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凹凸兄弟の野望

続きです。

 一方その頃、物陰からパン屋の様子を窺う者が居た。

細身のシルエットが一つに、不健康に肥えたシルエットが一つ。

細身の男は、小さな望遠鏡のピントを調整しながら部屋の内側の様子を覗く。


「んだよ・・・・・・客居んじゃねぇか・・・・・・。滅多に客は入らないって話じゃなかったのかよ・・・・・・」

「アッ、アニキッ! オイラにもっ! オイラにもそれ貸して、見せてっ! オンナっ、オンナが居るよう! アニキ、オイラもう腹が減って・・・・・・」

「おいおい、落ち着け・・・・・・カニバル。まだだ。それに・・・・・・あの男・・・・・・ナエギとは長期的な“取引”がしたい。あいつの妹にでも手を出してみろ、この商機そのものが成立しなくなる」

「でもよぉ、アニキィ・・・・・・」


 カニバルと呼ばれた肥満の男は、まるで忍耐を知らぬ子どものように細身の男の肩に縋り付く。

男は困ったような表情を浮かべながらため息を吐いた。


「とにかく・・・・・・今はダメだ。客が居るんじゃ俺たちの話はできないし、俺たちとしてもあまり多くの人間に見られたくない。いいか・・・・・・なんとしてでも、俺らはあの新種のキノコをナエギって奴に“種”にしてもらわなければならない。全てはそこからだ。個体数の少ない、それも見つかったばかりのあのキノコ・・・・・・クスリにすりゃみんな欲しがる。あれを簡単に量産できれば、俺たちゃ大儲けよ。今まで俺らのことを馬鹿にしてきやがった奴らを見返せる!」

「うぅ・・・・・・分かったよ、アニキ・・・・・・」

「・・・・・・ふぅ、すまねぇな。俺もお前にゃ我慢はさせたくねぇが、ここばかりは抑えてもらうしかねぇ。・・・・・・ほらよ、見るだけだぞ?」


 そう言って男は、カニバルに望遠鏡を渡す。

カニバルは少し残念そうな表情はしているものの、気を紛らわすようにレンズを覗いた。


 脂肪で膨れ上がった頬を押し除けて、望遠鏡のレンズに小さな目を合わせるカニバル。

その視線は数瞬右往左往したのち、ビタっと一箇所に止まった。

何かを見つけたのか、ニタァ〜って下品な笑みに表情が歪んでいく。

抑えきれないとばかりに口の端から粘ついた唾液を垂らして・・・・・・。


「アニキッ! アニキィッ! オ、オイラ・・・・・・あのっ、今奥に行ったオンナ・・・・・・アイツ! アイツ食いたい!」

「今奥に・・・・・・って、どいつだ・・・・・・?」


 男はカニバルの言葉に目を凝らす。

確かに誰かが店の奥に駆け足で消えていくのは男の目に映ったが、それが誰かは判別がつかないようだった。


「しかしナァ・・・・・・ナエギの妹がどれだか分からんからなぁ・・・・・・。これなら妹の方の情報も買っとくんだった。顔も分からねぇからな・・・・・・。まぁ、んなカネ無ぇがよ・・・・・・」


 頭を悩ませる男の隣で、カニバルはしゅんとした様子で望遠鏡を下げる。


「お? もういいのか・・・・・・?」

「・・・・・・一番ウマそうなオンナ、見えなくなった・・・・・・」

「他にも二人居るだろ? そいつらには興味ねぇのか?」

「・・・・・・アイツらは・・・・・・要らない。オイラ、あの娘の・・・・・・あの、やらかそうな二の腕、いい匂いしそうな首筋、そして何より・・・・・・耳・・・・・・。今すぐにでもかぶりつきたい! 今、泣いてた・・・・・・から・・・・・・きっといい声、聴けるッ! アニキッ、オイラッ・・・・・・オイラッ・・・・・・!!」


 カニバルは望遠鏡で見た光景を思い出しながら、どんどん鼻息を荒くしていく。

溢れ続ける唾液が土に垂れて、点々と染みを作った。


「まいったな・・・・・・。もしあれがナエギの妹だったら・・・・・・カニバルの抑えが効くかどうか・・・・・・」


 男は心底めんどくさそうに頭を抱える。

だが、その後すぐに気持ちを切り替えるように自らの顔をぴしゃりと叩いた。


「いや、俺が弱気ンなってちゃいけねぇな。大したコードは持っちゃいねぇが、俺ァ裏世界の大商人ドラディラ様だ・・・・・・・・・・・・将来的には、な。まァ・・・・・・なんとかなんだろ」


 細身の男・・・・・・ドラディラは、まるで儲かっていない一軒のパン屋を狙いすまして表情を引き締める。

その胸中には、野心と報復精神が燃えている。

だが、ドラディラという男の最も得意とすること・・・・・・それは、これらの湧き上がる感情を縛り付ける理性だった。

すなわち・・・・・・。


「カニバル、今日のところは退くぞ・・・・・・」

「わ、分かったよアニキ・・・・・・。なぁでもアニキ・・・・・・代わりに、今日はせめて肉料理食わしてくれよォ・・・・・・」

「あ〜、ダメダメ。顔見られたくねぇんだから、そこいらの飯屋にもツラ出せねぇよ。今日もまた持って来た食糧で我慢だ。・・・・・・ってか、ここまでの道のりで持って来た肉全部平らげちまったのはお前だろうが。自業自得だ」

「そんなァ〜・・・・・・」


 二人の男。

カニバルとドラディラは、狩人から逃げる野生動物のように素早く・・・・・・人目のつかぬ場所へ身を翻して行った。

続きます。

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