199話 こっちでも迫る危機④
時計は9時を回った。
隕石落下後あちこち火山が噴火したせいで昼でも空は曇ったままだ。
だが夜よりは明るいが、薄ぼんやりとした光が窓の隙間からはいってきている。
父さんが、静かに少しだけ雨戸を開いた。
そこから見える場所には何もいない。そもそも何がいるのかもわからない。ネットで見たから『ゾンビ犬』と思い込んでいたが本当にそうなのか。もしかしたら強盗とかかもしれない。
父さんが一階を確認に行くと言うので俺も着いていった。
1階は窓もドア破られておらず、とりあえず家の中に怪しい者はいなそうだ。
しかし2階の方が安全なので、暫くは全員が2階に篭る事になった。
それで生活に必要な物を取りに全員が1階へと降りた。
母さんは山田さんへ連絡をしてみたが、誰も応答しなかったと言った。
今朝のあれは山田さんちの鈴木さんじゃなかったのかな?山田さん一家は自宅で待機をしていたそうだ。鈴木さんを断られて避難所に入らずに自宅に戻ったのだそうだ。
自室に居た梓がヒステリックに叫びながら部屋から出てきた。
友人に連絡したら出なかったそうだ。昨夜ネットが繋がった時からその友人とLAINEをしていたそうだ。(梓、スマホ持ってたんだ。いや、いいけどさ。俺には使う相手がいないからな)
ところが今はLAINEで呼びかけても反応がなくなったそうだ。
「ただトイレとか行ってるだけじゃ……」
「アンタみたいな引きこもりと一緒にしないで! 30秒以内に即レスが普通だよ!」
どんな普通だよ……。俺LAINE友達いなくてよかった。そんなのウザすぎる。それ以前にスマホないけどね。
梓は、その友人の家が近いので見に行くと言い出した。
母さん達も止めた。梓は自分の部屋へ入ったので安心したのだが、父さんが窓の隙間から梓が外を走って行くのに気がついた。
梓は窓から外へ出たようだ。
気がついた父さん達が慌てて追いかけた。
何でっ!何でだよ!これって『ゾンビ映画』じゃ、絶対やっちゃダメなやつじゃん。
勝手な行動とか単独行動って、真っ先に死ぬやつ、それも仲間も巻き込まれて死ぬやつ。
俺がどんなに『ゾンビ』を研究しても、結局ひとりじゃ何にもならない。一緒にいる仲間や家族が同じ認識じゃ無いと、無理だ。
俺が玄関で項垂れていると外から梓の叫び声が聞こえた。
それから、両親の声、何かを必死に追い払ってるような声。
あーあ、結局、これしかないか。
俺は玄関の傘立てに立てかけて置いたバット持って玄関を出た。
うちの門の手前で、血だらけの父がパニックになった梓を抱えてこんでこちらへ引き摺って来るところだった。
「晃、来い!」
父に言われて直ぐに踵を返して玄関へと入った。梓を玄関へと引き入れた父は鍵をかけた。
「母さんは?」
梓を追って、父さんと母さんが外へ出た。そして、父さんは梓を連れて戻った。
母さんは?
ああああ、ああ、あああ
ドアや壁を叩く音と呻き声にビクっとした。
バット持つ手が震えた。
そもそもインドア派の俺はバットを握った事がないのだ。持ち方が合ってるのかも知らない。バットで人を殴った事もない。
それを見た父も台所から包丁を持って来た。
「そんなんは武器にならない、父さん、すりこぎのがマシだ。それより父さん、大丈夫なの?怪我……」
血は母さんの血で、梓と父さんは怪我をしていないそうだ。
梓を廊下の奥の両親の部屋へと押し込め、俺と父さんは梓の部屋の窓から外へ出た。玄関にはあの化け物が居たから。
と言うか俺は見ていないので何に追われて、何が玄関のドアをバンバンと叩いていたのかは知らない。
ただ、ドアを叩く高さから、ゾンビ犬でない事は確かだ。
梓の部屋の窓から出た俺たちが玄関に回ろうとするより先に、アイツがこっちに気がつき庭へと移動してきた。
映画やドラマで観るゾンビとは比べものにならないくらいのリアル感があった。
いや、リアル感ではなく『リアル』なのだから仕方ない。
化け物は、顔中血まみれで目は落ち窪んで黒目の部分が白く濁っていた。首や腕、腹肉が食いちぎられていても下半身は無事なので歩けるのだろうか?だが早く移動すると内臓がずり落ちてバランスを崩すようだ。
気持ち悪い、吐きそうだ。けど吐いてる場合じゃない。ソイツの動きが遅いのは有難い。
伸ばしてきた腕を父さんがすりこぎで叩く。
俺はバットで膝の裏を掬うように殴るとゾンビは地面に転がり起き上がれなくなった。
安心したのも束の間、塀の影からもう一体出てきた。
こっちは脛を齧られていて、歩きも遅い、俺と父さんは両側に分かれて、ゾンビが父さんの方を向いた瞬間にバットで頭を殴った。
地面に倒れたところを父さんがスリコギで数回殴った。起き上がらないように念のためもう片方の足もとどめをさしておいた。
「母さんは」
「こっちだ」
父さん達は門から出て少し行ったところでゾンビに出くわしたそうだ。
「ここらだったんだが……」
キョロキョロと父さんが周りを見回す。
「ここ…」
どこかから母さんの小さい声が聞こえた。声がした方を見ると、柿の木の途中まで登った母さんがいた。
右半身が血まみれだ。
右腕を噛まれたらしく出血がとまらない。柿の木の下の地面が血だらけだ。
父さんがすぐに木から下ろして家の中へと連れていった。
この災害時、病院はやっていない。
とりあえず出血を抑えるために大きな布でぐるぐる巻きにしたが、あっという間に布は血で染まる。
俺は気がついていた。
外にいたアレがゾンビなら、母さんはもう感染している。
ゾンビ映画で、仲間や家族が感染しているのを隠して、周りを巻き込むやつ、いつも不思議だった。
隠してもだいたい真っ先にやられるのに、何で隠すんだろう、って。周りの迷惑だから隠すのやめろ、って思ってた。
でも映画でなく、リアルでその場面になって、初めて気持ちを理解した。
今、自分は『主人公』側ではなく、早々に消えていくモブなのだ。そして、モブでもひとりの人間だ。大事な人を切り捨てるなんて割り切れない。
感染したかも知れない母さんにトドメをさしたりなんて出来ない。
だから、自分がこの後襲われるかもしれないけど、一緒にいるんだ。
父さんも何となく察しているみたいだ。梓は自分のせいで母さんがただ怪我をしただけと思ってる。
「晃と梓は、自分の部屋に居なさい。暫くはこの部屋に入ってきてはダメだ」
「ヤダヤダヤダ!ずっとお母さんといる!」
梓は泣き喚いている。ズルい。いつも泣いて我を通す。
「ごめんなさい、ごめんなさい、お母さん、ごめんなさい」
ズルい。そんなに泣いて謝ったら、母さんも父さんも許すに決まってる。俺も怒れないじゃないか、梓はいつもズルい。
父さんが梓に右手を、俺に左手を差し出した。梓も俺も父さんの手をとった。
多分、わかってるんだ。父さんも、母さんも、梓も。
ピロピロピロピロ……、ピロピロピロピロ……、
母さんの血まみれの上着のポケットからスマホが鳴った。父さんは俺と梓で両手が塞がっていたので、俺が母さんのポケットからスマホを出した。
『もしもし、もしもし? 橙子さん?』
おじさんだ!
スマホから聞こえたのはおじさんの声だった。




