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歓待

 バルツァー伯爵領の中で、私たちは、亀裂に辿り着く前にかなりの魔物を倒した。亀裂に辿り着くと、丸い大穴が空間にぽっかり開いていて、そこから次々に魔物が出て来る。あちらの世界ではこの場所は魔物が多い地域なのだろう。

 亀裂をさっさと塞ぐと魔物の掃討にも参加した。私とマルクが魔物の気配を感じ取って伝えていく。

 二日掛けて魔物は一掃された。この二日間、夜は交替で眠りを取った。ロフスが回復術で疲れを取ってくれるからこそ出来る荒業である。同様にフリーダが芯まで凍った体を瞬時に解凍してくれるのだ。

 魔術師ってすごい。

 私はつくづくそう感じた。

 最後に鳩を飛ばして魔物が残っていないかを確認する。


 掃討が終わった日、バルツァー伯爵が私たちを城に招待してくれた。城の客室を一人一部屋当てがわれて、侍女まで付けてくれている。

 お風呂!ああ、入りたかった!

 風呂で魔物の血やらバリバリになった髪やらをゆっくり洗う。

 生き返る~♪


 風呂から上がるとドレスが置いてあった。

「伯爵が皆様を晩餐にご招待したいと申しております」

 その侍女が私に可愛らしいドレスを着付けてくれた。客人用のドレスだと言う。

 こんなドレス着た事無い。

 鏡の中の自分が自分に見えない。

 髪も結ってくれて、化粧もしてくれた。


 これは、あれだ。マナーが必要になる奴だ。

 私は必死でマナー教本の中身を思い出そうとする。いや、読んだ時にはこんなのいつ使うんだと思ったよ。今でしょ。

 えーと、まず姿勢だ。背筋を伸ばす。

 次に笑顔。

 扇だ。口元を隠す。

 ……ムリ。出来る気がしない……


 私は姿勢と笑顔で乗り切る事にした。

 廊下に出ると魔術師のフリーダも女性らしいドレス姿だった。

「リリーさん、とても可愛いらしいですね」

「私は、服に着られてます……フリーダさんこそ、素敵です」


 侍女に案内されて私はフリーダと一緒に食堂に入る。男どもは既に着席していた。大きな円卓で、伯爵と班長が隣同士に座っていた。班長、年の功なのか、至って普通である。マルクは食卓に突っ伏して半分寝ている。ここまでマイペースなのは、ある意味感心する。皆、騎士服では無く、貴族らしい服装になっている。

 オスカーが一番こういう席に慣れて居る筈、と思って目をやると、何故か私の方を向いて驚いたような表情をしている。う、恥ずかしい。似合わないのは分かっております。中身が全然釣り合ってませんとも。自覚しているからそんなに見ないでください。


 バルツァー伯爵がにこやかに立ち上がって私たちを歓迎してくれた。

 部屋はとても暖かかった。奥に大きな陶製の温風の吹き出し口が見えた。そう言えば部屋にもあれがあった。城の何処かで熱を作って、城中に送っているらしい。

 食事はとても美味しかった。味が分かってホッとした。緊張して何も喉を通らなかったらどうしようかと思っていたのだが、私の口も胃も大変正直者だった。

 話は殆ど班長がする。特務隊の二人やオスカーが時折話に加わる。この三人は出身も貴族である。流石に受け答えが流暢である。発音も奇麗だ。妙に私は感心していた。


「いや、こんな若いお嬢さんが修復師をなさっているとは驚きました」

 伯爵に言われて、内心飛び上がった。何て答えればいいのよ?

 班長が代わりに答えてくれた。

「この子は才能がありましてね。どこまで伸びるか楽しみなんですよ」

 私は目をぱちくりさせた。

 マジですか?班長、そんな風に思ってくれてるの?

 いやいや、話を合わせているだけかも。油断禁物。

 すると特務隊のブルーノが頷く。

「ええ。私の目から見ても、彼女は非常に優れた修復師ですね」

「ほう、特務隊の方から見てもですか。それは凄い」

「戦闘能力も高いですし、何より魔物を感知できる能力が素晴らしいのです」

「ブルーノさん、褒め過ぎです。畏れ多いです」

 お願いです、そこら辺にしておいてください、と私は小さくなるが、伯爵が豪胆に笑った。

「それは素晴らしい。良ければうちの息子の嫁に来ないかね?今王都に勉強に行っているのだが、年の頃も合う」

 班長が苦笑いをした。

「引き抜きはお断りしますよ、うちの大事な戦力ですからねぇ」

 班長、リップサービスにマジに答えなくてもいいのに。


 食事が終わると私たちは応接間に通された。この部屋は暖炉があって、パチパチという音も心地良い。伯爵は「ゆっくりしてくれたまえ」と席を外し、私達だけで寛げる事となった。

 部屋にはメイドがいて、私とマルクは紅茶を淹れてもらい、他のオトナ達には良さげな酒を出していた。


「しかし、リリーちゃん、化けたねぇ」

 班長が私に言う。

「化けたって、何ですか、それ」

「ドレス、可愛いじゃない。良く似合ってるよ」

「嘘です。こんなの似合う訳無いじゃないですか。私、根っからの平民ですよ?」

「似合ってるよねぇ、オスカー君」

 突然話を振られたオスカーは何故か班長を睨みつけてから、私の方を見もせず言った。

「似合っているんじゃないか」

 マジですか?

 む、顔が緩む。

 班長が何故かニコニコと私を見ていた。

「こんなドレス着る機会も無いからねぇ。良かったね」

 ブルーノが口を挟む。

「何なら、うちのパーティに招待しようか。うちはヴェルゲの駐屯地そばにあるし、休みには良く仲間たちとパーティを開いているんだ」

 班長が首を振った。

「修復師に決まった休暇が無いのは知ってるでしょう?」

「三か月に十日間ある筈ですね?班長」

「この子は全部実家に帰るの。親孝行なんだよ、君と違って」


 何だかオスカーの顔がずっと怖い。

 なんで?


 ランベルトが私に話しかけて来た。

「リリーさん、向こうで、ちょっといいかな?」

「はい?」

 隅の二人掛けのテーブルを指さしている。

 何だろう?

 モテ期到来?と思いきや。


「その、君、コルネリアと親しいだろう?彼女、親しい男いるかどうか知ってる?」

 ああ、と私は思い当たった。コルネリアから相談された事があったっけ。

「コルネリアさんですか?」

「オスカー君は同期なだけかな?」

「そうだと思いますけど?」

 コルネリアの相談は、言い寄って来る男が多いと言う悩みだった。女性の比率が極端に低い騎士団だ。その中でも美人なコルネリアは騎士団のアイドルらしい。

 ……確か、コルネリアさんには本命が居た筈。なんて言ってたか……貴族で。

 特務隊のランベルトさん……

 この人じゃん!


 私は思い出すと同時に、口を塞いだ。勝手に言う訳にはいかない。

「私の悩みは聞いてくれますけど、逆は無いです。私、まだ十四歳ですよ?」

 必死ではぐらかす。

「君の感触でいいんだ。希望持っていいと思う?」

 困ったよう。

「本人に聞いてください……」

 ランベルトはフム、と頷いた。

 バレたか?バレてもいいじゃん。さっさとくっつけ!

 ランベルトはにっこり笑うと、立ち上がった。

「ありがとう、少し勇気が出たよ。これ以上君を独占すると怖いからこの辺りにしておくよ」

「は?」

 何が怖い?

 今日は意味不明な会話が多すぎる。


***


 皆が部屋に引き上げる時だった。廊下のオスカーの部屋の前で、フェリクスがオスカーを呼び留めた。

「オスカー君、伯爵を睨みつけちゃ駄目だよ」

 フェリクスがオスカーに囁く。

「何の話ですか」

「息子の嫁に、の時だよ」

「……睨んだつもりは有りませんが」

「それにしてもリリーちゃん、可愛かったねぇ」

「何を言いたいんです?」

「色々頑張りなさいよ」

「だから、何の話ですか。明日も早いんです。寝ます」

 オスカーは憮然として扉を閉じた。



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