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路地裏の開戦

続きです。

 刃と男の腕、両者が互いに迫る。

そして・・・・・・。


「えっ・・・・・・?」


 あまりにも容易く、さっくりとあたしの剣戟は男の手のひらを裂いた。

一切の回避や防御をせず、斬られるままに。


 型を使う必要すらなく、剣聖の能力のほんの一部でしかない鋭いだけの刃が、手のひらの中心から中指と薬指の間をぱっくり割ったのだ。


 剣聖の鋭すぎる刃は、全くの抵抗なく肉を斬る。

そのせいであまり実感が湧かなかったが、一拍遅れて断面から噴き出す血液が今起こったことが真実であると物語っていた。


 男はあたしに手のひらを割られた後もしばらくはそれに気づいていないようにあたしに掴みかかろうとする。

それを迎え打つために“型”の開始地点へ刃を持っていき構える。

だが、男の手があたしに届く寸前で・・・・・・男は自分の手のひらを見つめて固まった。


「あ・・・・・・れ、オイラ・・・・・・手、おっ、オイラのッ!? あっ、あぁぁぁぁぁぁぁぁああ!! 手がッ! アニキッ! オイラッ! 手ッ!!」


 男は錯乱した様子で涙を流しながら斬られた手を、まるで傷口をくっつけようとするかのように揉む。

無論、何度も断面を押し付け合おうがそれがくっつくことはない。


「何・・・・・・なんなの・・・・・・?」


 その光景の異様さに、一歩退く。

あたしよりずっと大人なはずの男が、まるで幼な子のように泣きじゃくっているのだ。


「アニキぃ! アニキぃ! 痛い! 痛いよぉ・・・・・・アニキぃ、オイラぁ・・・・・・」


 男の泣き叫ぶ声を聞きつけて、慌てた様子でもう一人・・・・・・今度は細身の男が駆けつけてきた。

男は状況を見るなり全てを理解したようで、鋭い眼差しをあたしに向ける。


「ち、ちがっ・・・・・・あたしっ! だってこいつがいきなり・・・・・・!!」


 肥満の男とはまた違ったただならぬ雰囲気に気圧され、弁明を試みる。

それに男は酷く疲れたようなため息で答えた。


「あーあーあーあー・・・・・・ったくよぉ、剣聖か・・・・・・よくもやってくれたよなぁ、ガキが・・・・・・」


 あたしに向けられる男の眼差しは冷たく、鋭い。

あたしには“剣聖”があるはずなのに、その瞳に睨まれるだけでゾクッと冷たい恐怖で胸が満たされてしまった。


 しかし、今日この状況に至るまでの経緯その全てが、その恐怖を怒りに反転させる。

だってそうだ。

ずっと、ずっと、今日あたしは最低な目に遭ってばかり。


 それがどうして、次から次へと・・・・・・。


「あー・・・・・・もう・・・・・・」


 どうしてこうなったのか、そもそも今あたしはどういう状況にあるのか、それさえ分からないまま、降りかかる厄介事に苛立ちを隠せなくなる。

頭痛でも抑えるように頭を抱えて、苛立ちを吐き出す。


「だからさぁ・・・・・・そっちがさぁ・・・・・・。手出してきたのそっちじゃん。もうさ、そっちがその気なら・・・・・・手加減してやんないから」


 男の視線にぶつけるように、切先を向ける。

男はあたしを鼻で笑って、肥満の男を下がらせ前へ出た。


「・・・・・・お前はそこで休んでろ・・・・・・」

「アニキ・・・・・・」

「大丈夫だ、そんくらいの傷・・・・・・」


 男とあたしの間に、邪魔になるものは何もない。

ただ睨み合う、敵同士。

その由こそ明らかでないが、あたしたちはまごうことなく敵だった。


「ガキ、一個教えてやるよ。こういう商売してっとな・・・・・・どうしても戦いが避けられないときがある。だからどうしても身についちまうんだ、人と戦う技能ってのが。・・・・・・って言ってもわかんねぇか」


 男は独特の威圧感を持ってこちらににじり寄る。

あたしはあくまで適正な間合いを維持するために一歩退いた。


「お前さぁ、冒険者だろ? 人と戦うって、魔物と戦うのとは全然違ぇぞ。なぁ、やれんのか・・・・・・剣聖?」


 あいにくあたしは、まだ冒険者じゃない。

だからそういう揺さぶりは通用しない。

・・・・・・って、言っても分からないか。


 あたしの剣は、もう男を捉えている。

あとは・・・・・・“型”をなぞるだけだ。

あなたが剣聖でもない限り、この剣技には追いつけないよ。

続きます。

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