イースト兄妹
続きです。
パン屋にはすぐ着いた。
来たことはなくとも話には聞いていたので、特別な驚きもない。
民家に紛れたこぢんまりとした建物。
ただその奥の方に何やら普通の家には無いような部屋が併設されているようで、もしかしたらそこでパンを焼いているのかもしれない。
近くを流れる水路の透き通った水が日の光を反射してきらきら輝く。
なかなかいい場所に建っているお店だとは思うが・・・・・・どうにもお店としての主張が弱すぎて、ちょっと通りがかったくらいじゃ周りの民家と区別がつかないだろう。
そのせいか、それとも変わり種ばっかり出すパン屋だからなのか、他にお客さんの姿らしきものは見えなかった。
「いつもこんなもんなの?」
「え? こんなもんって・・・・・・?」
「いや、お客さん。なんか、言っちゃ悪いけど全然儲かってそうに見えないけど・・・・・・」
「ああ、それは・・・・・・」
お店の入り口に近づきながら、ラヴィがしばらく考える。
そして・・・・・・。
「そうだね、実際どうなんだろう・・・・・・このお店」
出てくるのは言葉を選んでいたわりにはストレートな物言いだった。
というかラヴィ自身そこら辺の事情はよくわかっていない様子だ。
「言われてみれば・・・・・・確かに私以外のお客さんが来てるの見たことないかも? 美味しい・・・・・・え、美味しいよね? ここのパン?」
「え、うん・・・・・・たぶん?」
結構ラヴィは通っているから当然わたしもこのお店の味は知っている。
普通のパンも普通に美味しいし、変わり種も存外美味しいパターンがほとんどだった、はずだ・・・・・・。
そもそも自分の味覚に絶対の自信があるわけじゃないので、決して断言はできない。
いや、もしかしたらこのお店の現状を知る前なら断言できたのかもしれないけど、今はやっぱり自信無い。
我ながら流されやすい性格だ。
「まま、ともかく入ろうよ。今日昼も食べてないし、確か中で食べてけたはずだよ」
「・・・・・・うん、そうだね・・・・・・」
結局、余計なことは考えても仕方ない。
お腹も空いてるし、わたしたちはあくまでお客さん、お店の評判がどうであれ買って食べて美味しければそれで十分なのだ。
・・・・・・なんて風に食の本質を再確認しながら、ラヴィと一緒に店内に入る。
ランプの暖かな光が照らす店内は、落ち着いたいい雰囲気だ。
中に入った途端ぶわっと広がって一気にわたしたちを包み込むパン屋の匂いが空っぽの胃を刺激する。
辺りをちょろっと見回すと、それだけで色々なパンが見てとれた。
ただ・・・・・・時間帯から見ると、やっぱり品物が充実しすぎているというか・・・・・・全然売れてないように見える。
「さ、コーラル。何にする?」
別に初めてじゃないラヴィは、すでに準備万端でトレーを持ってトングをカチカチ鳴らしていた。
ラヴィはすでに目星をつけているようで、特に悩む様子もない。
わたしはというと・・・・・・少し決めるのに時間がかかりそうだった。
元々やけ買いの予定だったから気になるものを片っ端から買っていけばいいだけの話なのだけど・・・・・・どうやらわたしはやけ買いには向かない性格のようだ。
「あーっと・・・・・・わたしは、もうちょっと見てみる」
「そっか、じゃあ決まったら呼んで。私はもう色々取っちゃうから」
そう答えるなり、ラヴィはまるで枷が外れたかのように手当たり次第にパンを掴み取っていく。
もはやわたしが今ここで悩む必要もないくらいにくまなく取っていく。
その豪快な姿を見ると「あれ? わたしの気分転換で来たんだよね?」と思わずにはいられない。
現状ラヴィがこの機に乗じて好き勝手しているようにしか見えない。
わたしはいったんローラー作戦のラヴィからは離れて、一旦視察のつもりで店内を歩いた。
その途中で、お会計のところで座って頬杖をついている少女と目が合う。
たぶんお店の人だとは思うけど、なんだろう・・・・・・なんだかやたらこっちをじっと見てるような気がする。
とりあえずそこで一旦少女からは視線を外すが、それでもやっぱり見られているのを感じる。
気のせいで片付けるには無理がある程度には見られてる。
なんだろう。
もしかしたら服装?
ギルドから貰った服がなんか変な感じに見えるのだろうか。
それか・・・・・・服が入った袋?
確かにこんなものを持ってパン屋に居るのは不自然は不自然かもしれないけど、言っても外側から見ればただの袋のはずだ。
気になる。
気になりはするが、一回気づいてない感を装って視線を外した手前、もう一度少女の方を向くことができない。
背中に少女の視線を受けながら、パンに視線を落として吟味している感を演じる。
因みにわたしの眼前の棚は同じ種類のパンしか並んでいないので、あの少女がパンの配置をしっかり記憶していた場合終わりだ。
いや、こう・・・・・・個体差とかで悩んでるみたいな退路があるか・・・・・・???
結局それで意識が散漫になって、少女の方にもパンの方にも十分に注意が向かなくなる。
だから・・・・・・近づいてくる足音に気づかなかった。
「ねぇ・・・・・・」
「えっ、あっ・・・・・・えっ、はいぃ・・・・・・?」
突然後ろからかけられた声に驚いて、変なポーズをとってしまう。
投げかけられた声は女の子のもの、そしてラヴィの声とは違う。
つまり・・・・・・。
「えっと、何か・・・・・・?」
ぎこちない動作で振り返ると、やっぱりあの少女がわたしのすぐそばまでやって来ていた。
少女はさらにこちらに顔を寄せる。
その活発そうな瞳に期待の色を輝かせて、わたしに向かって囁いた。
「あなたって・・・・・・えっと、コーラル・・・・・・さん、ですよね?」
「えっ? え・・・・・・え? そ、そう・・・・・・だけど?」
なんだか思っていたのと違う話が始まりそうで、面食らう。
少女はわたしが頷くのを見ると「やっぱり!」とさらに嬉しそうな表情で軽く飛び跳ねた。
「ね! ね! あたし、コムギっていうんだけど・・・・・・コーラルさんってパーティのメンバー募集してましたよね!? あたし! あたし!! どうですか!?」
「えっ・・・・・・!? そんな急に・・・・・・ていうかなら面接来ればよかったのに・・・・・・」
少女・・・・・・コムギに迫られてアップアップしてると、それに気づいたラヴィがこちらに歩み寄って来る。
「コーラル? どしたぁ?」
「いや、その・・・・・・この子が、わたしたちのパーティはい・・・・・・」
「あっ、ダメ!!」
ラヴィの言葉に答えようとしたところで、慌てた様子のコムギにビタっと口を塞がれる。
これまた突然のことでびっくりしたが、ラヴィに話されるのは何か不味いのだろうか?
こっちとしてはまずラヴィに話さないとどうしようもないのだけど。
しかし、その直後に・・・・・・コムギは今の話をラヴィに聞かれたくなかったのではないと理解する。
今の声でお店の奥から出てきた青年の、その眉間に皺を寄せた表情が答え合わせをしてくれた。
「コムギ、お客さんを困らせちゃダメだろ!」
「やっっば、すみませんコーラルさん! さっきの話は秘密で・・・・・・」
「無駄だ、聞こえたぞ。しっかりな」
現れた青年は、かなり怒っている様子に見えた。
「お客さんを困らせちゃダメ」とは言っていたが、どうにも理由はそれだけじゃないような感じがする。
「えっと・・・・・・?」
色々分からずに固まっていると、ぺこりと青年がこちらに頭を下げる。
「妹がすみません。俺はこの店の店主の、ナエギ。ナエギ・イーストです。妹の話は聞かなかったことにしてください」
「ちょっと! お兄ちゃん!!」
あくまで有無を言わせない態度のナエギに向かって、コムギは食ってかかる。
なんだかこの場でそのまま兄妹喧嘩が始まってそうな雰囲気だ。
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。とりあえず・・・・・・そうだな・・・・・・。ここで食べていくから、ちょっと話も聞くよ。何やら、私たちも少なからず関係がありそうだし・・・・・・?」
ラヴィはそう言ってカチリとトングを鳴らし、兄妹の間で緊張状態で張り詰めていた糸を切った。
「はぁ・・・・・・ですがしかし・・・・・・」
ナエギは申し訳なさそうにするのと同時に、コムギをちらりと見てため息を吐く。
その表情は少し面倒そうというか、どうも話し合いを避けたそうな雰囲気だった。
コムギはその視線に頬を膨らませて「ふん!」と顔を逸らす。
なんだか、思わぬ一悶着がありそうだ。
続きます。




