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カサンドラ

 修復出動を終えたある日、私たちが駐屯地の一班ホームに帰り着くと、居間のソファーで客が待っていた。


「オスカー様。お久しぶりです。この度は突然の訪問をお許しください」

 女性は立ち上がると美しい淑女の礼を取った。

 先に入った私には目もくれず、オスカーの方しか見ないこの客を見て、オスカーの眉間に深く皺が寄る。

「父が寄越したのか」

「わたくしの一存ですわ。オスカー様にお目に掛かりに参りましたの」


 私は思わずその女性を上から下までじろじろと眺めてしまった。


 うっわ、オスカーのお客?間違いなくお貴族様だよね。豪華なドレス……なんか場違い感甚だしいけど。


 一班ホームの居間のソファーに勝手に座っていた女性。金の巻き毛が縦ロールになって、背中に垂らされている。随分きつい顔つきだが、美人には違いない。後ろに控えてるのは侍女らしい。侍女が私を睨みつけたので、慌てて視線を逸らした。


 その後ろをマルクが足を引きずり欠伸をしながら通り過ぎて、個室に入っていく。客人に挨拶も無い。侍女が閉まった扉を冷たく一瞥するのが見えた。


「勝手な事をしてもらっては困る」

 オスカーは客人に向けるとは思えない塩対応を取っている。

 フェリクスが入ってきて、目の前の美人に驚いたようだった。

「あらら、どちら様で」

「わたくし、カサンドラ・シュタートと申します。オスカー様の婚約者ですわ」

「その話はお断りした」オスカーが言い切った。

「わたくし以外に候補の令嬢はおりませんもの。ほぼ決まりですわ」

「伯爵家からは独立する。介入は断固拒否する。それより、ここは許可が無いと入れない筈だが」

「お父様にお願いしたのです」

「師団長に抗議してくる」と言って、オスカーは踵を返して扉から出て行ってしまった。

「お待ちになって!」

 カサンドラはオスカーに続いて出て行こうとしたが、ふと私の方に向き直った。

「あなた、どなた?」

「は?私ですか?同じ班の修復師のリリーです」

「リリー、何と仰るの?」

「……リリーだけですが」

「ああ、平民なのね。オスカー様の配下でいらっしゃるのね。」

 あからさまな侮蔑の視線だった。カチンときた。

「同僚です」

「オスカー様も、このような所に平民と混じってお仕事なさらなくてもいいものを……貴族には貴族しかできない仕事がお有りになるのに」

 フェリクスが横から口を挟んだ。

「修復師と言う仕事は才能が無ければ貴族でも務まりません。オスカー君は王国屈指の修復師ですよ、お嬢様。彼のお陰で何人もの命が救われているんです」

「平民の命ね」

 ムカッと来た。

「平民も貴族も救ってますよ!大体、命は命です。あなたの命も私の命も同じ命です!」

 カサンドラは目を丸くした。

「あなたとわたくしが同じ命ですって?貴族と平民が?貴族に対する口のききようといい、ここの教育はどうなっているのかしら」

「最高の教育を施してもらっています!」

 私が言うと、フェリクス班長がまた割って入った。

「まあまあ、リリーちゃんは部屋に戻ろうか。お嬢様、一応ここは規則で部外者立ち入り禁止なので、今日のところはお引き取り願えますかねぇ」

「……仕方ないわね。帰ります」

 そう言って、カサンドラは侍女を連れて優雅に出て行った。


「何あれ!腹立つ!」

 私がぷんぷんしていると、フェリクスがボソッと言った。

「あれはリリーちゃんを見に来たね」

「はぁ?!何であのご令嬢が私を見に来るんですか!そんな訳ないじゃないですか!」

「うーん、そんな気がするんだけどねぇ」


 しばらくするとオスカーが戻って来た。

「迷惑かけた。申し訳ない。部外者が無断で入った事、事務長に抗議をして来た。師団長に上げて貰える筈だ」

 珍しく謝って来た。

「婚約者候補のお嬢さんなの?」

「違う。何度も断っている。幼馴染というだけだ」

「その、オスカーはいずれは領地を継ぐの?一人息子なんだよね?」

 オスカーが苦虫を嚙み潰したような顔をした。

「俺は継がない。妹が継ぐだろう」

「妹さんに?」

「ずっと騎士団にいる俺と違って王都の学園で領地経営を勉強しているし、性格も俺よりよっぽど領主向きだ」

「オスカーが継ぐのは無いの?」

 フェリクス班長が口を挟む。

「さっき、独立するとか何とか言ってたけど」

「俺に領主を継がせようとするので、実家の籍から抜けて独立することにしました。今、王城に申請中です」

「あらま、思い切ったねぇ」


 独立かぁ

 お父さんとお母さんから勘当されるとか考えただけで私なら竦み上がるけど。


 そりゃ、私にしたら修復師のお給金は高額で、喉から手が出るほど欲しいし、修復も楽しいからやってるけど、オスカーにとったらお給金だって端た金だろうし、領主のお仕事だって遣り甲斐があるんじゃないかなぁと思う。ご両親が諦められないのも良く分かる。だって、これだけ頭が切れて、リーダーシップもあって。

 それを言うと、隣で聞いていた班長が私の頭をわしゃわしゃと撫でた。

「リリーちゃんは修復師と言う職業を過小評価してるかもなぁ。普通の魔術師より地位は上だし、平民だっていうけど、二十歳になればリリーちゃんも騎士爵を貰えるよ?」


 なぁんですってぇ! 

 という事は二十歳になれば私もお貴族様ですか!


「マジですか」

「マジです。一級修復師だからね。僕も貰ってるし。ていうか、今まで知らなかったの?」

「班長が教えてくれなかったら知る訳無いじゃないですか……本当ですか?担いでない?」

「担いでない。ねぇオスカー君」

 オスカーは頷く。

「俺も騎士爵は既に貰っている」

「騎士爵貰うとお給金上がります?」

 私の期待に満ちた目に班長が苦笑した。

「上がるよ。リリーちゃんにはそれが大事かぁ」

「大事です!」

 当り前じゃないか!貧乏人出身者を舐めるんじゃない。

「という事は、来年にはマルクも騎士爵を貰えるんですか?」それはそれで不思議な気がする。

「あいつにはやりたくない」オスカーがムスと答えた。


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