190話 見えなかった真実④
俺は本家を訪ねる事にした。マルクもキヨカも付いていくと言った。タウさんもだ。
春ちゃんも一緒に行くと言う。
「カオるん、さっきの場所をブックマークしましたか?」
「した。けど、咄嗟だったので『道』でブックマークした」
「何でも大丈夫です。後で消してもらいますから。とりあえずそこへテレポートしましょう」
タウさんに言われてさっきの『道』へとテレポートした。
「本家はこの道を真っ直ぐでしたね。春政さんの居た離れは途中から脇道に入るのですよね? ですが、カオるん。今回は本家の正門でよろしいのですよね」
タウさんは春ちゃんに確認した後、俺を見た。俺はハッキリと頷いた。
本家の正門……、利用した事がなかった。子供の頃はいつも裏から出入りしていた。
本家を出て政治叔父さんちへ行った時は、病院からだった。
俺は本家の正門がどんななのか、知らない。覚えていない。
一本道を足速に進むと、道の脇に塀が現れる。塀がずっと続く。昔は気がつかなかったが、本家はかなり大きかったんだな。
やがて、塀の先に瓦屋根の付いた立派な門が現れた。
大きさは立派だったが、かなり古く板も苔むして瓦が落ちている場所も目立つ。長年、修理などしていなかったのだろう。
そう言えば塀もボロボロだった。災害のせいではないのかもしれない。
門柱の横の小さな潜戸?に、インターフォンがあったので押したが、スカスカしていた。壊れているようだ。
「香、それは壊れてる。中へ入ろう」
春ちゃんに促されて、小さな門扉から中へ入った。
庭は、たぶん広いのだろうが、植木だか雑草だかわからない状態で鬱蒼としていた。
辛うじて、石畳が玄関へと続いているのが見え隠れしている。
立派だが古すぎる、まるで人は住んでいないような玄関扉の目の前まで来た。扉のガラスは所々割れているのかテープで補強されていた。
「デカイだけでもう修理する金もないからなぁ」
俺がじろじろ見ていたのに気がついた春ちゃんが扉に手をかけて開いた。
「おーい、照政兄さん、綾さん!居るか」
春ちゃんが家の奥へと声をかけた。シーンとした廊下の奥からパタパタと足音がした。
小学生くらいの女の子が出てきた。
「おじいさんとおばあさんは居るかい?」
子供はコクリと頷いて廊下の奥へと走っていった。
「今のは弘子…香の妹んとこの子だ」
「一家で街から避難してきているのですよね」
「ええ、弘子と旦那さんと子供が3人。今の子の下に弟と妹。離れには来ないから実は顔を見たのも2〜3回です」
「人見知り……なのか?」
「はは、どうだろう」
いつも天真爛漫で誰とも直ぐに打ち解けるマルクが珍しく俺の後ろから出なかった。
「どうした?」
「………うー。僕、なんか、さっきの子と仲良くしたくない」
マルクがこんな事を言うのは珍しい。別にやりとりがあったわけでないのに、どうしてだ?
「マルク君、いいんですよ。ここにはさよならを言いに来ただけですから、仲良くしなくていいですよ」
春ちゃんも辛辣だな。見た目普通の子供……だったよな?
「カオるんには普通の子供に見えたんですね」
タウさん?え?え?さっきの子供、普通じゃなかったのか?まさか幽霊だった?足無かったか?
「香は本当に変わらないなぁ。昔のまんまだ」
え、何?みんなには幽霊に見えたのか?俺には普通の子供に見えたぞっ!
「カオるん、人間の子供でしたよ。幽霊でもゴブリンでもありません」
「香は相変わらず、人の悪意に鈍感なんだよな」
「父さんは僕が守らなきゃ、フンス!」
「あの、人様のお子さんにこんな言い方をしては申し訳ありませんが、その、随分と良い性格をされてるお顔でしたね」
えっ?えっ?良い顔?キヨカの言った意味がわからん。俺、人の顔の美醜とかイマイチよくわからんのだ。全部『普通』に見えるんだが。
「あの子、意地悪そうで僕、嫌いー!」
「そうなのか?話してないのに?」
「香は昔から、政一に殴られても殴られても、警戒しなかったんだよ、横で見てる俺がどんなにハラハラしたか」
「えっ?でも、政一が何で殴ってくるのかもわからんかったし、警戒のしようが……」
「普通は一度殴られたらその人間自体を警戒しますよね。もしかしてカオるん、次は殴られないとか思ってました? ゲームで犬に噛まれてたのもそれですか?」
「いや、まぁ、もしかしたらテイムさせてくれる犬がいるかもとは思ったが」
「ゲームのシステムですからそれはありません。そこまで精密なゲームじゃありませんでしたから」
何で俺、責められているの?それにしても遅いなぁ。親父達を呼びに行ってくれたんだよな?
「それにしても遅いですね。幾ら広い家でも玄関まで20分かかりますか?」
「おーい!誰か居ないのかぁ!」
春ちゃんが大声で廊下の奥へ叫んだ。すると廊下の向こうの角から男性が顔を出した。
「健人!兄さんと綾さんを呼んでもらえないか」
「……春政さん。わかった」
そう言って角に引っ込んだ。
「今のは香の弟健人だ。ずっと家を出てたんだが、あの災害後にぶらりと戻ってきた」
ああ、昔の記憶の、祖父さんの膝に居た男の子か。
今度は直ぐに健人が高齢の男女を連れてやってきた。……多分、俺の両親。
訝しげな顔をした両親は玄関まで来て、俺たち見回した時、その視線が俺で止まった。
俺を見つめたまま、くちびるがワナワナと震えていた。
それからおもむろに俺に向かって頭を下げた。夫婦でだ。頭が膝に着くんじゃないかと言うくらい、深く腰を折って俺に頭を下げ続ける。
だが、何も言葉は発しない。
謝ったり詫びたりの言葉はなく無言だ。
春ちゃんの話が頭に思い浮かんだ。
『俺を逃す』
何も言わずにただ頭を下げる、俺の両親だった人達。
この家から逃げられない自分達、この家で俺を守れなかった自分達、ただ『俺を逃す』事は出来た。
俺に会う事はもう一生無いだろうと、思っていただろう両親。
俺を育ててくれた『両親』は政治叔父さん達だ。俺の『姉』は雪姉さんだし俺の『兄』は春ちゃんだ。
でも、俺は、今、わかってしまった。
俺を産んでくれた『両親』は、このふたりだ。
俺が欲しかった形の愛情ではなかったが、確かにソレはあったのだ。
何も言い訳をせず、ただひたすら俺に頭を下げるふたりに、俺も頭を、下げた。
そして静かに、最後の言葉を告げた。
「お父さん、お母さん、ありがとうございました。俺は今は幸せです。おふたりもどうか健康にお過ごしください。さようなら」
俺は踵を返して玄関から外へと出た。
「うわぁぁぁぁああん、うわぁぁあん」
俺の背中でマルクが大泣きしていた。俺の代わりに泣いてくれている。
「……香。お前も泣いてるぞ?」
春ちゃん、それは言わないで。
俺たちはテレポートで政治叔父さんちに帰宅した。




