・・・・・まだ混乱してるみたいで・・・・・・とにかく、俺じゃない方がいいんだ・・・・・・」


 ナエギは多くのことは話さないが、その言葉数の少なさが逆に雄弁にことの重さを物語っていた。


「えと・・・・・・こんなこと聞いていいのか分かんないけど、コムギは大丈夫なの?」

「一応・・・・・・命に別状はないそうだ」

「じゃ、じゃあ・・・・・・とりあえずそれは・・・・・・よかった、のかな?」


 ナエギはそれきり俯いてしまう。

なんだか、事態は思いもよらぬ方向へ傾いてきているようだ。

さすがのわたしでも、それが察せられる。


「コムギも・・・・・・心細いだろうから、頼む・・・・・・」

「う、うん・・・・・・」


 何があったのかは分からないまま、しかし訊くこともできそうになくて、結局頷くしかなかった。

全ては、コムギの所へ向かってからだ。


「そ、それじゃあ・・・・・・」


 行こうか、とラヴィに目配せする。

ところがラヴィは首を横に振った。


「コーラル、教会へは一人で行けるよね?」

「え・・・・・・うん、行ける・・・・・・けど、ラヴィは・・・・・・?」

「私はここに残ってようと思う。きっと・・・・・・ナエギも一人にしちゃいけないと思うから」

「そっか・・・・・・」


 ラヴィがナエギに「それでいいか?」と確認を取るように視線を送るが、それに対してナエギはなんの反応も返さない。

ただ、この場合の沈黙は黙認と受け取っていいだろう。


 ナエギはわたしに向いて、乾ききった唇を開いて最後の言葉を吐き出す。


「すまない。ありがとう・・・・・・。教会では俺の名前を出せば案内してもらえると思う・・・・・・」

「わ、分かった・・・・・・」


 ラヴィとナエギを残して、店を後にする。

店から出た後、振り返って店の様子を見てみるが・・・・・・やはりそこは活気なく沈み込み、ラヴィたちが中に居るのが分かっていてもまるで廃墟のようにさえ見えた。


 いったい二人に何があったのか。

それを確かめるために、教会へ急いだ。

続きます。

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