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兄妹喧嘩

続きです。

 お店の窓際に設置された小さな丸いテーブル。

最初は椅子が二つしか置かれてなかったそこにさらに二つの椅子を運び出して座る。

わたしとラヴィが横並びで、テーブルが丸いから完全に向かい合う形にはならないけど向かい側にナエギとコムギだ。


 テーブルの上には買ったパン。

正直お腹は空いてるし今すぐにでも食べてしまいたいのだけど、場の雰囲気的にちょっとそれは難しそうだった。


 まるで頑固親父みたいな雰囲気で両腕を組んで座るナエギ。

そしてそれに叱られる娘のような膨れっ面のコムギ。

ただ、両者ともその意思は固そうだ。


 ラヴィはこの妙に緊迫した状況の中、構わずパンを手に取って一口齧りながら話を始める。


「それで? どういう事情があるの?」

「・・・・・・いや、あの・・・・・・これは俺たちの話なんで・・・・・・」


 内情を晒したがらないナエギを、コムギがキッと睨みつける。

ナエギはダンのように押しに弱い男じゃないようで、その視線を受けても意見を曲げそうになかった。


「うーん、と・・・・・・ところがね、もう私たちの話でもあるんだ。だって彼女・・・・・・コムギが、私たちのパーティの一員になりたいという意志を見せている。それなら・・・・・・私たちはそれについての話を聞かなくちゃならない。ねぇ、コーラル?」

「え・・・・・・えっと、たぶん・・・・・・うん」


 何かそれについてまだ話したわけではないが、今日の面接にコムギが志願しなかった理由もなんとなく察せられる。

ナエギが、それを許さなかったのだ。


 コムギがナエギに向けて視線で「何も言うな」と圧をかけてから、口を開く。


「あたし・・・・・・ずっと前から、冒険者になりたかった。こんな、ヘンなパン屋なんかじゃなくて・・・・・・もっと広い世界に出て、色んなものを見て、自分の足で見たこともないようか場所を歩きたかった。けど、お兄ちゃんがずっとそれを許してくれなくて・・・・・・」


 いまいちコムギの冒険者に対するイメージが膨れ上がりすぎている感じもあるが、まぁそれは長い間憧れ続けたせいもあるのだろう。

語りながら、だんだんと豊かな空想から降りてきてその表情を陰らせていく。


「あたし、コードに目覚めたときはいよいよって思ったんだ。もうお兄ちゃんなんかが絶対文句も言えないようになれたって思って、でもお兄ちゃんはそれでもわたしにダメだって・・・・・・」

「それはっ! お前のために! お前はなんも分かってない! 何もお前が危険を冒す必要は無いだろ。それに・・・・・・」

「お兄ちゃんは黙ってて! 何にも分かってないのはお兄ちゃんの方でしょ! そんなにこのつまんない生活が好きならずっと一人で一生パン焼いてればいいでしょ! あたしは・・・・・・あたしを巻き込まないで!」

「コムギ・・・・・・」


 コムギは首筋に噛みつきそうな勢いで溜まっていた鬱憤を吐きだす。

ナエギもどうやらここまで激しく言われたのは初めてのようで、流石に少し堪えていそうだ。

だが、その悲しそうな表情も一瞬でなりをひそめ、また厳格な保護者の顔に戻る。


「・・・・・・っとにかく、ダメだ! ダメなんだ・・・・・・」


 両者譲らず、でも大体分かってきた気がする。

なんか、ちょっと前のわたしとダンを見ているような感じがするというか・・・・・・。

いや、もちろん状況は全然違うのだけど、結局根底にある気持ちのすれ違いみたいなものを感じるのだ。


「なるほどね・・・・・・」


 などとちょっと分かってる感じに顎を撫でてみるが、とはいえこれをどうにかする妙案が浮かぶわけでもない。

というか、やっぱりわたしたちがどうにかできる話じゃない。


 ラヴィが「ふむ」と一息ついて、ひとまず膠着状態にある話を進展させる。


「まぁこっちとしてはコムギに引き込めるならそれはそれでいいのだが・・・・・・」

「冗談じゃない! 大人ならまだしもあんたらまだ子どもじゃないか! そんなのにコムギを巻き込まないでくれ!」

「まぁまぁ、落ち着いて。何もこっちだってなんとしてでも引き入れようってわけじゃないんだから。この様子だと、二人ともちゃんと話し合ったこともないでしょ? なら、折り合いをつけるいい機会だと思うけど?」


 ラヴィはナエギとコムギ、二人にそれぞれ同意の確認をするように視線を向ける。

コムギはそれに小さく頷き、ナエギはもはや首を横に振ることができず不服そうに視線を斜めに逸らした。


「ま、とりあえず異議は無いみたいだ。それじゃあまず・・・・・・コムギ、君のコードを聞かせてもらってもいい?」

「えっ、あ・・・・・・うん・・・・・・」


 この流れのまま面接モードに入ったラヴィに多少面くらいつつも、コムギは頷く。

ナエギは牽制するようにラヴィに鋭い視線を向けた。


「あ、あたしのコードは・・・・・・剣聖っていって・・・・・・」

「え・・・・・・剣聖!?」


 思わぬ言葉が飛び出して、コムギが言い切る前にわたしが驚いて反応してしまう。

なんだか今では苦い思い出と結びついてるその言葉だが、まさかここで再び聞くことになるとは・・・・・・。


「なるほどね、道理で冒険者になりたがるわけだ・・・・・・」


 ラヴィはその言葉を受けて冷静に頷く。

確かに、剣聖なんて言ったら冒険者にうってつけ。

コムギは自分の才能を活かせる場所を分かっているのだ。


「それじゃあ・・・・・・」

「よせよ。もう今の聞いたら、どうやってでもコムギを取り込もうってハラだろ? やっぱり、こんな話・・・・・・するべきじゃなかった」


 なんだか、ナエギはずいぶん必死な様子だ。

まぁ今でもその関係性が保持されているのかと言えば違うのだけど、あくまでさっきまでお客だった人物に敵意を隠さない。


「そう言うお兄さんは・・・・・・どうしてそこまでコムギを冒険者にさせたくないの? なんか、ちょっと特別な理由が無いと分からないくらいには・・・・・・その、頑なに見えるけど・・・・・・」

「そ、それは・・・・・・」


 わたしが何の気はなしに投げた問いに、ナエギは言葉をつまらせる。

その様子に首を傾げるが、どうしてここですぐに訳が出てこないのだろう。

まさか、自分一人でパン屋をやるのは寂しいから・・・・・・なんてことはないだろう。


 言葉に詰まるナエギを見て、コムギがそこに畳み掛ける。


「無理だよ。お兄ちゃんはそれについて話せない。だってそしたら、お兄ちゃんが不利になっちゃうもんね?」

「おい、コムギ」

「お兄ちゃんも昔、冒険者に憧れて・・・・・・そして実際、一時期は冒険者だったの」


 ナエギはコムギの言葉に眉間の皺を深める。

そしてその少し後、深いため息を吐いた。


「お兄ちゃんは自分が昔冒険者になって、それで痛い目見たから、あたしを絶対に冒険者にさせないようにしてる。でもそんなの間違ってる。そもそもあたしはお兄ちゃんとは違う! 自分が冒険者になれなかったからって、あたしの足を引っ張って、自分が諦めたものをあたしが手にするのを見たくないだけなんだよ! こいつは!」


 コムギが感情の昂りに合わせて立ち上がる。

その間ナエギは、コムギの言葉を否定することはなかった。


「・・・・・・ごめん」


 熱が高まりすぎたのを自覚したコムギが、呼吸を落ち着けながら再び座る。

その「ごめん」は誰に向けた言葉なのか、判断しようがなかった。


 場が落ち着いたのを見て、ラヴィは今度はナエギに視線を向ける。


「ナエギは、戦闘向けのコードじゃないの? コムギの言ったことは本当?」


 その言葉に答えるのはナエギではなく、またもやコムギだった。


「これ・・・・・・。これ見て、何か気付かない?」


 そう言ってコムギは机の上にあったパンを、同じ種類のパンを二つ選びラヴィの前に突き出す。


「何かって・・・・・・どういう?」


 流石のラヴィでも、その意図はいまいち分からないようだった。

当然、わたしもなんのことか全然分からない。


「えっと・・・・・・同じパンが二つある、だけだけど?」


 何がなんだか分からなくて、見たままの光景をコムギに伝える。

するとコムギは「そう」とわたしの言葉に答えた。

いや・・・・・・「そう」って、どういうこと・・・・・・?


 コムギは「こうしたら分かりやすいかな」と呟きながら、二つのパンを同じように半分に割る。

そしてその断面をこちらに向けた。


「この二つのパンは・・・・・・“同じ”なの。焼き色の入り方や、気泡の位置、大きさ・・・・・・何から何まで・・・・・・」

「えっと・・・・・・?」


 そう言われても、結局どういうことなのかよく分からない。

二つのパンを見比べても、なんか別にそんな実感も湧かないし。


「ほら、お兄ちゃんが実際にやって見せればいいでしょ?」


 コムギはそう言って、また一つ適当なパンを選んでナエギに渡す。

どうでもいいけど、それわたしたちが買ったパン・・・・・・。


 ナエギは渋々コムギの言うことを聞き、渡されたパンを両手で包む。

パンを閉じ込めた手のひらは、どんどんキツく握られていった。


「お兄ちゃんは・・・・・・こう見えてエラーコード持ちなの。戦闘向けじゃなかったわけだけどね・・・・・・」


 ぎゅっと、ナエギの両手がピタリとくっつく。

間にあったパンは潰れてしまったのだろうか。

いや・・・・・・それにしたってナエギの両の手のひらは密着しすぎていた。


 そして、その手のひらをゆっくり開く。

その中にあったのはやはり潰れたパンではなく・・・・・・。


「・・・・・・種?」


 小さな一粒の、植物の種子があった。


「そう、種。俺のコードは・・・・・・なんでもいい、とにかくこうやってものを種にできる。そしてそれを植えれば・・・・・・種にする前のものと全く同じ、寸分違わぬ“実”が成るんだ」

「えっと、じゃあつまり・・・・・・このお店のパン・・・・・・全部・・・・・・?」


 辺りを見回す。

たくさんのパン。

ふっくら焼き上がった見本のようなパン。


「そうだ。これは全部、木に成った実。うちの店に客が少ない理由も、これだ。ある時勘のいい客にパンの個体差が全く無いことに気づかれて・・・・・・別にそれが何ってことはないはずなんだが、気味悪がられて客足が途絶えた。冒険者も向いてなきゃ、パン屋も向いてなかったわけだ。俺は・・・・・・」


 ナエギは自嘲的に笑う。

“諦めた人”の悲しい表情だった。

だとしたら本当に・・・・・・コムギの言うように彼女が夢を叶えるのが悔しくて足止めしているのだろうか・・・・・・?


「この奥で部屋に、木が植えてある部屋がある。木は隠した方がいいかもって、お兄ちゃんが後から建てたの。このお店、安さで買われてるみたいなところあるから・・・・・・木でパンを増やすのもやめるにやめられなくてね。なんとかお客さんを増やそうと、普通のパン屋には無いようなものを作ろうって色々やったけど・・・・・・出来たのは誰が買うのって言うような商品だけ」

「・・・・・・私は買ったけどね・・・・・・」

「あ、いや・・・・・・ラヴィさんのセンスを否定したわけじゃ・・・・・・」


 慌ててフォローに入るコムギだったけど、たぶんもう遅かった。

それに実際美味しいことは美味しいのだから、わたしとしては問題ないと思うし。


「まぁ、大体分かった」


 ラヴィは今までの話を聞いて、締めに深く頷く。

そして話し始めた。


「コムギの気持ちの強さは・・・・・・ナエギにも伝わったと思う。たぶん、こんなに真正面から話したことはなかったでしょ。それを受けて・・・・・・ナエギ、君はどうする? 妹の気持ちに答えてあげられる?」


 ラヴィの言葉に、ナエギは俯く。

悔しそうに歯を食い縛って。

だけど・・・・・・。


「・・・・・・ダメ、だ。コムギには・・・・・・無理だ・・・・・・」


 ナエギの言葉に、コムギが手のひらに力を込めて息を吸う。


「なんで・・・・・・」


 かぁっと顔が赤くなって、目に涙が溜まっていく。


「なんでっ・・・・・・!」


 怒りのまま机に手のひらを叩きつけ、そのままの勢いで泣き顔を見せぬように店の奥に消えて行った。


「あっ、コムギ・・・・・・」


 その背中を追いかけようと立ち上がるが、重苦しい空気の中、そこから歩き出すことはできなかった。


 ラヴィは何かを確かめるかのようにナエギに視線を注ぐ。

ナエギは黙りこくったまま、膝の上で握る拳に力を込めていた。

続きます。

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