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勇者ハロス

続きです。

 やばいやばいやばい。

どうしようどうしようどうしよう!?


 問題なく片付くはずだったそれが、しかし予定外の事態により妨げられる。

いや、本来なら予定通り・・・・・・最後の一人がやってきてしまったのだ。


 もうすぐにでも行けると思っていたのに、最後の志願者の登場により面接を続行する流れができてしまう。


 何かを不思議に思うでもなく入室してきた青年は椅子に腰掛ける。

そして面接らしくキリッと視線を正した。

こうなればもう、わたしも椅子に戻るしかない。


 大丈夫、きっと大丈夫・・・・・・。

だって残り一人、不可能ではないはずだ。

元より最後までやり切る選択肢だって頭の中に浮かんでいたのだから。


 ラヴィがさすがに不安そうな眼差しをこちらに向けるが、わたしは唾を飲んで覚悟を決めた。


「それじゃあ、まず名乗らせてもらうけれど・・・・・・僕はハロス。ついでに少し遅れてしまったことについて言い訳させてもらうと、今日こなしてた依頼に想定外の邪魔が入ってね。少しそれで時間を食われたんだ」


 やって来た青年・・・・・・ハロスは、ほんの数分の遅刻の理由をそう告げる。

何にしてもギルドで出される“1人向け”の依頼を問題なくこなせる程度には実力者なようだ。


 切迫した尿意に苛まれ続けながらも、ひょっとしたら今日一番の優良株かもしれないのでじっくりと観察する。

こっちが集中して見ているつもりでも、やっぱり今の状態だと限界があって一個の情報を読み取るだけでも多大な労力を要した。


 第一印象に違わぬ、爽やかなイケメン。

プルームともまたタイプが違って、なんというか「ボクってイケメンじゃん?」感が全然出ていない。

だからプルームと違って鼻につかない。


 細かな傷の刻まれた真紅の鎧は素人目に見てもなかなか使い込まれていて、何よりいわくの一つや二つはありそうな見るからに特別な品だ。

背中側に垂れるボロボロのマントも数々の激戦を物語っている。


 明らかに普通ではない。

なんでこんな面接に顔を出したのかも分からないくらいの猛者だ。


 だが・・・・・・それにしても来るタイミングが悪い。

こんなにすごそうな人が来るならじっくり精査したかったのに、今のわたしにそれは許されない。


「・・・・・・」


 きゅっと脚を閉じて、汗ばんだ手のひらを握りしめる。

もはやわたしにはハロスに投げかけるべき正確な言葉も分からない。

それを察したラヴィは、急ぎつつも的確に、まずはセオリー通りの質問をした。


「それじゃあまず初めに・・・・・・コードについてうかがっても? 参考までにってことで、あくまで私たちはコードだけで決めたりはしないから、正直に」


 幾度となく繰り返されてきた質問だ。

ハロスは何故か面接官のわたしたちより堂々と自信満々にラヴィの言葉に答える。


「僕のコードは・・・・・・自慢じゃないけど、剣聖だ。このコードについては・・・・・・冒険者なら説明は不要だと思うけど、どうだい?」

「・・・・・・剣聖?」


 ラヴィがハロスの言葉に訝しむような表情を浮かべる。

無論ラヴィが“剣聖”を知らないわけではない。

知った上で、だからこその疑問なのだ。


 剣聖。

エラーコードではないが、それは戦闘に関しては至上のものとされている。


 なんでもいい、筆記用具や清掃用具、そこら辺の木の枝・・・・・・そういったものを核としプラヌラの剣を生み出す。

それが剣聖だ。


 その強度や切れ味はコード保持者の練度に応じて青天井に上がり、刀身の長さすら変幻自在なのだ。

さらに、それだけに終わらず・・・・・・剣聖というコードの中には多数の剣技が型として内包されている。

つまり、昨日まで剣を握ることすら知らなかった人物でも、このコードに目覚めた瞬間から常人の努力の積み重ねを遥かに凌駕する剣の達人になれるのだ。


 すなわち、ハロスは選ばれし者。

そしてそんな後光すら差してくるような勇者然としたこの青年が、はみ出し者ばかり集まるはずのこの面接に来るというのはどう考えてもおかしいのだ。


 結果、タイムリミットが近づいているというのにラヴィは慎重にならざるを得なくなる。

もしこれが嘘なら暴いてその訳まで辿り着かなければならないし、本当なら・・・・・・やはりどうしてこんなところへやって来たのか知らなければ気が済まない。


「あれ? もしかして僕の言ったことを疑っているのかい? そういうことなら・・・・・・心配には及ばないよ。なんなら君たちの前でやって見せたっていい」


 ハロスは冷やかしとも思えない真剣な眼差しでラヴィの疑念に応える。

その視線はまっすぐで、多くを語った訳でもないのに絶大な説得力を秘めている。

それに対してラヴィは・・・・・・。


「その必要はないよ。疑いというより、本当にわからないんだ。どうして君みたいな人が私たちのところへ来たのか。コードで人を測らないとは言ったものの、流石にそんな大層なコードを引っ提げてこられると・・・・・・こっちが不安になる」

「なるほど。いやしかし・・・・・・済まない、それに関しては僕も・・・・・・答えを持っていないんだ。僕自身、その理由を説明できない。単なる直感、と言っても・・・・・・君たちは満足してくれなそうだ」


 そうして、ハロスの視線はラヴィからわたしに向く。

わたしたちが面接官なのに、まるで逆にこちら側から何かを聞き出そうとしているかのように。


「そっちの子は・・・・・・ずいぶん無口だけど、何か聞きたいことはないのかい?」

「あぅ、えっと・・・・・・」


 急に話を振られて言葉に詰まる。

尿意に関係なく、これは普段通りでもとっさには答えられないだろう。


「ああ、その・・・・・・彼女は・・・・・・少し人見知りなんだ。こういうのも初めてで緊張しているみたいでね」

「ああっ、いや・・・・・・済まない! 急かすようなつもりじゃなかったんだ。何事も個人のペースっていうものがあるからね」


 ラヴィのフォローに、ハロスは慌てて取り繕う。

どうやら本気でわたしの気に障ったんじゃないかと気にしているらしい。

そこには裏表だとか、そういったことを一切感じさせない。


 それからも、ラヴィとハロスはいくつかの言葉を交わし続ける。

その言葉のキャッチボールでの何往復目かで、とうとうわたしは会話内容にまで意識を割けなくなった。


 先ほどから結構危ない波は何度かあったが、いよいよもって水門を叩く圧力がダイレクトになってきた。


「・・・・・・」


 じっとりとした汗が熱と共に下着に滲む。

こもった熱のせいで一瞬「もう出てしまっているんじゃないか」と錯覚するが、こっそり直接指を下着に触れて確かめて安堵した。

まだ耐えている。


 掘り下げる価値があるから、ラヴィとハロスの会話は想定よりも長引く。

太ももの間にぎゅっと両手を挟み込んで、ただじっと耐えた。


 頭の中をラヴィとハロスの交わす言葉がぐるぐるする。

その言葉は耳が拾ってくるだけで、頭の中で意味をなさない。


 時間の流れを緩慢に感じる。

お尻の方まで嫌な汗が滲んで、けどその不快感すら意識の外に弾き出されるほど“それ”は内側で膨れ上がっていた。


 もうだいぶ前から、それはもはや尿意ではない。

それは震えであり、熱。

尿道付近が痺れるような感覚を伴って熱くなり、括約筋の疲労を訴えていた。


「・・・・・・」


 視線はただ虚空を見つめて、最小限の動きで体に力を込め続ける。

しかし・・・・・・。


 ぢょっ・・・・・・と、とうとう少量の液体が下着に染みを作る。

それは完全に不随意で、制御不能のものだった。


 一瞬頭が真っ白になり慌ててぎゅっと全身に力を込める。

が、人目を気にした耐え方では押しとどめ難いところまで来ていた。


 なんとかその一瞬の放出で止めて見せたが、その無理の余波が強烈な尿意として依然残っている。


 あと話はどの程度続くのか。

お腹は重くて、括約筋は震えて・・・・・・。


 あれ?

え・・・・・・うそうそうそうそ・・・・・・!?

え、これ・・・・・・。


「・・・・・・っ」


 わたし、もしかしてもう・・・・・・我慢できない???


 自分のことなのに自分の頭が疑問符で埋め尽くされる。

「間に合わない」と「だってそんなのおかしいじゃん」が頭の中に混在する。

だって・・・・・・。

だって、こんな場所で・・・・・・おもらしなんて・・・・・・。


「あっ・・・・・・あっあっ・・・・・・!」


 ぢゅ・・・・・・と、再び水門が無理矢理熱水にこじ開けられる。


「え、ちょ待っ・・・・・・うそ!? だって、え・・・・・・??? なん、え・・・・・・? 止まっ・・・・・・」


 再び止めようにも体に力が入らなくて、お尻の方まで一気に暖かい液体が広がっていく。

それから逃げるように慌てて立ち上がるが、結果としてそれはみんなの視線をこちらに集めるだけだった。


 まるで頭からその回路が失われたかのように、溢れるそれを止める術が思い浮かばない。

ガクガク震える脚に幾筋もの温度が伝い、靴の中に流れ込んでいく。


「わたし、もらっ・・・・・・」


 急に立ち上がったものの、失禁しながらの両脚に力など入るはずもなくそのまま尻餅をつくように倒れてしまう。

床にお尻を打ちつけ、その衝撃で「びゅっ」と尿が勢いを増す。


 下着も衣服も全部濡らしながら、床に水溜りが広がっていく。

いまだに現実を受け入れられないわたしだが、さっきまでわたしを苛んでいた膀胱の圧迫感が消えお腹が軽くなっていっている事実が「これは紛れもない現実だ」と如実に証明していく。


 うっすら涙の溜まった目で、見上げる。

そこには焦った様子のラヴィとハロスが、席を立ってこちらを見下ろすのが見えた。


「あ・・・・・・あ、あ・・・・・・」


 唇が言葉を形作れずわななく。

羞恥で瞬く間に顔が熱くなり、されどもいまだ最後の流れがちょろちょろと水溜りを広げていく。


 あっけない決壊への困惑。

目に溜まった涙が溢れ出すのは時間の問題だった。


 ラヴィは急いでわたしを慰めるように水溜りも気にせずこちらに駆け寄ってくる。

ハロスはまだ混乱の色が濃い表情で、後頭部を掻いた。


「まいったな・・・・・・これは・・・・・・。どうやら僕は、少しばかり間が悪かったみたいだ・・・・・・」

続きます。

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