接触
続きです。
何をやっているんだろう。
そう思っていた。
決闘の末、あたしは勝利を掴み取ったはずだった。
これでやっと・・・・・・やっとあの頑固者に負けを認めさせることができると思ったんだ。
少なくとも・・・・・・卑怯者とは本気で思ってなかったから。
それで・・・・・・じゃあそのあたしの信頼がどういう結末に行き着いたかと言えば、それは言うまでもない。
何を・・・・・・この期に及んで何を期待していたのだろうか。
思えば、ずっとそうだったはずだ。
お兄ちゃんが、あたしの言葉をちゃんと聞き入れてくれたことなんてなかった。
ずっと分かってたはずのこと。
あたしは・・・・・・それなのに、ずっとそれが見えてなかったんだ。
・・・・・・いや。
見えていたのに、直視できていなかった。
どこかでそれが嘘であってほしいと願い続けていたんだ。
過去に囚われて、卑怯で、意地悪で・・・・・・お兄ちゃんはそんなはずないって、あたしずっと信じようとし続けてたんだ。
だけどもう、迷わない。
もう、分かったから。
お兄ちゃんは、あたしが期待するようなお兄ちゃんじゃなかった。
最初から。
ずっと昔の・・・・・・お兄ちゃんの“冒険”が失敗したその日から。
自分が諦めた輝きを、あたしが手に入れるのが嫌なだけなんだ。
そう、分かってる。
分かっている。
そのはずなのに・・・・・・。
「なんで・・・・・・」
なんであたしの足は、お兄ちゃんを捨ててギルドへ向かってくれない?
あれほど憧れていたのに。
やっとこれで解き放たれるのに。
いったい何故?
なんであたしは、あの大嫌いなパン屋の側に身を隠して、お兄ちゃんに見つけてもらうのを待っているの?
住宅街の入り組んだ路地。
日が傾いていくのを感じながら、見つからないように・・・・・・見つかるその瞬間を待っている。
怖気付いているのかもしれない。
謝ってほしいのかもしれない。
そのどれもが正解なようで、間違いのようにも感じる。
「これじゃまるで、あたしほんとに・・・・・・」
冒険者になる素質なんて無いみたいじゃないか。
「そんなはず・・・・・・だってあたしは剣聖で!」
あたしがお兄ちゃんみたいな臆病者なわけない。
「変異体の魔物を倒したパーティの・・・・・・ラヴィに勝ったんだ・・・・・・!」
自分に言い聞かせるように語る。
しかしそれら言葉があたしの自信に変わることはない。
紛れもない事実のはずなのに、あたしの才能を証明してくれない。
あの二人・・・・・・ラヴィとコーラルには証明することができたのに・・・・・・。
お兄ちゃんと・・・・・・それから、あたし自身に証明できていなかった。
「ああ、もう・・・・・・! これも全部お兄ちゃんのせいだ!」
お兄ちゃんがあたしに「無理だ」って言い続けるから、そのせいで・・・・・・!
あたしが、あたし自身の能力に疑いを持ったことなんて一度もないはずだ。
だから・・・・・・そう、あたしはお兄ちゃんに誤った認識を植え付けられてしまったのだ。
証明・・・・・・。
この呪縛から解放されるには、あたし自身を納得させる証明が必要なんだ。
だとすれば・・・・・・実戦・・・・・・。
ルールの上での勝利じゃなくて、命のやり取り。
全てを賭けて、初めて全てを手に入れられる。
ならば、街の外へ・・・・・・。
「って・・・・・・え!?」
心の行き先がやっと定まった瞬間。
やっと一歩目を踏み出せるのだと、振り向いた瞬間・・・・・・。
「え・・・・・・な、に・・・・・・?」
一瞬違う生き物かと見紛うほどに太った男がこちらに走り寄ってきていた。
体型に似合わず、速い。
その血走った目は揺れる脂肪とは裏腹に真っ直ぐにこちらを見つめている。
その眼差しに、ドキッと胸のうちに嫌なものが走る。
困惑、嫌悪感、そして・・・・・・恐怖。
見るからに、あれは正気じゃない。
ただ、この恐怖は・・・・・・今のあたしにとっては燃料だ。
打ち勝て、証明してみせろ、と確かな炎が燃え上がる。
あたしは、悪意の前に何の力も持たないか弱い存在じゃないのだ。
「・・・・・・オン、ナァッ・・・・・・!」
太った男は荒れた息に奇声を交えながら縋り付くようにこちらに手を伸ばしてくる。
幸い掃除の行き届いていない路地裏、武器にできそうな棒状のものはいくらでもある。
あたしは近くの壁に立てかけてあった箒を手に取る。
ずっと雨晒しでここに放棄されていたであろう箒は、軽く脆い。
たぶん、芯が腐っている。
ただ、そんなことは“剣聖”の前には問題にならない。
光が箒に凝集し、淡い水色の剣身を生み出す。
あの巨漢を迎え撃つのには・・・・・・余裕で間に合う。
あたしの首を捉えようと伸びる太い腕。
それを掬い上げるように、光の剣身を切り上げた。
続きます。




