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第20話

「なぜそれを?」

「リオ、ごめん。もう一つ質問させて。魔法使いは人の夢に入ることはできるかな、違う世界に行くことは出来るかな?」

 リオは心底驚いているようだったが、私の真剣な瞳を見ると表情を固くした。

 私は兄ちゃんがこの世界に来ることを望んでしまっているのかもしれない。自分の想いをはかることができず、どう考えていいか戸惑っていた。

「あの魔法使いなら恐らく可能でしょう」

「そっか」

 ならば兄ちゃんはこちらに来るだろう。そんな予感がしていた。


 私は直感した。

 イヤ、正確に言えば兄ちゃんの私を呼ぶ声を聞いた気がした。だから、兄ちゃんはこっちに来たのだと感じたのだ。

「リオ。私をあの部屋に案内してくれない? 私たちが初めて会ったあの部屋に」

「おまえ、あそこに行ってどうするつもりだ?」

 横からエロイが割って入るが、私はそれを無視してリオを見つめた。

 おやつの時間の一時であった。

 ジェラールとチェスは焼き菓子を頬張りながら、私たちの様子を傍観していた。その傍でメイヤが控えている。

「リオ」

「分かりました。あかり、行きましょう」

「ありがとう、リオ。メイヤ、ジェラをお願いしてもいい?」

 メイヤは勿論だと言いたげに大きく頷いた。ジェラールが少し不安げで不満げな表情を浮かべていたが、私の醸し出す雰囲気が普段と違うことを感じたのか、わがままを言うことはなかった。

 リオと目を合わせ頷き合うと、部屋を後にした。

 私たちの後ろをエロイがついてくる。何事か言っているようだが、私の耳には届かなかった。兄ちゃんのことしか私の頭になかった。確実に兄ちゃんは私と同じように扉を通ってくるのだろう。

 体全体の血が踊るようにざわざわと疼いている。兄ちゃんと私、同じ血が二人を呼び寄せているように思えた。

 私たちがその部屋に入った時、扉はまだ現われていなかった。

 あの時は、あまり周りを気にする余裕もなかったが、この部屋は先日夢の中で見た白い空間に似ていた。

 ここには今私たちが入って来た扉がある。そして、有限だ。そこが夢とは違うところだ。

「リオ。ここは一体何の部屋なの?」

「元々は物置として使っていた部屋でした。魔法使いより、地球との道を作るための部屋を、と要望があったのでこの部屋を提供したのです」

 ふーん、と小さく頷いた。

「おいっ、なんでここに来たんだよっ」

「いたんだ、エロイ?」

 ムッとしたのか私を鋭く睨み付けている。正直、エロイの相手をするゆとりは私にはない。絡んでくるなら早々に立ち去ってくれればいい。

「今は説明できない。ちょっと黙っててくれる?」

 ゆとりのない自分を恥じるべきなのかもしれないが、今は出来そうになかった。

 ふわりと温かい重みを頭の上に感じた。

「リオ」

 見上げると、リオの笑顔が私の心をやんわりと温かくしてくれた。

 リオに魔法使いのこと、兄ちゃんがもしかしたらこの世界に来るかもしれないことは話していない。だが、リオは察してくれている。察した上で、私を包み込んでくれる。

 扉がそこに現われたのは、本当に突然の出来事だった。音もなく、じわりじわりと全貌を明らかにしていく。

 私は何かに縋りつきたくて、リオの手を握り締めた。私を守ろうとするかのように握り返してくる。

私たち三人は扉を凝視していた。

 私にはこの先の展開が予め予期できるが、両隣に立つ二人は、私が日本に戻ろうとしていると思っているんじゃないかと、急に思い至った。

 リオを見上げると、苦しそうな表情を浮かべていた。

「違うよ、リオ。私は……」

 私は全てを言い切ることが出来なかった。

 扉が勢いよく開けられ、待っていた者が姿を現した。

 私を見つけると標的を見つけたかのように直進してくる。

 その猪のような姿に一瞬怯んだが、逃げる間もなく腕の中に包み込まれてしまった。

「灯里ぃ。会いたかったよぉ」

 腕の強さに気を失いそうになりながら、私は見ていた。扉がその姿を消していく様を。

「にっ、兄ちゃんっ。扉が閉まっちゃう。帰れなくなるよっ?」

「いいに決まってる。俺は可愛い灯里の傍にずっといると決めている。灯里のいない世界など意味がない」

 少し異常な発言かもしれないが、これがかつて知ったる兄ちゃんの姿なのだ。

「うん、分かったから。とにかく苦しいから放して」

 二人が格闘している間に扉は完全に消失してしまった。

 名残惜しいとは思うが、悲しいとは思えなかった。

「あかり、この方は兄上殿なのですか?」

「リオ。うん、私の兄ちゃん。あー、来ちゃったみたい」

 驚いているようではあったが、どこかホッとしているようでもあった。やはり、私が日本に戻ると勘違いしていたのだろう。

「こんにちは。灯里の兄の光です。灯里がお世話になったようで、ありがとうございます」

 兄ちゃんの挨拶は実に好感を持たれると日本でも言われていた。言葉というよりも、兄ちゃんが醸し出す柔らかい雰囲気が周りをも柔らかくしてしまうからだと思われる。

「はじめまして。私はブラウリオと申します。あかりからはリオと呼ばれています。ここでは何ですので、部屋を移りましょう」

「リオ。ジェラの部屋でいいでしょ? あんまり遅いとジェラが心配するし、私も心配だもん」

 ジェラールが兄ちゃんを見て、びっくりするのは予想できるが、私の兄ちゃんなのだと説明すれば、大丈夫なような気がする。兄ちゃんは子供に好かれるタイプだし、子供の扱いもきっと私なんかより上手であろう。

「そうしましょう」

「灯里ぃ。兄ちゃんがいない間に恋人が出来たんだなぁ。あんなに将来は兄ちゃんと結婚すると豪語していたのにっ。兄ちゃんは何だか寂しいぞっ」

 私のことについては勘の鋭い兄ちゃんが、私とリオを見て気付かない筈はないと思っていたが、ほんの数分で見破られるとはなんともあっぱれなことである。

「兄ちゃん。私にだって恋人くらい出来るさ。兄ちゃんは喜んでくれると思ったのになぁ。悲しいな……」

 私が泣く真似をすると、嘘泣きしていた兄ちゃんが慌てて私を慰めにかかる。正直チョロいと思ってしまった。

「すまなかった、灯里。俺は灯里とリオを祝福するぞ。俺がどんな時でも味方になってやるっ。どんと任せなさい」

 兄ちゃんに交際を認めて貰いました。

 ほんの1分以内の出来事でした。

 私と兄ちゃんのやり取りを見ていたリオは何だかひどく驚いていたが、そのうち羨ましそうな表情を浮かべ出した。

「リオ?」

「羨ましいです。とても仲が良いんですね」

 それはリオが兄弟の仲の良さを羨んでいるのか、それとも私が他の誰かと仲が良さそうなのを羨んでいるのかどちらだろうか。私個人としては後者である方が嬉しいが、恐らく前者であろうと思われる。リオとエロイは正直あまり仲がよさそうには見えない。お互い一歩踏み込めない位置にいるようなきがする。それは王位をめぐる確執がもしかしたらあるのかもしれない。第一王子であるリオではなく、第二王子であるエロイが第一王位継承権を有するあたりに関係が。それでも、お互いがお互いを嫌っているようには見えないので、修復は出来るのではないかと思う。

 リオにはそんなに悲しそうな顔をしていては欲しくないから、私は二人の仲をどうにかできないかと思案していた。


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