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リリー 十七歳

神視点です

十七歳プロローグ

「明日は姉ちゃんの誕生日だね」

「そうだな。リリーが修復師になってもう七年か。早いもんだな」

「姉ちゃん、今日帰って来るんだよね?」

「もうそろそろ着く頃じゃないか?戻ろうか」


 リリーの父ゼノンは義足と両脇に抱えた松葉杖で歩き出した。

 最近義足の調子が悪い。つなぎ目部分が痛むのだ。

 今日はペトラ村役場の仕事で少し遠出をしている。十五歳になったリリーの上の弟ニックは父ゼノンの仕事を手伝いながら、父の荷物を持ったり歩行の手助けをしたりしていた。リリーの仕送りのお陰で教会学校の後、上の学校へ進み、今は村役場で見習いをしていた。下の弟テオは教会学校が終われば、町で騎士団予備隊に入隊したいらしい。リリーの妹エミはやっと教会学校に行き始めたところである。


 その時だ。


 ピリピリピリという笛の音が聞こえてきて、二人はハッと顔を見合わせた。

「亀裂か?」

 ゼノンは顔を強張らせた。

 笛の音は後方の森の方から緊迫した音で迫って来る。

 そしてそれと共に唸り声が聞こえてきた。


 まずい。これは魔獣の声だ。亀裂は大きいに違いない。

 ゼノンは自分の足を失った時の事をまざまざと思いだして、ぶるりと震えた。


 笛を吹きながら村人が森の方から全速力で駆けてきた。


「あっちにデカい裂け目だ!魔獣が湧いてる!逃げろ!俺は自警団を呼んでくる!」

 村人はちらとゼノンと松葉杖を見て、一瞬躊躇いを見せた。


「俺に構わず行ってくれ!」

 ゼノンは辺りを見回した。匿ってくれそうなシェルターのある民家は見当たらない。

「くそ、なんで、こんな村の端に来てる日に」

「父さん!肩貸すから走ろう!」

「ニック、お前だけでも先に走れ!」

「嫌だ!」

「もろともに死にたいか!」

「一緒に逃げる!言い合ってる暇はないよ!」


 ニックはゼノンの義足側につき、ゼノンを支えた。ゼノンも松葉杖を反対の手にまとめて持ち、ニックに半身を預け、二人で走り出した。

 何度か転びながらも必死で走るが、唸り声と足音が迫って来る。

 ニックはちらりと後ろを振り向いた。

 その先に見えたのは真っ赤な巨熊だった。そしてその後ろからも何頭もの魔獣が土煙を上げて爆走してくる。


「熊だ」

 ニックは青ざめた。隠れる場所は無いのか、再度周りを見回す。目の前の小高い丘を越えればペトラ村が見渡せるが、あの魔獣のスピードだと例え一人で走ったとしても村までたどり着けそうにない。


 ゼノンが走るのを止めた。そして、立ち止まり松葉杖を構える。

「ニック、お前だけでも走れ。俺が食われている間に村にたどり着けるかもしれん」

 そう言ってニックの背を押した。


 だが、ニックは頭を振った。

「無理だよ」

 そう言って、もう一本の松葉杖を構えた。

「こんな杖で何とかなるとは思えないぞ」

「気持ちの問題だよ」


 魔獣が近づいて来る。

 同時に反対側の丘の向こう、村の方角から馬の蹄の音が聞こえてきた。

「きっと助けだ!」

 ニックが叫ぶが、ゼノンは頭を振る。

「あの足音は単騎だ。単騎で何ができる」


 熊が迫って来た。


 だが後ろからの馬の蹄の音が一気に近づく。


「お父さん!ニック!」

 

 ニックは弾かれた様に振り向いた。


「姉ちゃん!」

 ゼノンも振り返る。

「リリー!馬鹿!危ない!来ちゃいかん!」


 だが、リリーはゼノン達を軽く追い越して、ひらりと馬を降りると、腰の剣をスラリと抜いた。

 そしてその刃は薄く白く光っていた。


 巨熊がリリーに突進した。

「リリー!」


 ゼノンが絶叫した。


 だが、リリーは剣を横にひと薙ぎした。


 巨熊が二つに分かれた。そして転がる。


「え?」


 ニックは何を見ているのか直ぐには理解できなかった。


「リリー!左に魔獣が!」

 ゼノンが叫ぶ。


 リリーは横っ飛びに魔獣の前に動くと、またも剣を一閃させる。

 すると、リリーの前の魔獣と、その奥にいた魔獣3頭ほどが巨熊と同じく体を真っ二つにされて転がった。


「え?」

 ニックは目を丸くした。明らかに剣が届く筈の無い距離にいた魔物が切れたのだ。


 リリーは残りの魔獣の群れに向かって走り出した。

 そして剣を振るう。

 

 まるでプリンをナイフで切っているかの如く、リリーは魔獣を屠っていく。


「父さん!ニック!大丈夫?!」


 ゼノンとニックは辺りを見回す。少なくともこの周りにはもう魔獣の唸り声も足音もしない。

 いや、反対の村側から沢山の蹄の音が聞こえてきた。


「おーい、大丈夫か!」

 村の自警団がそれぞれ馬に乗って槍を手にしている。


 そしてゼノンとニックの所まで来て、皆あんぐりと口を開けた。


 半分に分かれた巨熊や魔獣の数々。目の前で若い娘が、血の付いた剣から血糊を振り払いながら森に目を配っている。恐る恐るその娘に声をかける。

「えと、騎士団……の方?」

「娘のリリーだ」

 横からゼノンが答える。

「ええ?あのリリーちゃん?」

「ああ、修復師をしてるっていう……修復師だよね?騎士じゃなくて?」


 リリーは振り返った。


「父達を連れて帰ってもらえますか?私は奥の亀裂を修復してきます。このままだと、また魔獣が出て来てしまうので」

 自警団員は目を剥いた。

「一人で?無茶な。いつもは町の騎士団が到着するまではシェルターでやり過ごすんだ。今はこの二人を何とか連れ帰ろうとしてやって来ただけで」

「まあ、そんなに質の悪い魔獣達でも無さそうだし、何とかなると思うので」


 そう言ってリリーは指笛で馬を呼ぶとひらりと跨った。

「リリー!無茶は止せ!」ゼノンが叫ぶ。

「大丈夫!」


 リリーはにっこりと笑うと森へ向かって馬を駆けていってしまった。


 自警団員は慌てた。

「一人は無茶だって……お前は親父さんとニックを連れて村へ帰れ。俺は彼女を放っていく訳にはいかないから付いて行く」

 ゼノンは頭を下げた。

「すまん、ヴァルト」


 ヴァルトはもう二騎を伴って森へ駆け出して行った。


 ヴァルトは森への道を進んでく。先の方で魔獣の断末魔の様な気味の悪い叫び声が何度も聞こえる。そしてリリーの馬が乗り捨てられていて、どうやらそこから彼女は森の中に分け入ったらしい。

 ヴァルト達も馬を降りた。

 そして槍を構えながら、リリーの進んだらしき跡を追っていく。


 そこここに息絶えた魔獣が転がっていた。

「す、すげえ」

「この切り口見ろよ。何で切ったらこんなになるんだ?」


 森に怖々入っていくが、魔獣には出くわさない。


 木々の間から白い光が見えた。


 その光めざして進むと、リリーがいた。

 そしてこちらを振り向いた。


「来なくていいのに。危ないよ」


「そ、そういう訳には」


 目の前の亀裂にヴァルト達は目をこれ以上ないくらい見開いた。

 高さは巨熊が立ち上がって通れそうな位である。そして幅もある。こんな大きさのものをいまだかつて見たことは無い。

 その亀裂からにゅっと太い角が出てきた。そして亀裂を押し広げるように緑色にぬたぬた光る巨大な恐竜のようなモノが出て来ようとした。

「うわっ」

 ヴァルトが後ずさる。

 しかし、リリーが剣を一閃させると、ちょうど亀裂からこちら側がぐらりと前に傾き、ドスンと音を立てて落ちた。そして亀裂の向こう側からそれの体液が噴き出しかける。

 その瞬間煌めく布が亀裂を覆い、リリーの剣が撫でるようにその布の上を滑り、布も亀裂も一瞬煌めいて消え失せた。


「いっちょ上がり」


 リリーの声にヴァルト達はますます目を丸く見開いた。

「あれ、裂け目は?」

「どこだ?」

「もう修復したから。さ、帰ろう。もう魔獣もいないみたいよ」

「か、隠れてるかも」

「ううん。もういない。私は向こうの奴らの気配は分かるから、大丈夫」

 ヴァルト達はしばらく言葉が出ない。目の前のこの若い娘が、騎士団何十人掛かりで行っていた仕事を一瞬で片付けてしまったのだ。

「さ、帰ろうか。みんなを安心させなきゃ」


「「「すっげぇぇぇぇぇっ!!!」」」


 とヴァルト達は雄叫びを上げた。

「凄い!凄いよ、君!本当にゼノンの娘?」

「あの小さかったリリーちゃん?」

「ペトラ村から英雄が出たぁ!」


 リリーはコホンと咳ばらいを一つした。

「あー、せっかく付いて来て目撃してくれたんだから、後から来る騎士団の隊長にちゃんと報告してくれると助かるかな」

「勿論!」

「この間、目撃者が居なかった時、出動費取りっぱぐれたんだよねー。まあ、今日は魔獣の残骸もあるから大丈夫だろうけど」


 ヴァルトはぽかんとした。

「あ、ああ、勿論きちんと伝えるとも……」

「あ、それと魔獣の素材、回収手伝ってくれる?結構高値になりそうな魔獣もいたのよ」

「あ、ああ……」

「特に赤い熊!あれの毛皮と魔石は私のだからね!肉は……運んでくれたら皆で食べよう」

 ヴァルト達は目を剥いた。

「た、食べる?」

「滋養強壮に良いって言うよ?」




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