宰相
少し前。
王城では騎士団本部の出来事の第一報が宰相の下に届いていた。
「どういう事だ!王都で次元の裂け目など発生した事が無いぞ!」
「詳細不明ですが、魔術師団本部棟の第一実験場に亀裂が発生した模様です。魔物が溢れて来て、騎士団本部はかなりの被害との事。死者も多数出ているらしく……」
「騎士たちは魔物を抑え込んでおらんのか!」
「魔物の数も多く、大型の魔物もいて苦戦しているようです」
「報告します!魔物が街の上空を舞っております!時折火を吐いて、街の各所から火の手が上がっております!」
「修復師は!筆頭修復師のエーリヒ師はどうされた!」
「ご高齢で先日来寝込んでおられまして……」
宰相は唇を噛む。
「他にも修復師は居る筈だ!」
「騎士団本部に常駐者が居る筈ですが……」
宰相は近衛兵に指示を飛ばす。
「何があっても国王陛下とご一家をお守りしろ!王城に魔物一匹入れるな!」
その時。
天井のステンドグラスが音を立てて崩れた。そこから魔物の足がにょきっと見えた。
「……飛竜種だ」
騎士が呆然と呟いた。
「弓だ!弓を持て!」
宰相が叫ぶ。
飛竜は鋭い爪を持つ足で窓を割り拡げると、覗き込むように頭を中に入れた。
宰相はそれと目が合った気がした。
それは口を大きく広げた。ずらりと並んだ牙が見える。喉の奥にチロリと赤い炎が見えた。
ひいいっ
宰相は逃げ出すが、そこへ飛竜の口から放たれた炎が襲い掛かる。
駄目だ、逃げられない。
宰相はそう覚悟して目を瞑ったが、炎はいつまで経っても届かなかった。
恐る恐る目を開けると、自分の上に白いキラキラした布のようなものが掛かっている。
「何だ?」
「それ被っててください!結界です!」
「何だと?誰だ?女?」
だが、状況を知りたくて宰相は布から少し顔を出した。
そこにいたのは二人の若い男女。
女性が長くキラキラ光る布を投げると、布はまるで重さが無いかのように上へするすると伸び、天井近くの竜に絡まった。男性がその布を引っ張る。天井のステンドグラスが音を立てて壊れた。竜の重みもあるのだろう。竜が落下してきた。そして男性は剣を一閃させた。
すると、竜が真っ二つに分かれ、床に轟音を立てて落ちたのだ。
は?
何だこれは。私は何を見ているのか。
「終わったかな?」少女が言う。
「もう気配は無いな」男性が答える。
「了解。結界布消すね」
宰相に掛かっていた布が消えうせた。
「君たちは?」
男性が答える。
「西駐屯地所属の修復師オスカー・ギーゼンと言います。こっちは同じく修復師のリリー」
「偶然ですけど、王都に来ていて良かったです」
宰相は思い出した。半年ほど前に向こうの世界に落ちた修復師の事を。それを救いに行った西駐屯地の修復師達の事を。
「君たちか」
圧倒的な力を持つとは聞いていたが、まさかここまでとは、と宰相は驚愕した。
事が終わってしまえば、普通の若い男女にしか見えない。だが、先ほどの戦いは尋常では無かった。
「騎士団本部がどうなったかご存じか?」
宰相の問いに、オスカーと名乗った男性が答えた。
「亀裂は修復済みです。魔物の気配も先程の飛竜種が最後でした。街の火災の鎮火をお願いします」
宰相は手早く部下たちに指示を飛ばした。
「この部屋凄いですね!飛竜の炎当たったのに全然燃えてない」
少女が目を丸くしていた。
「王城は出来るだけの耐火が施してあるんだよ」
宰相が説明すると、少女は「ほええ」等と呑気な声を出していた。
すると、兵士が数名駆け込んできた。
「宰相閣下、不審者が入り込みました!若い男女が門兵を拘束して、武器を持って王城へ侵入しました!今捜索を……あっ、お前達!」
兵士がリリーに掴み掛かろうとするのを宰相が鋭く制する。
「馬鹿者!この二人は王城を飛竜から守ってくれたのだぞ!最大の功労者に何を言うのだ!」
「功労者?けれどこの格好は不審者にしか……」
宰相は二人を改めて見ると、確かに酷い格好だった。
「済まぬ。魔獣から我々を守ってくれたのだな。元は可愛らしい服だったのだろうに」
少女が自分の服を改めて見降ろして、衝撃を受けたようだった。いきなり泣き出した。
「ああああああ、お気に入りのワンピースが、魔物の血でドロドロ、ぎゃ、こっち破れてるし、ふえぇぇん、高かったのに、あっ辻馬車から馬を借りたところに化粧品とか買った服とか置いて来ちゃった!取りに行かないと無くなっちゃう……どうしよう……場所分からないよぉ」
宰相は目の前の少女の変貌ぶりに目を丸くした。




