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180話 30年会っていなくても②

「雪姉さん、春ちゃんが今どこに居るか知っていますか?」



 春ちゃん、春政叔父は父の1番下の弟だが俺とは一歳しか違わない。俺が今49としたら春ちゃんは50歳か。


 俺が知っている春ちゃんは名古屋の大学に入学が決まりあの村を出た時が最後だ。

 俺が高3になる前、まだ政治叔父さんちに居た時に春ちゃんが会いに来たんだ。



「香……、俺、名古屋に行く事にした。あっちの大学が決まった」



 俺は、ショックだった。

 自分が町の大学に行くつもりだったのは、春ちゃんもそうだと思ってたからだ。1年先に町で大学に通い出す春ちゃんを追いかけて行こうと、何となく勝手に考えていた。



「……あ、そうか。………名古屋なんだ。遠いな。あ、その合格おめでとう」



 あの時、俺はちゃんと笑顔を作れただろうか?


 あの頃の俺にとって、名古屋はとても遠かった。和歌山の田舎から名古屋へ出る金もない。

 雪姉さんと一緒で、春ちゃんも俺の前から居なくなるんだ、と思った。


 いつも兄弟のように色んな話をしていたのに、名古屋の大学の話は全く出ていなかった。


 『俺には秘密にしていた……?』

 俺はそう思ってしまった。


 そこから思考はマイナス方向へと進んだ。春ちゃんにとって俺は弟じゃないんだ。ただの面倒くさい親戚だったんだ。

 狭い村だから歳の近い者として仲良くしていただけかもしれない。


 春ちゃんとその後何を話したか覚えていない。


 ただ、もう村に味方は居ない。いや、最初から居なかったんだ。


 俺はその時、そう思ってしまった。


 今思うと間違いだとわかる。あの村でも、俺をずっと住まわせてくれた政治叔父さんと家族、小さい頃から守ってくれたり高校に行かせてくれた雪姉さんと旦那さん、そしてずっと兄のように一緒に居て辛い事があった時いつも慰めてくれた春ちゃん。


 彼らと別れる時が来ても、それらが消えて無くなるわけじゃない。

 今なら解るそんな事も、当時は『捨てられた』と感じ、心を閉じる事で自分を守ったんだ。


『大丈夫。最初から、自分はひとりだ。これからもひとりで生きていける、いけるんだ』




「香くん?……香くん、大丈夫?」



 俺は雪姉さんの声で我に返った。



「あ、ごめん。春ちゃんは今も名古屋にいるのか? いや、もうとっくにどこかで就職や結婚とかしてるか……」


「春政はね、和歌山の実家に居るのよ。口止めされてたけど、もういいわよね」


「そうだね。春政君も香君も不器用みたいだ。雪美さん、話した方が良さそうだよ」



 雪姉さんの旦那さんが話すように雪姉さんを促した。でも俺は、『口止め』……また隠されていた事がショックだった。



「こら、何て顔してるの」



 雪姉さんが俺の鼻を摘んだ。……俺はどんな顔をしているんだ?



「香くん、内緒にするのはふた通りの理由があるのよ? 自分を守るために話さない場合と、もうひとつは相手を守るために話さない場合。春政は不器用だから……、香君に迷惑をかけたくなくて内緒にしたの。自分が香くんの足枷になりたくない、香くんにはあの村を出て自由に生きてほしい。だから、話さないで欲しいと頼まれていた」



 え……何で春ちゃんが俺の足枷になるんだ?いつも支えてもらっていたのは俺の方だ。俺が足枷だったのでは?だから俺に内緒で名古屋に……。



「あのね、春政は名古屋の大学に行ったんじゃないの。名古屋の病院に入院していたのよ。難病でね。子供の頃から解ってはいたんだけどあの本家が春政のためにお金を出すわけがない。春政は長く生きられないって諦めていたみたい」



 えっ!でもだけど、さっき、村に居るって言ったよな?春ちゃんはちゃんと生きてるよな!



「大丈夫。春政はちゃんと生きてるわ。香くんは昔から思ってる事がみんな顔に出る、変わってないわね」



 そう言って雪姉さんが俺の頬を撫でた。



「春政はね、二十歳まで生きられないかもと言われていたの。私が結婚して福士さんに相談して春政を名古屋で治療する事が出来た。福士さん本当にいつもありがとう」


「何を言ってるんだ。僕はいつも君に助けられているからね」


「はぁ、幾つになってもうちの両親はラブラブなのよ。あ、ラブラブって死語だっけ?職場で使ったら新入社員の子に突っ込まれたんだわ。生意気ぃ」



 雪姉さんの家族は本当に仲が良さそうで安心した。



「父さんと僕とキヨカさんも仲良しだよね? ええとラブラブ?」


「そうね、ラブラブね」



 福士さんが俺の方を向いて雪姉さんの話を続けた。



「春政くんは結構な難病でね、10年くらい入院治療が続いていたかな。手術も3回あったね。和歌山の実家へも連絡はしていたが春政君のご両親は一度も見えられなかったね。ただ、お義母さんからは二度、手紙をいただいた。香くんからしたらお祖母さんか」


「あの家は長男しか大事にしないから。それでもお母さんは末っ子の春政を気にかけてはいたみたいで、入院した時と退院を知らせた時に福士さん宛てに手紙がきたわ」


「あの、春ちゃんの病気は……、今は治ったんだよな?10年で退院したって」


「ええ、まぁ……でも完治ではないの。命の危機はなくなったけど長く付き合っていくしかない」


「それで退院の後何年かはうちに居たんだが、和歌山の本家へ戻ったんだ」



「何で……あんな家に」



 あ、そうか。春姉さんちの迷惑になるからか……。



「香くん、うちの迷惑になるから春政が戻ったって思ってるでしょ。まぁ、多少はそれもあるかもしれないけれど、春政が和歌山のあの本家へ戻ったのはね、香くんを待ってたのよ」



 え……?俺、を?



「その頃、香くんが消息不明になって、それで春政は本家、と言うよりは政治兄さんの所に香から連絡が来るかもしれないと、本家へ戻る事を決意したの。本家の敷地内に離れを建ててそこにずっと住んでいるわ」


「本家は今は照政さんの家だからな。春政くんも一緒には暮らしづらいだろう」


「照政?」


「いやぁねぇ、香くん、あなたのお父さんの名前、鹿野照政よ」



 あ、そうだったか。言われて見るとそんな気もするが両親や兄弟とは殆ど接触がなかったからな。興味もなかったし。



「仕方ないんじゃない? だって一緒に暮らして無かったんでしょ?私達も和歌山の親戚の人達の名前なんて記憶が薄いわよ、ねぇ兄さん」


「そうだな。殆ど会ってない。俺は祖母さんの葬式にも行かなかった」


 従兄弟だと言う祥子さんと圭人さんが俺をフォローしてくれた。

 雪姉さんが紙に書き出して俺に見せた。


------------------

鹿野本家(現在)


照政

政一(長男)

弘子(長女)

健人(三男)

政子(叔母)


春政

------------------



「今、本家に住んでいるのは6人ね。政子姉さんは相変わらず本家のあの部屋に住んでいるわ。それ以外は香君の両親と兄弟。春政は離れにひとりで住んでいる」


「祖父さん達は……」


「曾祖母さんは結構前に亡くなったわ。父さんと母さん…香くんからだと祖父母ね、お祖母さんは数年前にお祖父さんは災害直後に亡くなったと聞いたわ」


「……母さんは綾って名前だったのか。知らなかった。政一が今の鹿野家の家長か」


「うーん、どうなんだろうね。今はもう家長制度は無くなった感じかな。政一君はバツ2だったよね?」


「そうね。今時はバツ2くらい普通の時代だけど、あの村では目立ってたそうよ。現在はバツ2で奥さんも子供も無し」


「お母さん、私達にも刺さるブーメランを投げるのやめて。結婚出来ただけマシとか言う気でしょ」


「あら、そんな事言わないわよ。うちの子達はちゃんと働いて自立しているから、そう言う生き方もアリだと理解しているわ。例え孫が抱けなくてもね」


「ぎゃああ」



 祥子さんが耳を塞いでテーブルに伏せた。圭人さんも横を向いている。お、俺も、ちょっと目が泳いでしまう。どこを見ればいいのか。



「弘子ちゃん…香くんの妹だけど覚えているかしら。香くんの8つ下だったかしら」



 あぁ、そういえば居た気がする。俺が覚えて居る本家の団欒の風景の中に居た気がする。いや、祖父さんの膝に乗ってたのは弟の方か。妹は……どこに居たかは思い出せないが。



「弘子ちゃんはね、分家筋の従兄弟と結婚して町に住んでいたの。確か1男2女だったかしら。うちとは付き合い無いから子供の名前までは聞いてないわ。それで、災害直後に一家で本家へ避難してきたって事は聞いた。本人からじゃなくて政治兄さんからですけど」


「末っ子の健人君も今は本家に身を寄せているけど、海外留学だの街でバンドをしてるだの、籍は入れてない妻子があるとか、まぁ今時の自由人だな」


「長男教とか掲げながら結局子供を甘やかしすぎじゃない?未婚の私が言う事じゃないかもしれませんが!」


「小作人もいない、若い手も無い、広い田畑も耕せない、山も売れない、無い無い尽くしの世の中だからな。だだっ広い本家の家だけが残った」



「じゃあ、あの家…本家はどうやって暮らしを立てているんだ?」


「先祖代々の骨董品なんかを少しずつ手放して食いつなげてきたようよ。もう売る物残ってないんじゃないかしら」


「まぁ、あの家に関わらず日本の過疎地はみな似たようなもんだ」



「香くん、もしも、和歌山へ行く事があったら、春政を訪ねてあげてほしいの。香くんの無事な姿を見せてあげて。春政はずっと待ってるから」



 俺はブンブンと頭を縦に振った。

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