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告白

 私たちは、その日すぐにナーダ村を出発してヴェルゲの街の西駐屯地へ向かう事にした。ギーゼン領軍の騎士達は運び込んだ食料や宿営天幕などの撤収を行い、速やかにギーゼン領へ戻るらしい。オスカーの無事は早馬で既に伝えたとの事である。


「心から感謝する。こちらの挨拶が済んだらすぐにギーゼンに顔を出す。……皆に心配かけてすまなかったと伝えてくれ」

「はっ。かしこまりました。伯爵さまや奥様に一刻も早く無事なお顔を見せてあげてください」

「ああ」


 オスカーに直接ギーゼンに行かないのか尋ねたが、まずは騎士団に礼に行くと言われた。まあ、このボロボロの服とかは着替えないとご両親も心配されるだろうとは思う。

 オスカーの馬を連れて来ていないので、私とオスカーが相乗りである。治癒師のロフスは先にオスカーの無事を知らせに駐屯地へ駆けてくれている。フェリクスはベニグノと乗るし、マルクは皆の天幕やら食料やらをうず高く馬に積み上げていた。あれはマルクのリボンが無ければ積めたものではない。馬への負担を考えて、ゆっくりとした歩みである。西駐屯地までの約半日の時間、私たちは随分色々な事を話した。


「そもそも初めに、なんで、亀裂を閉じちゃったの?」

「火竜が亀裂目掛けて炎を放射したんだ」

「火竜!あれ火竜だったんだ……でも!亀裂閉じてたら逃げられなかったでしょう?オスカーが炎を浴びたんじゃないの?」

「結界でかなり凌げた」

「結界、作れたっけ?」

「作れたんだ。リリーの結界の見よう見まねだが」

「凄い!咄嗟に良く出せたね」

「あっちは魔素が濃いらしい。治癒魔術も使えたので、左手も治せたしな。結界も展開できたし、マルクのリボンみたいなのも簡単に出せた」

「ひぇぇ。器用……今は?」

 オスカーは私の後ろで右手を振る。指先からキラキラとした光が零れるが形を取らない。

「残念ながら、こっちでは無理みたいだな」

 残念そうにオスカーは笑った。


 話しながらも後ろのオスカーの体温が心地良い。ふと気づく。

「オスカー、一月も森に隠れてた割には全然匂わないし、小ざっぱりしてるのは何で?」

「滝の裏に隠れてたから、いくらでも水浴びは出来た」

「へぇぇ、いい場所あったね」

「でかい白蛇が住んでたが」

「蛇!」

「なんか、共存を認められたみたいだったな」


 私は向こうでの生活を聞き、オスカーは私たちがどんな風に探していたのか、誰が関わったのか等を知りたがった。

「暫くはあちこちに礼を言いに回らなきゃな」


 西駐屯地に着くと修復師の皆から手荒な歓迎を受けた。

「よく生きてたな!」

「しぶといな!流石オスカーだ!」 

「お帰り!」

 オスカーは皆に揉みくちゃにされていた。

 騎士棟からコルネリアたちが駆け付けて来た。コルネリアと備品室のエルマ姉さんが私の頭を撫でた。

「良くやった、リリー」

「良かったね!」

「ありがとう、エルマ姉さん、コルネリアさん」

 二人を見て気持ちが緩んだのか、せっかく止まっていた涙がまた溢れて来た。

「よしよし、良く頑張った」


 オスカーは班長と一緒にあちこち礼を言いに回っているようだった。私はエルマの部屋でコルネリアと一緒に、暖かい紅茶を淹れて貰っていた。


「ギーゼン領軍の協力があったのかぁ」

 エルマ姉さんがため息をついた。コルネリアが少し難しい顔になった。

「飛び出してきた家に協力を求めちゃったんだね」

「仕方なかったんです。私達だけでは無理だと思ったんです」

 あの時はそれしか選択肢が無かったのだ。

「ご両親は息子を取り戻すためには協力惜しまないよね」

「オスカー君、独立しようとしていたのに、借りを作っちゃった訳か。奴は何かそれについて言ってた?」

 私は頭を振った。

「こっちでの挨拶を今日中に終えて、明日にはギーゼンに行くって言ってました」

「となると、お祝いの宴会は今夜じゃなきゃ、だね!ヤッホー飲めるぜ」

 喜ぶエルマを見てコルネリアが苦笑した。

「姉さん、珍しく願掛け断酒してたもんねぇ。早馬でロフス君が知らせてくれたから、食堂がもう準備に入ってるよ」


 夜の中央食堂は大宴会場と化した。修復師棟だけでなく騎士棟からも大勢やって来た。

 皆、飲むわ食うわ、笑うし泣くし、当直の四班だけが渋々酒を控えていたが、それ以外は皆オスカーの帰還に祝杯を挙げ続けていた。

 私は「子供はこっち」と酒ではなく炭酸水を渡されていたのもあって、頭の一部が妙に冷えていた。


 フェリクス班長がやって来た。

「どしたの、浮かない顔して」

 班長には何も隠せそうにない。

「オスカーの実家に借りを作らせちゃいましたよね」

 班長は微笑んだ。

「親なら貸しを作ったなんて考えないよ」

「領主に戻れ、ってまた言われるんじゃ……」

「それはどうせ言われるよ。僕らが何をしようがねぇ」

「……オスカーを領主にするなんて、もったいない……」

 後ろからマルクが来た。

「珍しい。宴会参加してたんだ」

「……食いもんが美味そうだったから……」

「オスカー君が来たよ。直接聞いてみたら?」


 オスカーが騎士達の所からこちらへやって来た。相変わらずオスカーの所在は分かるので、近づいて来る度に無駄に私の心臓が跳ねる。

「リリー、ちょっといいか?」

 オスカーが外へ出よう、と親指を扉の方へ向けたので、私は立ち上がった。



 外はちょうど月が昇って来たところだった。風が少し冷たい。二人で騎士棟の向こうの丘にある大きな樹の下に歩いて行った。

「オスカー、私たち、ギーゼン伯爵に借りを作っちゃったよね。勝手にごめん。もうそれしか手が無くて」

 オスカーは瞠目した。

「何を気にしているのかと思えば」

「だって、オスカー伯爵家から独立しようとしてたのに」

「あらゆる手を尽くしてくれたという証だろう?感謝こそすれ、リリーから謝られる必要は全く無いよ」

 その言葉がただの慰めではないのが感じ取れて、少しホッとした。

「リリー、少し、話してもいいかな」


 私は改めてオスカーを見上げた。

「……もちろん」

 改まって何の話だろう。馬に相乗りしている時に結構話したのに。

「あちらに落ちて、取り敢えず命の危険が無くなった頃かな。帰れないんじゃないか、って不安が沸き上がってきたんだ」

 私は頷く。

「うん」

「色々、後悔したんだ。あれをしておけば良かった、これをすれば良かった、とか」

「うん」

「でも後悔していても前へ進めないから、帰ったらこれをしよう、あれをしたい、って考えるように変えた」

「オスカーらしい」

 私は少し笑った。

「考えていて、一番やりたい事が、リリーに自分の気持ちを伝える事だった」

 

 え?


 何の話?


「気持ち?」

「俺がリリーを好きだってこと」


 その言葉が私の中に降りてくるのに少し時間が掛かった。


「え?」


 オスカーが柔らかく微笑んでいる。

「いつからかな。もう随分前からなんだけど。やっぱり気づいてないよな」

 私は自分の顔が熱くなるのを感じた。

「え?」

「困るか?」

 私は反射的に頭を振った。

「困らない!」

「それは……期待してもいいって事か?」


 オスカーの目が優しくまっすぐ私を見つめている。

 私はどう考えても最近涙腺が故障していた。ぽろぽろ涙が零れ始める。


「……今まで、オスカーには絶対手が届かないと思っていて」

「何故?」

 オスカーは指で私の涙を拭う。

「私みたいな庶民出身者にはお貴族様は遥か雲の上の人なんだもん」

「俺、雲の上にいたか?」

「ううん、でもそういう事考えはじめたらそれ以上考える事が出来なくて、考えないようにしていて」

「うん」

「でもオスカーがいなくなった時、私、もうどうしていいのか分からなくなって」

「うん」

「生きててくれるなら何でもする、って思って……」


 オスカーが私を抱きしめた。耳元で優しい声がする。


「これからずっと俺と一緒に生きてくれるか?」


 私は泣きながら頷いた。

「うん」

 オスカーの手に力が籠るのを感じた。


「結婚したいな」

 オスカーの声にまた現実が降りてくる。

「私、でも貴族の奥様にはなれないよぉ」

「そんな事しなくていい。リリーの生きたい様に生きればいい。リリーは修復師を続けたいだろう?」

 私は頷く。辞めるなんて考えたことも無かった。

「でも結婚って、オスカーはお父さんの許可がいるんだよね?」

「正式にはそうだな。出来るだけ父に頭を下げるが、無理かもしれない……貴族のやっかいなところだな」

「私、正式じゃなくてもいいや」

 オスカーが優しく私の頭を撫でた。

「例え正式では無くても、生涯、君ひとりを愛すると誓うよ」

 オスカーの胸に埋めている顔がまた熱くなった。


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