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種火

続きです。

「アニキィッ! ナエ・・・・・・ッ!?」


 カニバルが言い切る前に、ナエギは飛びかかる。

間にいる俺を押し除けて、カニバルに。


「クソッ! おいッ・・・・・・!!」


 慌てて振り向くと、ナエギはカニバルの口を塞ぐように掴みかかっていた。


「戦えるコードでもねぇくせに! 何しやがるっ!!」


 振り向く動作と同時に、ナエギの腰を捉えて回し蹴りを放つ。

その一撃はわきからクリーンヒットし、ナエギの体を壁に叩きつけた。


「ああ、もう・・・・・・!」


 取り引きを持ちかけたい相手だったというのに、こうなってしまえばもう御破算だ。

何もかも、上手くいかない。

運命に幸福から引きずりおろされる。


 大して体格も良くないナエギは壁にもたれかかったままで、まだ体勢を立て直せていない。

だが、兎にも角にも・・・・・・まずはカニバルだった。


「カニバル! 大丈夫か!? 何もされてないよな!?」


 慌ててカニバルに駆け寄る。

カニバルはすっかり腰を抜かしてしまっていて、怯えた表情で尻餅をついていた。


「アニ、キ・・・・・・あぁ、アニキ・・・・・・」

「大丈夫! 大丈夫だ! 兄ちゃんが守ってやるからな! 大丈夫、大丈夫・・・・・・」


 すっかり錯乱しているカニバルを落ち着かせるように、その背中を撫でる。

しかし震えは治らず、うわごとのように「アニキ」と繰り返していた。


「この野郎・・・・・・!」


 怯えきったカニバルの様子を見て、今度はナエギに歩み寄る。

ナエギは蹴られた箇所を手で押さえ、こちらを睨みつけていた。


 その足取りはふらついているものの、真っ直ぐにこちらへ向かってくる。

俺も、武器を持って真っ向からそれに迫った。


「邪魔だ」


 ナエギはそれを意に介さない。

鋭い目つきで、俺を透かしてカニバルを見ている。

直接手を出していたカニバルに対して強い憎しみを抱いているのだろう。

であれば、俺がこの道を譲ってやるわけがない。


 ナエギの前に立ち塞がり、剣を振るう。

風を斬る音と共に刃が横に滑り、ナエギのガラ空きの胴体に迫った。


 回避か、防御か、どう出るか・・・・・・それを見極めようと集中する。

が、ナエギが選んだのはそのどれでもなく・・・・・・加速。

被弾を恐れぬ前進だった。


「っく・・・・・・!?」


 この距離で攻撃を仕掛けて、それなのにさらに詰めてくるなど想像できるはずもなく、刃はもう止まらない。

相手は丸腰なのに、何故か俺が追い詰められているかのような感覚に陥った。


 ナエギは、そうして俺に肉迫する。

俺が放った剣撃、その刃はナエギの体を斬り裂くことはなく・・・・・・ナエギの後ろで空を斬った。

斬撃を恐れず俺の腕の中に飛び込むことで、命中を免れたのだ。


「くぅ・・・・・・!」


 さらに、この密着状態では俺に二手目が打てない。

剣を逆手に持ち替えれば背中側から突き刺すことができるだろうが、この一瞬でそれは叶わない。

なら・・・・・・。


 捨て身の突進を体で受け、尚も立ち塞がる。

ただ愚直に、体格の差で押し返した。


 ナエギはそれに微妙に体勢を崩す。

そこから、ナエギをカニバルから引き剥がすように足の裏で蹴り飛ばした。


 ナエギの体は硬い地面を転がり、空のゴミ箱に衝突して止まる。

それでもすぐに立ちあがろうとするが、蹴りの与えたダメージがそれを許さないようだ。


 さて、どうしようか。

このまま殺してしまおうか、それとも・・・・・・。


「いや、今はカニバルだな・・・・・・」


 何よりもまずカニバルを第一に。

もういい。

どちらにせよ取り引きは無理だ。

カニバルを連れて、もうパシフィカから逃げよう。


「カニバル、逃げるぞ」


 結局ナエギの妹を平らげることは叶わなかったことになるが、多少つまんだしそれで我慢してもらう他ないだろう。


 まだ怯えているであろうカニバルを立ち上がらせるため、そちらに振り向く。


「さぁ、カニバル! いそ・・・・・・い・・・・・・で・・・・・・?」


 その瞬間、目に入ったものは・・・・・・。


「あぁ、あ・・・・・・にき、あに・・・・・・き・・・・・・」


 炎に包まれたカニバルの姿だった。


「は・・・・・・?」


 何故?

どうして?

何が・・・・・・?


 目の前の状況が理解できない。

まるで意味がわからない。


 そうしている間に、カニバルの皮膚を突き破って枝が生えてきて・・・・・・その枝にまるで果実のように“実った”火がその枝ごと燃え上がっていく。


「まさか・・・・・・あいつ、火を・・・・・・種に・・・・・・」


 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ。

そんなことができるはずない。


 状況に説明がつく考えが浮かんで尚、それを受け入れられない。

体内から燃え上がる火など、どう対処すればいいのだ。


「おい! カニバル・・・・・・カニバル!!」


 ナエギが既に立ち上がりつつあるのも気にせずカニバルに駆け寄る。

近づけばその熱がこちらにも伝わり、カニバルを飲み込む火が嘘でも幻でもないことを思い知らされる。


「クソクソクソクソッ!!」


 燃え盛るカニバルにしがみつくようにして、俺自身炎に飲まれながらも次々とカニバルの体から伸びてくる枝を折った。

種を仕込まれたのは口内・・・・・・いや、そのもっと奥。

体内で発芽しているそれを根本的にどうにかすることはできない。


「ふざけるなふざけるなふざけるなっ! こんなことで、こんなところでっ!! 死ぬな死ぬな死ぬな!!」


 俺の皮膚が焼け爛れていく。

俺より前から燃えているカニバルはもっと・・・・・・。


「こんなこと・・・・・・? そっちこそふざけるなよな」


 ナエギの冷たい眼差しが、背後から注がれる。

何度も見て来た、俺たちを軽蔑する目だった。


 だが今はそれどころじゃない。

カニバルに死なれるのだけは、ダメだ。


 カニバルだけは幸せに。

カニバルだけは悲しまないように、苦しまないように。

ずっとそうやって生きて来たんだ。

俺の全てを捧げて。

それなのに・・・・・・。


「クソックソックソォォォッ・・・・・・!!」


 火を、消さないと。

水のある場所へ。

カニバルを、助けないと・・・・・・。


 未だ燃え盛るカニバルを背負って、路地から逃げ出す。

ナエギは食らった蹴りのせいでそれを追いかけることはできない。


 ルートを選んでいる余裕はない。

何人かの通行人に見られながら、パシフィカから逃げ出す。

どうせ、もうここには二度と来ない。


 普段なら重くて持ち上げられないカニバルを背負って、がむしゃらに走り抜ける。

とうに炎は消えているのにも気づかずに、水場を探してひたすらに。


 やがて、どこをどう行ったのかも分からない道筋の先にあった森の泉に、焼けたカニバルを浮かべた。


 俺の焼け爛れた頬を涙が伝う。


「クソ、クソ、クソ・・・・・・」


 例えまだ息があったとて、誰かに治療を頼めるような立場にない。

だからどちらにせよという話ではあったのかもしれないが・・・・・・。


 泉に浮かぶカニバルは、既に生きていなかった。


「い、今まで・・・・・・なんのために生きて来たと思って・・・・・・。俺の、俺・・・・・・全てをカニバルのために・・・・・・。それなのに・・・・・・ただ俺たちだって、幸せになりたかっただけなのに・・・・・・どうしてこんな目に・・・・・・」


 いったいどこで、何を間違えた?

いや・・・・・・間違えてなどいない。

けど、正解もしていない。

初めから、俺たちには正解なんて用意されていなかったのだから。

母さんが死んだあの日から、いや・・・・・・そのずっと前から・・・・・・何もかも壊れていた。

そういう、運命にあったから。


「ちくしょう・・・・・・ちくしょう・・・・・・」


 血の滲んだ手で地面に爪を立てる。

土が掘れて、蓄えられた水分が手のひらを冷やすだけだった。


 これが運命。

何も与えられず、そこからさらに奪われ続ける運命。

だが、運命は・・・・・・俺を生かした。

なら・・・・・・。


「殺してやる・・・・・・」


 あの男を。

ナエギを。

俺の全てを奪った男を。


 もう戻らないはずだったパシフィカ。

しかしそこに・・・・・・俺の最後の運命があった。


「殺してやる・・・・・・ナエギ・イースト!!」

続きます。

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