それぞれの物語
続きです。
開かれたドアから、これから試される立場の人としては少し堂々とした足音がやって来る。
その姿を見るや否や・・・・・・。
「はぁ〜〜〜!? いいからそういうのほんとにさぁ・・・・・・!!」
特大のため息が飛び出した。
面接するまでもない、不採用だ。
さっきまでの緊張感も一気に吹き飛ばされてしまう。
わたしたちの面接に初めにやって来たのは・・・・・・ダンだった。
「いや、いやいや・・・・・・断じて冷やかしとかではなくて・・・・・・ラヴィと一緒に俺らのパーティに来たらよくないか?」
「その話は前にもう済ましたでしょ! 未練たらたらすぎ! いいかげん子離れして!」
「いや、別に子じゃないだろ・・・・・・」
ダンを着席させるまでもなく面接未満は幕を開ける。
なんかまだ食い下がるつもりみたいだけど時間の無駄でしかなかった。
「ていうか! シープ! なんでこいつにここに来る資格を与えたの! 普通に不適格でしょ!」
「そんなボクに言われても困りますよ・・・・・・」
最初からダメ元で来てるだろうに妙に諦めが悪く、座りこそしないが部屋からは出て行かない。
果たしてここから挽回できるカードがあるのだろうか。
そういった意味ではこれから何を言うのか気になりもする。
「なぁ、コーラル・・・・・・俺たちの・・・・・・あの約束を忘れたのか!?」
なんか泣き落としっぽい雰囲気で何か言ってくる。
話を聞く価値もないのにラヴィは一応は品定めするようにダンの言葉を吟味しているようだった。
「一応聞いてあげるけどさ・・・・・・その約束って? 普通にわたし心当たりないんだけど・・・・・・」
「何って・・・・・・婚約」
「・・・・・・ガチのマジで昔の話持ってくるのはNG!! それに効力あるならわたしはプルームとシュルームにもその約束あることになるんだけど・・・・・・」
「嘘だろ・・・・・・俺だけだと思ってたのに・・・・・・」
「え? 普通にショック受けてるの結構引くんだけど・・・・・・」
ダンはまさかの切り札がそれだったようで、項垂れながら切れるカードを失う。
「くっ・・・・・・」
悔しがるダンをよそに、ラヴィはわたしの方を見ていた。
「コーラル・・・・・・そんなにその・・・・・・罪な女だったの? ついでに私とも婚約交わさない?」
「それを罪と呼ぶなら重ねさせないでよ・・・・・・」
ラヴィのボケを受け流しながらも、反抗期の娘のようにダンを部屋から押し出す。
ダンもその構図に似たようなものを感じたようで、わたしに押されながら「反抗期?」と聞いてきた。
わたしはそれにドアを閉めて答えた。
「ふぅー・・・・・・」
一仕事終えて、席に着く。
まぁ少なくとも、今の一騒ぎで余分な力はある程度抜けたかもしれなかった。
「次っ!」
ダンを追い出してから数十秒と経たずに次の人が入って来る。
いよいよ本格的に始まったみたいで、たぶんここからはほぼ切れ間なくやって来るだろう。
さっきの馬鹿とは違って、今度はちゃんとはじめましての人だ。
のだが、既にその見た目にやや不穏なものを感じる。
人を見た目で判断してはいけないというが・・・・・・。
「えーっと、それじゃあとりあえず名前から・・・・・・」
椅子に座った志願者にラヴィがとりあえず形式的な質問を投げかけた。
その声を聞いた・・・・・・おそらく男は、カサついた唇を動かしてしわがれた声で答えた。
「オレはマキ。・・・・・・コーラルというのは、二人のうちどちらだ?」
男・・・・・・マキの黄色っぽい虹彩がこちらに向く。
その目つきの鋭さに、ドキッと面接に対する緊張感とはまた別の緊張感が走った。
何を隠そうこのマキという男、全身包帯ぐるぐる巻きである。
ところどころ血が滲んでいることから、それが単なるファッションでないことが窺える。
いや、ファッションでやってたとしてもだいぶ近づきがたいが・・・・・・。
「えと・・・・・・コーラルは、わたし・・・・・・です・・・・・・」
色んな人が居るんだな、と思いつつも、恐る恐る手を挙げて答える。
するとマキは、やや身を乗り出すようにしてわたしに顔を近づけた。
「ひっ・・・・・・」
素で怯えてしまうわたしを見て、ラヴィが少し身構える。
しかしマキはそこから何をするでもなくニッと口角を少しつりあげた。
「キサマが“積毒”のコーラルか。済まんが・・・・・・一つ手を借りたくてな。オレはパーティの一員になりに来たのではない」
マキはほとんど潰れているであろう喉でそう言う。
普通に趣旨が違う人が来てるのはなんなんだよ。
「え、と・・・・・・とりあえず・・・・・・一旦ちょっと離れてもらって・・・・・・」
緊張とかでなくすっかり怖気付いてしまって、一旦マキには乗り出した身を引っ込めてもらう。
マキは座り方こそだらしない感じだが、一応素直に応じてくれるようでそこだけは安心だ。
「それで・・・・・・じゃあ一体どういうわけでここへ?」
なんだかだいぶ不測の事態な気はするのだが、それでもラヴィは落ち着いてマキに尋ねる。
マキは苦しそうに呼吸しながら「フッ」と笑った。
「見ての通り・・・・・・オレの肉体は死に向かっている」
包帯の一部をめくり、地肌を露出させるマキ。
そこはまるで何か劇薬を浴びせられたかのように爛れ、滲んだ血液で湿っていた。
それはとてもグロテスクで、正視にたえない。
「もう何年前になるだろうか・・・・・・ある毒をこの身に受けてしまってな、それ以来オレはこの苦痛に灼かれ続けている。そしてオレには・・・・・・死すら許されないのだ。オレのコードがそれを許さない。オレのコード・・・・・・この異常なまでの代謝、再生能力・・・・・・。聖樹の祈りでもこの毒を消し去ることは出来ず、地獄の猛火でもこの身を焼き尽くすことはできなかった」
マキは語りながら熱い息を漏らす。
震える手のひらを眼前に掲げながら、その包帯に巻かれた指を忌まわしそうに眺める。
「だがな、そんな時に出会ったのがキサマだ・・・・・・“積毒”。キサマならオレを・・・・・・!」
マキは感情の昂りのまま立ち上がる。
長机に両の手のひらを叩きつけ、再びわたしに迫った。
その瞳には悲願を前にして妙な・・・・・・狂気的ですらある光を宿している。
「“積毒”のコーラル・・・・・・オレを、殺してくれ! 願いはそれだけだ!」
話の途中から言われるんじゃないかと覚悟していた言葉が、やはり予想通りそのまま飛び出す。
「っすぅーーー・・・・・・」
助けを求めるようにラヴィの方を見ると、ラヴィはため息をつきながら首を横に振った。
そのままわたしの代わりにマキに答えてくれる。
「悪いけど・・・・・・そういうわけにはいかないな。もしコーラルが首を縦に振っても、これに関しては私が認めないよ」
「何故っ! オレにまだ苦しめというのかっ!?」
「聖樹の祈りは効かずとも、聖雨は効くだろう? それで苦痛は和らぐはずだ。あんたが探すべきは死を届けてくれる人物じゃなくて、その身と・・・・・・その心、癒し暖めてくれる人だよ」
因みに先程も出てきた聖樹の祈りというのは、病や毒を身体から取り除くことのできるブラッドコードの総称だ。
いくつかパターンはあるようだけど、身体内に特殊な植物を発芽させ、それに病や毒を肩代わりさせ取り除くことからこう呼ばれている。
聖雨の方は、いわばヒーラー。
苦痛を和らげ、傷を癒す。
どちらも万能ではなく、治せないものもある。
マキは・・・・・・結局無言で部屋を去ってしまう。
いったいこの後どうなるのかが気にならないでもないが、少なくとも悪い人って感じでもなかったから・・・・・・まぁいい結末が待っていればいいなと思う。
しかしその余韻に浸る間もなく、次の人が入って来るのだった。
そして次の人もまた、これがなかなか・・・・・・。
「ボクはリクガメ。海を忘れたリクガメさ」
マキの次に現れたのは、妙につくりのしっかりしたカメの被り物(頭だけ)をした男の人だった。
首から下はどこにでもいるような、なんならちょっとガッチリした体つきの人なのだが・・・・・・首から上がノイズすぎる。
「えっと・・・・・・これまた・・・・・・」
さっきから何もかもが想定していたものと違いすぎてもはや緊張どころではない。
困惑が全てに勝り一周回ってなんだか冷静にすらなってくる。
「ひとまず・・・・・・リクガメ、さん?はわたしたちとパーティを組みたいってことでいいんだよね?」
さっきのこともあるのでまずはとりあえず前提の確認から。
リクガメは黙ってその首を縦に振った。
被り物のカメの目の穴から覗くその本人の目にはまるで光が無い。
単純に被り物の影のせいでそうなっているのか、心の闇がそうさせているのか分からなかった。
なんだかきっとこの人にもこの人の物語があるのだろうけれど、こっちとしては普通に怖い。
なんならさっきのマキよりこっちのが怖いまである。
「それじゃあ、リクガメさんは・・・・・・具体的に何ができるの? コードとかに限らず、なんでも話してもらって構わない」
流石のラヴィもリクガメのインパクトの前に驚く。
しかし驚きながらも、しっかりと面接らしい面接の流れを始めていた。
リクガメは据わった瞳でまるで独り言のように呟く。
「ボクはリクガメ。海を忘れたリクガメさ。ボクの体は大地のように硬い。ただひたすら耐える。ひび割れるまで耐え続けるのさ。哀れなリクガメ。乾きひび割れた体を潤し癒したいのに、海を忘れてしまった。風呂場に夢を浮かべて涙を流すリクガメ。ボクはリクガメ。海を忘れたリクガメさ」
「な、なるほど・・・・・・?」
ひとまず、タンク系のコードらしいことは分かったけど、それ以外ほぼ何を言っているのか分からない。
言葉は通じるのに意思の疎通がうまくいかないこの感じが、やっぱり怖い。
なんかもしかしたらこっちがおかしいんじゃないかとすら思えてくるが、ラヴィも無言で難しい表情を浮かべているのでやっぱりそんなことはないはずだ。
「とりあえずは・・・・・・別にリクガメの獣人とかではないようだし、たぶん普通に泳げますよね?」
ラヴィが鋭い質問を投げかける。
わたしは勝手に触れちゃいけないタブーだと思って聞けなかった。
「ボクはリクガメ。海を忘れたリクガメさ。雨に涙を隠す哀れなリクガメ。海を忘れたから、海には帰れない」
「泳げない、と・・・・・・?」
ラヴィの言葉にリクガメは頷く。
つまるところ・・・・・・この人はなんなのだろう。
今度はラヴィが困惑した様子でわたしに目配せしてくる。
わたしはもうこのリクガメという人物に対して何一つ理解が及ばないので、お手上げのジェスチャーで答えた。
その後も数回会話を続けるが、結局のところどうにも意思の疎通が取れなくて・・・・・・帰ってもらうことになった。
選別する立場になってわたしたちはわがままになってしまったのだろうか?
彼を退出させるときに何故だか一定の罪悪感が伴うが、その根源を知ることはこの先永久に無いのだろう。
「まぁ、こんな感じで・・・・・・やっぱりパーティを組めてない人たちにはそれなりのワケってものがあります。たぶん、この先もアクの強い人が続きますよ?」
シープがわたしたち二人の顔色を窺う。
わたしたちはそれになんと返すこともできなかった。
しかし、面接というのはなかなかもどかしい。
目まぐるしく色んな人の物語がなだれ込んでくる。
けれどもわたしたちはそれについて全てを知ることは無く、その終着点も見届けられない。
わたしと彼らはきっとこの部屋でしか交わらないから。
何を聞いたとて、きっとわたしたちは彼らについて何も分からない。
それなのにその中から誰かを選んだり選ばなかったりするなんて・・・・・・なんだかおこがましいと思わずにはいられない。
「ねぇ、ラヴィ」
「何・・・・・・?」
「面接って、難しいね・・・・・・」
「・・・・・・はは、そうだね・・・・・・」
何はともあれ、面接は続く。
まだまだ始まったばかりなのだ。
また、わたしたちのまだ見ぬ誰かの物語が、この部屋に近づいてくる。
「次っ・・・・・・!!」
続きます。




