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世界はかくも不条理で

続きです。

「はぁ・・・・・・」


 カニバルが本格的に食事を始めるまでの“つまみ食い”の時間、俺はずっと少女の口から出た「お兄ちゃん」の言葉に引っかかっていた。


「いや・・・・・・まさかな・・・・・・」


 自分で言っていて、その言葉は酷く楽観的に聞こえた。

実際のところ・・・・・・ここまで条件が揃えばこの少女がナエギの妹である可能性の方が高い。


 カニバルを傷つけられたのを見て、つい冷静さを欠いてしまった。

俺らしくもない。

だが、結局・・・・・・カニバルがこの少女に目をつけてしまった時点で遅かれ早かれこうなるのは決まっていた。


 カニバルに押さえつけられ、生命維持に関わらない部位の肉を噛み切られた少女にはもう抵抗の余力は無い。

最初こそ泣き叫んでいたが、もうだいぶ前からされるがままだ。

そして・・・・・・こうして反応が悪くなってくると、カニバルは遊ぶのに飽きていよいよ本格的に食い始めるのだ。


 昔は吐き気を催した光景だったが、今となってはもう・・・・・・ほとんど何も感じない。

どれだけ凄惨な光景だろうと、顔の筋肉はぴくりとも動かない。

ただそこにある、当たり前の食事として俺の前に映るのだ。


 いつもならもう食べ出す頃合いだったが、カニバルは口元の血を拭うとズボンを上げ、こちらに向いた。


「ん・・・・・・? どうした?」


 俺が尋ねると、カニバルは満面の笑みを浮かべる。


「あ、アニキ・・・・・・オイラ、これから食べるから・・・・・・その前にっ、アニキもっ・・・・・・!」


 少し意外な申し出に目を丸くする。

カニバルが気に入った獲物を人に分け与えようとするだなんて・・・・・・そんなことは初めてだ。


「オイラ、アニキに・・・・・・いっつも世話になってるから・・・・・・オイラのオンナ、アニキにも分けたい!」

「ふっ・・・・・・優しいな、お前は・・・・・・」


 カニバルの成長に頬を綻ばせる。

久しぶりに涙さえ溢れてきそうだった。


 だが、嬉しそうなカニバルの肩に手を置いて首を横に振る。


「いいんだ。俺は・・・・・・そういうの趣味じゃねーし、全部お前のでいいんだよ」

「っ、でっ、でもっ! オイラ、アニキに・・・・・・。そ、そうだっ! じゃあ、耳! 耳二つあるから、片方! あげるっアニキにっ!」

「・・・・・・っ! 全く・・・・・・お前は、泣かせてくれるぜ・・・・・・」


 カニバルの好物は言うまでもなく、耳だ。

一人の人間に二つしかないそれを譲ると言っているのだ。

他の誰でもない、カニバル自身が。


「あ、アニキッ!? 泣いてるの!? ど、どうして・・・・・・オイラ、何かっ!?」

「違ぇよ、嬉しくて泣いてんだ。全く・・・・・・ほんとにお前は・・・・・・本っ当に・・・・・・優しくていい子だな・・・・・・」


 熱くなった目頭から、いよいよ涙が溢れ出してしまう。

カニバルさえ幸せになれればそれでいいと思っていたが、まさかこんな気持ちを送ってくれる日が来るとは・・・・・・。


「ありがとう。ありがとうな。でも・・・・・・耳もお前が二つ食え。俺は・・・・・・お前のその気持ちだけで十分! もう胸いっぱいだ!」

「アッ、アニキィッ!」


 兄弟愛を確かめるように抱擁を交わす。

その間も、俺の涙は止まることがなかった。


 大丈夫だ。

今はっきりと感じた。

風向きが・・・・・・変わった。


 俺たちを虐げ続けた運命が、やっと俺たちに暖かな光を当て始めたのだ。


 きっと、ここからでも上手くやれる。

今までなんとかして来たように、ここでもなんとかできるはずだ。


 例えあのボロ雑巾みたいになった少女がナエギの妹だったとしても、まだいくらだってやりようはある。

ナエギにこの現場を実際に見られでもしない限り、まだ誤魔化しは効く。


「あ、に・・・・・・き・・・・・・」

「ん? どうした、カニバル?」

「うし、ろに・・・・・・ナ・・・・・・」


 そう、この現場を直接見られない限りは。


 カニバルの声に後ろを向く。

そこには・・・・・・ずっとこの数日間会いたかった、しかし・・・・・・今だけは絶対に会いたくない男、ナエギ・イーストの姿があった。


「俺の・・・・・・妹に、何を・・・・・・何をしたぁ!!」


 ああ、だから・・・・・・やっぱりこうなんだ・・・・・・。

運命ってやつは、世界ってやつは、とことん俺らに優しくない。

日の光は誰にでも等しく降り注ぐわけじゃない。

不公平極まりない、クソなんだ。

続きます。

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