剣が光る
「修復一班緊急集合!」
私が練兵場で剣の訓練をしていた時だった。練兵場入り口で事務官が大声で叫ぶのが聞こえた。
「ハイ!一班リリー、了解です!」
手を上げて叫んで、相手の騎士に一礼してからダッシュする。
緊急呼び出しの笛は鳴っていないので、恐らくどこかの領への出張だろう。そこの領軍が魔物相手に踏ん張っており、修復師に出動要請が掛かる。こういうケースも偶にある。
亀裂の発生個所は結構固まっており、私達のいる西駐屯地は発生頻度が国で一番高い所に置かれている。ここは国の直轄地で、領主は居ない。私の出身のペトラ村も直轄地の一番端にある。
けれどもそれ以外の場所でも亀裂が発生することがある。
その場合は領軍が魔物を抑え、時間を稼ぎ、修復師の出動を要請するのだ。
私が修復棟に駆け込むと、ホールの事務官が手早く詳細を教えてくれる。
「リリーさん、今回は北方バルツァー領です。馬で三日掛かります。雪が降るかもしれません。亀裂はやや大きめの丸型で、一班全員の要請となりました」
「了解です!」
私は自分の部屋に飛び込んだ。
ひとまとめにしてある宿営備品を掴み、携帯食料を三日分詰め込む。手慣れたものである。
「雪か」
騎士服を冬用に手早く着替え、クローゼットから防寒具を取り出す。準備を整えると居間に出る。
班長が同様に準備を終えて出て来ていた。
オスカーはいつものようにマルクの部屋からマルクを引きずりながら出て来る。
修復師棟の外に出ると馬が準備されていた。馬も冬仕様の馬着を着せられ、いつもの疲れ止め術具も装着されている。厩務員が私の荷物を馬に括り付けてくれた。
「バルツァー領か。遠いけど頑張って走ろうねぇ」
班長が馬をぽんぽんと叩く。
今回一緒に行くのは修復一班といつもの回復術師ロフス、魔術師の女性でフリーダ、護衛として特務隊から二人だけ来てくれていて、総勢八名である。
全員の準備が整うと、特務隊のブルーノが先頭に立って駆け出す。一班とロフスが続き、殿は特務隊ランベルトが務めてくれている。
マルクはまだ眠いらしく、自分の術具のリボンで馬に自分を括り付けて、半分寝ながら馬を駆けている。本当に器用だと思う。全然尊敬できないけど。
馬の食む草が多そうなところで食事や休憩を取りつつ走り続ける。水や火は魔術師のフリーダが都度、出してくれる。水を運ばなくていいのは助かる。睡眠時間も最低限しか取らないが、ロフスが適宜疲れを取ってくれる。流石に4年も修復師をしていると行軍にも慣れてきた。
何より大変なのは馬だと思う。
疲れ止め術具も付けて貰ってはいるが、それが無ければもたないだろう程、走らされる。
我々を待っている人がいるのだ。
到着が遅れれば、被害が増える。
亀裂のサイズにより、二人で出向くこともあるし、三人の事もある。今回のように班全員の事もある。単独行動は無い。万一そのひとりが魔物にやられた時の事を考えてだ。
北に行くにつれ寒さが厳しくなってきた。フリーダが時々魔術で体を芯から温めてくれるので、凍えないで済んでいる。
バルツァー領に入ると、街道にバルツァー領軍の兵士が待ち構えていた。
「西駐屯地の修復師一班です」
班長が名乗ると兵士の顔が緩んだ。
「こんなに早く到着とは思ってもみませんでした。有難いです。もう何人も兵士も領民も被害が出ています。よろしくお願いします。亀裂の場所ですが」
班長は兵士の言葉を聞く前に私の顔を見た。
「リリーちゃん、分かる?」
「方向と距離は分かります。でも道は分からないので、案内いただけると助かります」
バルツァー領に近づいた頃から背筋がゾクゾクしっぱなしである。
オスカーが私に尋ねる。
「魔物の位置も分かるか?」
「……近くにはいないみたいだけど、向こうの方にはかなり居る」
「近づいたら教えてくれ」
「……頑張る。マルクもお願い」
マルクは欠伸を一つした。
「……分かるかなぁ……」
バルツァー領の兵士に連れられて街道を走る。嫌な気配がどんどん近づいて来る。
その時だった。
魔物の気配だ、これ!
「魔物います!右前方!」
私が叫ぶと、特務隊のブルーノとオスカーが馬上で剣を抜いた。先頭を駆けるバルツァー兵士も槍を構える。
右から何かの影が襲い掛かって来た。
ブルーノが一撃で屠る。
次の魔物の気配!
「左後方!二匹!」
ランベルトが馬から飛び降りて左の藪から飛び出してきた異形のモノを切り捨てた。
マルクがリボンでもう一匹を吊り上げる。それをランベルトが再び屠った。
流石特務隊である。精鋭中の精鋭。
ランベルトが再び馬に乗ると、また亀裂に向かって駆け出す。
また魔物の気配がする。多い!
「前方に多数の魔物の気配有ります!」
オスカーが叫んだ。
「全員馬から降りろ!馬はリリーの結界で保護だ!」
私の結界布の出番である。殆ど術布と同じなので広く展開して、馬とフリーダとロフスをすっぽりと覆った。周囲を地面に接着する。一か所残して中から出られるようにしておく。
ロフスとフリーダは戦闘要員ではないので馬と一緒に保護だ。
先頭のブルーノが叫んだ。
「来たぞ!」
猪くらいのサイズの魔物が黒い瘴気を撒き散らしながら何頭も突進して来た。ブルーノが次々に剣を振るって倒していくが、魔物の数が多過ぎた。
ブルーノの脇から何頭も私たちの方へ向かってくる。
ランベルトが飛び出し、剣を振るう。
二人で屍の山を築いているのに、さらに両脇から魔獣が抜けて来た。
左側は班長がそれを切っていく。
右側はオスカーだった。
あれ?オスカーの剣が白く光っている。
まるで修復の時の様だ。
いや、違う。
修復の時は白い炎が剣に纏っているが、今は炎では無くうっすら白く発光しているのだ。
目を凝らして見ていると、オスカーがその剣を一閃させると、魔物が真っ二つに切れた。
切れ方がおかしい。
骨に当たったような音がしない。
ブルーノやランベルトの剣が魔物を屠る音と明らかに異なっている。ブルーノ達の剣は骨に当たる音や折れる音、皮を切り裂く音、肉を絶つ音などが聞き分けられるが、オスカーの剣には音が無い。
次の魔物を屠るオスカーの剣を必死で見つめる。
魔物がさっくり真っ二つになる。
まるでプリンを切っているようだ。
オスカーの筋肉の動きも大して力を込めている風には到底見えない。
修復の力を剣に乗せている?
そう言えば、結界布の説明を聞いた時、修復と言うのは空間を扱う力だと言ってたっけ。
剣に空間を扱う力を載せる……
考えてると、私の手の剣も白く発光し始めた。
およ?
出来たじゃん。
丁度いいタイミングで魔物が私の前にやって来たので、剣を一閃させた。
魔物が真っ二つになった。
抵抗も何もない。
へえー
これは楽。力が要らない。
次の魔物も同様に屠る。
簡単だ。
気づけば、魔物の屍を大量生産していた。
辺りから魔物の気配が消えた。
「ちょっと、リリーちゃん。凄いじゃない」
班長に言われるまで、私は呆然と自分の剣を見つめていた。
オスカーが目を見開いて私の剣を見ている。
「リリー、それ」
「その、オスカーの真似してみたら出来ちゃった」
オスカーがその場にへたり込むように座り込んだ。
「はあぁぁ、俺がこれの習得にどれだけ掛かったと思ってるんだ……」
班長がオスカーの肩を慰めるようにぽんぽんと叩いた。
ブルーノが目を見開いている。
「その剣は何だ?オスカーのも凄まじかったが」
私は目を泳がせた。
「……何でしょう?」
真似しただけで、良く分かっていません、はい。
オスカーがため息をついた。
「空間切りだ。対象物を空間ごと切るので、抵抗は一切無い」
ランベルトが目を瞠る。
「書物で読んだ事があります。最強の剣だそうですね。修復師の一握りが使える剣だとも」
「俺も書物で読んで、練習を重ねて、やっと制御出来るようになったところだったんだが……」
班長がオスカーを慰める。
「多分、オスカー君は術具も剣だから、二通りの制御が必要なんだねぇ。その分難しいんだね」
そう言ってから私を見た。
「リリーちゃんは色々と規格外だから」
人を人外の様に言わないでほしい、と心から思った。




