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第42話

 王城に戻ると既に兄ちゃんとメイヤは戻って来ていた。

 エロイが私たちを発見して、俺だけのけ者にした、と言って拗ねていたので、頭をモシャモシャと撫でてみた。一時黙りはしたものの、逆上したように手を振り払われてしまった。

 部屋に戻り、兄ちゃんにどこへ行っていたのか聞かれたが、ぶらぶらしていたのだと言葉を濁した。

 ジェラールのお父さんの墓参りをしていたのだと、この場で言うべきではないと思ったからだ。


 帰る道すがらジェラールにお父さんのことをどう思うかと聞いてみた。

「どうもこうも会ったことがないんだ。父にしてみれば王妃に騙されたようなものだし、その血を繋ぐものとして恨んでいたんじゃないかと思ってたけど、あの声を聞いて、嬉しかったよ。自分は誰にも愛されずに育ったと思っていたから。でも、違ったんだって」

「うん。ジェードさんはジェラのこと、ずっと気に掛けてくれてたんだね、死んでも尚」

 あの声は最初は霊現象なんじゃないかと思ったものだが、実際にはあれはジェードさんが最後にかけた魔法なのだと知った。ジェラールがいつか来てくれると信じて施した魔法なのだと。

「ずっと来るのが恐かったんだ。恨まれてると思っていたから。でも、あかりと一緒ならば勇気が持てると思えた。出来ることならあかりを紹介したいと思った。来れて良かった。ありがとう、あかり」

「私はなんにもしてないよ。ただ、ジェラの傍にいただけ」

「傍にいてくれるだけで、俺の力になるんだ」

 ジェラールの感謝の気持ちがむず痒かった。私は何もしていないのに、感謝されるのはどうにも受け入れがたい。

「そう思って貰えて光栄です」

 照れくさかったのがバレたのか、けたけたとジェラールに笑われた。

 そのジェラールの笑顔がすっきりしたもので、私はホッとした。また一つ、ジェラールは乗り越えたのだ。


「兄ちゃんは、メイヤとどうだったの?」

 兄ちゃんの耳元にこっそりと耳打ちした。そういう類のからかいをさらりと回避するのが得意な兄ちゃんが赤面している。

「ほほぉ。兄ちゃんはここに残ることを希望しているのだね?」

 私のにやけた目線をふいと避け、小さく頷いた。

「良かったね、兄ちゃん。メイヤなら私も賛成だよ」

 兄ちゃんは鼻の頭をぽりぽりと掻いている。それにしても、別行動中に一体何があったんだろう。まだ四人でいた時には、こんな態度はしていなかったはず。メイヤが正面切って想いを告げたのだろうか。

なんにしろ、メイヤから聞き出すのがいいだろう。

 兄ちゃんが私の尋問から逃れるようにすすすと離れていった。

 よく知っていると思っていた兄ちゃんにこんな可愛い一面があったとは。

「ジェラっ。兄ちゃんが」

「上手くいったみたいで良かったね」

「うん」

 私と兄ちゃんの会話を見ていたジェラールが、私の言葉を先回りしてそう言った。

「なんか全てが上手くいってて怖い」

 とはいっても、全てが終わったわけではない。

 ジェラールはまだ完全に魔法が解けたわけではないし、王妃とジェラールの関係に変化もない。

 全てが全て上手くいく道理はないのだが、ジェラールの重荷を少しでも降ろしてあげたかった。


 ノブに手をかけて少しばかり緊張した。暗い記憶が私を捕えたためだ。そう同じことがあるわけはないと、自分を鼓舞しノブを回して扉を開けた。そこに誰もいないことに、ホッと胸を撫で下ろした。

 扉を開けて、リオの姿が私の前に立ちはだかったのは、私にとってちょっとした恐怖であった。日中、みんなといるときは感じないが、ふと夜一人になると脳裏をよぎり体が震える。

 キョロキョロと辺りを見渡し、誰もいないのを窺ってから、部屋の外に出た。

 廊下に等間隔に設けられている灯りを頼りに歩を進めた。といっても、私が向かう先は目をつぶっていても辿り着く先だ。

 こくりと喉を鳴らして唾を飲み込んだ。

 すぅっと大きく息を吸い、ゆっくりと息を吐いてから扉を三度叩いた。

 前回は事前に部屋を訪ねると宣告していたが、今回はアポなしの訪問だ。

 ノックをしてから、返事がないところをみると、もう既に寝てしまったのだろう。

 私は恐る恐る扉を開け、部屋の中へと忍び込んだ。ソファにもテーブルにも姿が見えないところをみると、やはりもう寝ているのだ。

 寝ているのが分かっているのだから、部屋に戻ればいいのだが、なぜか今、顔を無性に見たかった。

 寝室に足を踏み入れると、すぐに規則正しい寝息が耳に入ってきた。

 歩み寄って枕元にしゃがみこんだ。

 私は気持ち良く寝ているジェラールの頬に手をあてた。少し腰を上げ、頬に唇を落とした。その安心しきった寝顔を見て、自然と笑みが零れた。

 ジェラールの寝顔を見て満足した私は腰をあげて、立ち去ろうとしたが、それは出来なかった。

 後ろ手を捕らえられ、振り向くと、眠そうな瞳をこちらに向けていた。

「帰っちゃうの? あかり」

「気持ち良さそうに寝ていたから。起こしちゃった?」

「良かった。あかりがいっちゃう前に目が覚めて。まだ行かないでくれるでしょ?」

「居てもいいの?」

「居てほしいんだよ」

 まだ眠そうなトロンとした瞳がなんだか可愛らしく映った。

 子供の姿の頃に、行かないでと眠そうな目を擦りながら服を掴んでいた姿を思い出させた。

「あかり。入る?」

 掛け布団を捲り、私を誘い込んだ。

 ジェラールは半ば寝呆けて、半ば冗談で言ったのだろう。だって私が素直にベッドに潜り込むのを目を瞠っていたのだから。

 私はジェラールに体を寄せた。ジェラールは既に目を覚ましたことだろう。

「ジェラ? やっぱり入っちゃダメだった?」

「イヤ、本当に入ってくるとは思わなくてびっくりした。あかり、この時間に男の寝ているベッドに入って、体を寄せたらどんなことになるか分かってる?」

「分かってるよ」

 その心積もりでここに来たのだから。もう、大分前から私の気持ちの準備は出来ていた。

「ずっと我慢してたんだ。もう、止めてあげられないよ?」

「ジェラが相手なら大丈夫だよ。あのね、私初めてなんだ。キスの経験はあったけど、それ以上はまだなの。……嫌いになった?」

「なぜ? あかりの初めてを貰えるなんて最高だ。贅沢を言えば、初めてのキスも俺が欲しかった。あかりの初めてを奪った奴に心底嫉妬するよ」

 ジェラールの声が耳元で聞こえる。たったそれだけで身震いした。

「あかりの全部を貰うね?」

「うん」

「大切に扱う……ように努力する」

「大切にしてくれないの?」

「ごめん。でも、どれだけ理性が持つか自分でも分からないんだ」

 ジェラールの声が僅かに震えている。ジェラールも緊張しているんだろうか。

「いいよ。ジェラの好きにして」

「それは反則だよ」

 そう言って私の唇を塞いだ。触れるだけのキスから、深いキスへと私を翻弄していった。

 怖さは少しも感じなかった。怖いくらいに心臓が鳴っていたが、不安よりも幸せが勝っていた。

「……ジェラ……」


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