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奪還作戦

 投入される騎士団は特務隊と第一、第二、第三隊だった。総括するマイヤーズ騎士団長も来ている。騎士団の本気度が分かる。

 樽が現れたキスケ村に続々と集結する。

 簡易基地が作られ、天幕に補給物資が積まれた。


 準備を進めていると立派な紋章入りの四頭立ての馬車が走って来た。班長が顔を上げた。

「ギーゼン伯爵家の紋章だねぇ」

 ギーゼン伯爵、オスカーのお父さんだ。


 御者が馬車の扉を開ける。中から厳めしい顔をした男の人が降りて来た。オスカーのお父さんだと一目で分かった。

 侍従が私たちと一緒にいるマイヤーズ騎士団長を見つけて伯爵を案内して来た。

「マイヤーズ騎士団長殿、バルタザール・ギーゼンと申す。この度は不肖の息子一人の為にこの様な大規模な捜索隊編成、心よりお礼申し上げる」

 マイヤーズ騎士団長は少し眉を顰めて、伯爵に向き直った。

「ギーゼン伯爵、勘違いされては困るのだが、我々はあなたのご子息だから助けに行く訳では無い」

 伯爵は瞠目した。

「それは、どういう事かご説明願えるか」

「王国に無くてはならない一級修復師を助けに行くのだ。だからこれだけ大規模に隊を編成している」

 伯爵は瞠目し、そしてしばらく後、何とか言葉を絞り出した。

「……私の息子ではなく、修復師であるから、だと……」

「そうだ。ただの伯爵家の子息なら残念ながらここまでの規模の救助作業にはならない。それに王国の一級修復師というだけではなく、我々にとっても大事な同僚だ。彼を救いに行くからここまで士気が高いのだ」

 ギーゼン伯爵は返す言葉を失ったようだった。


 だが、私たちはそんな事に構っている場合ではない。

 突入の準備を整える。

 ベニグノは両手首を前でひとつに縛られ、口には猿轡をかまされて声を発せない状態にされている。その上、剣でも切れないといわれる鋼蔓で腰縄を打たれて、その先は一人の騎士の腰に括り付けられていた。

 ベニグノのそばにはマルクがいる。万一逃げ出したらマルクがリボンで捕獲する予定だ。


 騎士は以前のスタンピードで私たちについてくれた特務隊である。騎士団の最強メンバーだ。回復術師ロフスもいる。

 

 皆で前回の亀裂の箇所にやって来た。アンゼルム特務隊長がベニグノに空間を切り裂く例の術具を返す。ベニグノの頭にはフェリクスが手を添えている。

「よし、ベニグノ君、空間をこの間みたいに切ってくれるかな?」

 ベニグノはうつろな目で目の前の何もない空間を見つめている。そしてゆっくり剣のような術具を振り上げる。嵌っている宝石が怪しく煌めいた。そして剣を斜めに振り下ろすと、空間が斜めに裂けた。

 再度手をゆっくりと上げ、バッテンを描くようにもう一度空間を切り裂く。

「本当に開いた」

 私は思わず呟いた。

 ベニグノからアンゼルム隊長が剣を取り上げる。

「突入」

 まず、特務隊が一人ずつ入っていく。第一隊、第二隊、第三隊と続く。そして私の番が来た。亀裂を通り抜ける。怖気だつ感触が極まる。向こう側に足を付けた。そして体を亀裂から抜く。

 あちらの世界、に着地した。

 騎士たちが辺りを油断なく見回している。


 私は目を見開いた。


 そこは焼け野原だったのだ。一面に広がる焼けた草。まだ焦げ臭さが残っている。すぐ向こうに建物の残骸がいくつもある。

「オスカーはどこ?」

 私はぶるりと震えた。

 オスカーの気配が無いのだ。


 続いて、班長達が亀裂を潜り抜けてきた。ベニグノもやって来た。

 

 ベニグノの表情が変わった。

「〇◎●×#△×◎!!!」

 班長がベニグノの頭に手をやった。

「こんなじゃなかったの?」

 ベニグノの目から涙が零れる。

「〇◎●×#△◎●×◎#△……」

 私はあちこちを見回したが、やはりオスカーの気配は無い。

「オスカー!何処にいるの!オスカー!」


 アンゼルム特務隊長がやって来た。

「オスカーはいないか?位置を感じ取れると聞いたが」

「感じ取れません……」

「どれくらいの距離まで感じられるのだ?」

「分かりません。あんまり離れる事無かったので」

「フェリクス班長、どういう状況か分かったか?」

 フェリクスがベニグノの頭に手を添えながらこちらを向いた。

「飼っていた火竜が暴れたのではないかと言ってますねぇ」

「こいつが飼っていたのか?」

「その様ですね。飼うと言うか、使役していたという方が近そうですね。術で抑え込んでいたようです」

 私たちは呆然と辺りを見回したが、見渡す限りの焼け野原である。いまだに焦げ臭さが辺りに漂っていた。

 遥か遠くに森と山脈が見える。別の方向の遥か向こうに塔が見えた。町があるらしい。

「みんなはどうしたと思う?」

 フェリクスがベニグノに話しかける。

「◎●×#△◎……」

「死んだとは限らないでしょ?逃げるとしたら何処かな?」

「△×◎●×#……」

「森は無理なのかい?魔獣だらけなの?」

「△×◎△×◎●×#…●×#……」


 騎士の一人が辺りをゆっくり一周見回して隊長に報告した。

「地形、距離を覚えました。地図に起こします」

 隊長が頷く。

「この近辺にオスカーがいないのなら、一旦キスケ村に撤収だ。捜索場所を変えよう」

 その時だった。

「隊長!こんなものが!」

 付近に散っていた騎士の一人が持って帰ったものを見て、私は頭を殴られたように感じた。


 見慣れたボタンの付いた千切れた騎士服の袖。黒く焦げたそれには焼けた皮膚片が内側に貼り付いていた。


 呆然とその袖を見つめる。


 隊長もそれの意味するところを悟る。

「あたりの亡骸を全部調べろ」

 騎士たちは一斉に散っていく。


「リリーちゃん、大丈夫か?」

 班長が私の頭を抱いてくれた。

 マルクが私の背中をぽんぽんと叩いた。


 しばらく待ったが、めぼしい発見は無かったらしい。隊長が一旦の帰還を命じた。

 私は従う他無かった。


 キスケ村に戻り、先ほど起こした地図と我々の世界の地図を照らし合わせて次の捜索個所を決定する。

 馬で移動し、ベニグノに亀裂を作らせる。そしてあちらへ渡る。オスカーが逃げ延びていることを信じて気配を探る。

 だが、何度繰り返してもオスカーの気配を感じる事は出来ない。何日も経過する。だが、オスカーは見つからなかった。

 誰も言わないが、最悪の想像が頭をよぎり始めた。


 捜索はもう既にひと月経とうとしていた。騎士団の編成も次第に小さくなる。今は第三隊と回復術師のロフスだけが付いてくれていた。


「残念だけど捜索隊は解散となったよ」

 班長の言葉に私は噛みつこうとしたが、班長の目も充血していて、拳が震えるほど強く握りしめられているのを見て何も言えなくなってしまった。

「私は、ずっと続けます」

「うん、そうだね。幸い大きな亀裂の発生は止まってるから、僕達は捜索を続けられそうだ。二班にはしわよせで負担かけるけどね」

「騎士団はもう来ないのですか?」

「修復師のロフス君は志願してくれてるよ。けど、騎士団自体は無理みたいなんだよ。北の国境線がきな臭いらしくて、そちらへ割かなければならないらしい。本当は我々も含め、全員捜索終了と言われたんだけどね、そこはゴネて僕らだけでもと通したよ」

「じゃ、私たちとロフスさんだけで?」

「それで相談なんだけどね」


***


「領軍をお貸し頂けませんか?」


 私とフェリクス班長は今、オスカーの実家であるギーゼン伯爵家に来ていた。目の前にはオスカーの父であるギーゼン伯爵、隣に伯爵夫人とオスカーの妹のアガーテが座っている。夫人は瘦せ細り目に隈が出来ていてアガーテに支えられてようやく座れている有様だった。


「国王陛下により、これ以上の騎士団の派遣は認められませんでした。ですが、我々は単独でも御子息を探しに向こうの世界へ渡ろうと思っています」

 フェリクス班長が地図を広げた。

「我々修復師一班だけではとても成功しない作戦です。お力添えをいただけないでしょうか」

 伯爵は拳を膝の上で握りしめていた。

「国王陛下のご意思に背く事になるのだな」

「あなた」


 後ろに控えていた伯爵の護衛騎士が口を開いた。

「発言をお許しいただけますか」

「うむ」

「オスカー様を救いに行きたいと思っている人間は何人もおります。勿論私もその一人です。どうか我々に休暇を認めていただけないでしょうか」

 伯爵が目を見開き、そして少し潤んだ。

「休暇扱いにはせぬ。息子の為に領軍を動かしても国王陛下のお咎めはそう厳しくはあるまい。危険を伴うだろうが行ってくれるか」

「はい、命に代えてもオスカー様を連れ帰ります」騎士が礼を取る。

 伯爵は立ち上がり、私たちに頭を下げた。

「息子を頼む」

 夫人も妹も一緒に頭を下げた。

「どうか頭を上げてください」

 フェリクスが言って、ようやく二人は体を起こした。



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