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謁見

 私は王城の一室で侍女たちに服を剥かれて風呂に放り込まれていた。風呂だって、一応、自分で入ると言ってはみた。

「私たちの仕事を奪うおつもりですか?」

 と侍女たちに言われて、仕方なくされるがままになっていた。

 見るも無残になったワンピースは「手入れいたします」と言われて何処かへ持ち去られてしまった。

 風呂が終わると全身に香油だのクリームだの塗られた。


 バスローブを羽織って、髪を乾かされている時に、服を選ばされる。ワンピースを駄目にしたお詫びにどれでも好きな服を選んでいいとの事だった。

 どれもこれも実に上等そうな布地のワンピースである。可愛いものから大人の女性というイメージのものまで、色合いも様々、全くどれを選んだらいいのか分からなかった。

「スミマセン、分かりません、お任せします」


「お嬢様の髪色と目の色だと、これなど如何でしょう?」

 服屋の女主人の言うがままに頷く。

「承知いたしました。これはお帰りの際にお渡しできるように致しますね。では、国王陛下への謁見のドレスをお選びください」


 私は目を剥いた。


「えええぇっ国王陛下への謁見ですか!」

「王都を救った英雄に一言お礼と仰っておられます」

 無理ムリむーりー!

「わ、私など、言葉遣いもなってないし、マナーも酷いし、無理です!」

 侍女の一人がにっこりと笑った。

「国王陛下の呼び出しはお断り出来ません」

 私は泣きたかった。

 貧乏庶民出身を舐めないでほしい。ドレスで歩ける気がしない。謁見は仕方がないが、ドレスは無理だ。

「騎士服の正装をお貸しください!」


***


 何とか侍女を説得して騎士服の正装を借りる事が出来た。

 うん、この方がずっと落ち着く。

 謁見の間の控室に連れて行かれた。そこには投げ出していた化粧品や服を入れた袋が四つ置かれていた。

「私の化粧水たち!」

 私がその化粧水の瓶にほおずりしていると、先に来ていたオスカーにくっくと笑われた。

「オスカー、ありがとう。取りに行ってくれたの?」

「辻馬車の御者が騎士団に運んでくれたらしいよ」

 そう言えば、緊急事態だから無理やり馬を借りたんだった。

「馬、返せたのかな?」

「返せたし、十分な報酬も渡せたそうだ」

 オスカーも騎士服の正装を着ている。改めて見ると、やっぱり似合う。

「リリーにはドレスをお貸しするとか言ってるのを聞いたんだが」

「無理!裾踏んで転ぶのがオチ」

「……残念。楽しみにしていたのに」

 オスカーの笑顔がやたら眩しい。


 控室で紅茶とお菓子を出されて、その美味しさに悶絶していると、謁見の間からの呼び出しがあった。

 控室から一旦廊下に出る。

 正面の謁見の間への巨大な扉が重々しく開かれた。


 侍従に示されるまま、オスカーと前へ進む。

「国王陛下がお出ましになられます」

 オスカーと私は片膝を床について、胸に拳を当て、叩頭した。騎士団の作法である。これは慣れている。

 こんなのドレス着ていたら作法も違うし、自信が無い。でも、ギーゼン伯爵やその周りの方々とお付き合いするにはこれからは必要になるんだろうと思う。勉強しなくちゃ。


「良い。頭を上げよ」

 国王陛下の声が謁見の間に響いた。

 私たちは頭を上げる。片膝は付いたままだが、オスカーが胸の拳を下ろしたので、真似をした。

「一級修復師のオスカー・ギーゼンとリリーだな。この度は王都を救ってくれた事、感謝する」

「ありがたいお言葉、痛み入ります」

 オスカーは臆せず陛下と話をしている。私の心臓はさっきからバクバク言ってるのに。

 国王陛下は御年五十五歳くらいだったと記憶しているんだけど、もっと若く見える。

「先程から宰相を中心として、事件の調査を行っているのだが、分からぬ事ばかりでな。宰相、これへ」

 国王陛下に呼ばれて、先ほどの宰相閣下が国王の後ろに立った。

「先程は我々を救ってくださり、心から感謝する。現在どのように亀裂が開いたのか調査中なのだが、専門家から見てどのように思われるだろうか」


 ああ、礼が目的と言うよりは調査協力が主なのか。しかし、陛下自ら?

 国王陛下は部下に任せきりにはしないとは聞いたことがあるけれど……


 オスカーが私を見た。

「あの亀裂については、私よりこのリリーの方が詳しいと思います」

 私に振らないでぇ。

「ほう、それは何故?」

「ご承知かと思いますが、私は半年ほど前、あちらの世界に落ちました。私を探すためにリリーはあちらの世界の魔術具師と一緒に一月ほど行動を共にしています。その魔術具師の作った亀裂を直接には私は知りません。リリー」

 促されて、私は仕方が無く話し始めた。

「亀裂は建物の中にありました。二階の広い部屋でした」

「魔術師団本部の第一実験場と聞いている」

 宰相が教えてくれた。

「そこの中央に大きくバッテンを描いたような亀裂がありましたが、それは異界の魔術具師ベニグノが、以前何度も開けた亀裂と同じ形、同じ大きさでした」

 国王と宰相は瞠目した。宰相が先に口を開いた。

「ベニグノという魔術具師は収監されていた筈だ」

「その辺りは存じ上げません」

 私が答える。宰相が頷いた。

「うむ。魔術師団預かりになって、色々研究するという報告が上がっていたように思う」

 私は講堂の入り口に空間結界の跡があったのを思い出した。

「そう言えば、講堂は何重かの結界が重ね掛けされていた痕跡がありました」

 オスカーも頷いた。

「ただ、私たちが到着した時には結界は殆ど維持できていませんでしたが」

「それは異界の魔術具師が作れるものか?」

 国王の質問に私は頭を振った。

「いえ、彼にそういう力は無かったと思います。彼の能力は魔道具作りとその使用だけでした」

 国王が難しい顔をした。

「我が国の魔術師が結界を張ったという事か。研究の為亀裂を作ったのだろうか。だとすると、断じて許せん」

 宰相が苦り切った表情を浮かべた。

「魔術師団長を呼びます」


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