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決闘

続きです。

 街から出て、そこから数分歩いた原っぱ。

とにかく、広々としてて周りに人が居なければどこでもよかった。


 太陽が丁度空の真ん中に来るくらいの時間帯。

わたしとラヴィ、それからコムギとナエギは・・・・・・決闘をしに、この場所まで来ていた。


 わたしとナエギが見守るなか、ラヴィとコムギが向かい合って視線をかち合わせる。


「・・・・・・」

「・・・・・・」


 両者言葉は交わさず、しかしその静寂の中空気はピンと張り詰めていた。


 コムギの決闘、その相手はラヴィだ。

わたしはコードの性質上、決闘における万が一のリスクが大きすぎる。

わたしの剣戟が薄皮一枚でもかすれば積毒の始まりだ。

その感覚も掴めてきたとはいえ・・・・・・あくまで魔物相手の話。

対人での経験は皆無だ。


 それに、その・・・・・・単純にわたしの戦闘能力が結局それほど高くないというのもある。

相手はその力を振るったことがないとはいえ、剣聖。

シンプルに、その相手としてわたしは相応しくないだろう。


 それに対してラヴィ。

ラヴィこそコードは使いものにならないが・・・・・・その戦闘経験は豊富。

以前忍者の襲撃に遭ったときも、殺人の専門家たる忍者に勝利を収めていた。

コードを頼れないからこその・・・・・・試行錯誤によって研ぎ澄まされてきた地力。

それを甘く見てはいけない。


 向かい合うラヴィとコムギ。

ラヴィの手に握られているのは・・・・・・しっかりと刃のついた剣だ。

正真正銘の“真剣勝負”。


 本来は決闘なぞ模造刀で行って然るべきだろうが、殊コムギにおいてはそうはいかない。

何せ剣聖だ。

模造刀でその剣戟を受けようものなら、たちまちそんな“オモチャ”は両断されてしまう。


 コムギが剣聖の力を使わなければ安全な決闘ができるのだろうけど・・・・・・それも話が違う。

ナエギも含めたわたしたちは、この勝負でコムギを試すのだ。

ならばその全身全霊を受けねばならない。


 ラヴィもコムギも、どちらも責任重大だ。

勝負に負けてはならないし、かと言って相手を傷つけてもならない。

この緊張感は・・・・・・特に実戦経験の無いコムギに重くのしかかるだろう。


 コムギは、動きやすいように髪の毛を後頭部の高い位置でまとめている。

いわゆるポニーテールというやつだが、そういった些細な“準備”にもその本気度が滲み出ていた。

ラヴィを見つめる眼差しはいつになく鋭く、本当に剣客のような目つきだ。


 何より注目するべきはその剣。

初めはただのそこらで拾った棒切れでしかなかったそれは・・・・・・今ではプラヌラの淡い光に包まれ立派な剣の形を成している。

練度のせいか刀身はやや短いようにも見えるが、コムギ自身の内心を支配しているであろう緊張とは裏腹に・・・・・・その柄を握る手のひらは脱力していて、余分な力が入っていない。

立ち姿も、いつぞやの辻侍を思わせるほど様になっていた。


 ラヴィもラヴィで表情は緊張しているが、その瞳は真っ直ぐコムギを見据えている。

仲間として肩を並べているわたしなら容易に分かる、本気の目。

もしかしたら寸止めできずにコムギを斬ってしまうんじゃないかと思わせるほど、その瞳は静かにコムギを映していた。


 ラヴィは自前の剣を垂直に構え、その刃の重さを両手で支える。

コムギは特別な構えのようなものは取らず、そのプラヌラの剣先を地面に向けてゆったりと佇んでいた。


 決闘の話が挙がった時点では八百長だなんだ言っていたナエギも、この尋常ならざる空気の中で額に汗を伝わせる。

風や草木の揺れる環境音さえもどこか遠のいて、固唾を飲んで二人を見つめた。


 あとは、わたしが開始の合図を叫ぶだけだ。


 喉が引き攣る。

ただ一度、声を上げるだけ。

それだけのことが、重い。

不可視の力に喉を縛り付けられたかのようだ。


 しかし。


 息を吸う。

目を数秒閉じ、そして吸った息を吐く。


 ラヴィたちも何かを感じ取ったようで、全身の筋肉に電気信号を走らせた。

そして・・・・・・。


「始めっ・・・・・・!!」


 わたしの声が、広々とした草原に響きわたった。


 瞬間、両者の足元から砂埃がザッと舞い上がる。

反応は・・・・・・ラヴィの方が数瞬早い。


 陽光の下、鈍色が煌めく。

ラヴィは愚直に、構えたままに刃を縦一閃した。

コムギはそれを引き付けてからすんでのところで躱わす。


 初撃を外したラヴィだが、その目はしっかりコムギを捉えていた。

続く二撃目、剣の振り下ろしが完了する前にラヴィは刃を水平に寝かせ横薙ぎする。

コムギはラヴィの後ろ側まで回り込むようにしながらも、まだ剣は振らない。


 ラヴィの横薙ぎは勢いを増す。

胴体の捻りを交えて、その刃先をコムギに迫らせる。

瞬間———澄んだ金属音が空に跳ねる。


「・・・・・・っ!?」


 驚愕の声は、わたしから発せられている。

当事者間に、驚きは無い。


 わたしとナエギの視線は空中に舞い上がった剣に吸い寄せられる。

それはプラヌラの輝きではなく、金属の・・・・・・銀色の煌めき。

コムギの・・・・・・わたしにはほとんど視認できなかった早技が、ラヴィの剣を弾き飛ばしたのだ。


「まだっ・・・・・・!!」


 剣を跳ね上げられて尚、ラヴィは決着としない。

当然の物理現象として起こる落下。

地面に切先を向けて落ちてくる剣に手を伸ばす。

だが、それをコムギが許すはずもなく・・・・・・。


 もはやコムギの瞳は、ラヴィも落下してくる剣も映していない。

ただラヴィの指先と剣の間にある中空を静かに見ていた。


 そしてその中空めがけて、コムギは光の刃を振るう。

その斬撃が落下してくる剣を打つのではない。

その斬撃に、剣が吸い寄せられていくのだ。

そう見えるほど鮮やかに・・・・・・光の刃はラヴィの剣を再び弾いた。


 弾かれた剣は回転しながらこちらに飛び、そしてわたしたちの丁度目の前で地面に刺さる。

それと同時にコムギの刃はラヴィの喉元に迫り、その華奢な首を両断する直前で・・・・・・薄氷のように崩れ落ちた。

霧散した光の刃の内側から、なんでもない棒切れが姿を現す。

ラヴィはそれを見て、文字通り「お手上げ」のポーズをした。


 達人の勝負は一瞬で決するとは聞くけれど、本当に一瞬だった。

コムギは一切の無駄なく、最小の動作でラヴィを詰みに追い込んだ。

文句のつけようがない勝利だ。


「ふぅ・・・・・・」


 決闘が終わると、その瞬間コムギの顔にドッと汗が溢れる。

緊張の糸が切れたのか、その場にぺたんと尻餅をついてしまった。

コムギは首だけを傾けて、こちらに・・・・・・わたしとナエギの方に向く。


 そしてナエギは・・・・・・全てを決定する権限を持つ者はその視線に答える。


「・・・・・・」


 一瞬の逡巡の後、口を開き・・・・・・そしてまた閉じる。

そして何かを飲み込むようにして、言葉を絞り出した。

手のひらが真っ白になるほど強く拳を握って。


「・・・・・・やっぱり・・・・・・やっぱりダメだ・・・・・・」


 その声に、言葉に・・・・・・コムギの表情がスッと消える。

疲労の色も、緊張の余韻も、初めからそこにはどんな表情もなかったように。

やがて、冷める。

ほとんど無表情と変わりない、しかしより冷たい表情。


 昨日のように泣き出すでもなく、それ以上に見る者の心を苦しめるような・・・・・・失望の表情だった。

続きます。

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