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食堂

 食堂は中央棟に地下ある。巨大で、騎士団、魔術師団、修復師、事務官や医官から洗濯、掃除人に至るまで皆がここで朝、昼、晩と食べるのである。

 私は昼食がセットされたトレイを選ぶと席を探した。まだ混んでいない食堂で空いた席を見つけて座る。騎士団が入って来る直前に食堂に来るのがコツだ。

 座って食べ始めると、トレイを取ったオスカーの姿が見えた。

「オスカー」

 目を合わせて手を挙げた。一班は大体固まって食べる事が多かったのだ。

 だが、オスカーは目を逸らして別の席に座った。

「へ?」

 何でだろう?と思う間もなく、騎士団が訓練を終えたらしく大挙して入って来た。

「リリーちゃん、横空いてる?」

 コルネリアがやって来た。私は隣の椅子を引いてあげる。

「今日はオスカーいないの?」

「あ、はい……あそこで食べてるみたいです」

「どしたのよ。喧嘩でもしたの?」

「喧嘩した覚えは無いんですけど……」

 見ると、オスカーの隣に女性騎士がやって来て、隣に座ったようだ。

 コルネリアが目を見開いた。

「わ、目ざとい。リリーちゃんがいないと分かるとすぐに行くか」

「何ですか?」

「オスカーの隣に座ったの、オスカー狙いの筆頭よ」

「オスカー狙い?」

 私が目を丸くすると、コルネリアが眉を顰めた。

「何、リリーちゃん分かってないの?オスカー狙いの女性騎士や魔術師がどれだけいるか知らない?」

「……知りません」

「ずっとリリーちゃんが隣にいるから近寄れなかった連中がいっぱいいるのよ」

 私はオスカーの防波堤か?

 私が憮然として黙っていると、コルネリアが畳みかける。

「一級修復師で、伯爵令息で、それだけで玉の輿狙いを集めるのに、加えてあの美形っぷりでしょう?」

「マジですか?」

 モテるだろうとは思っていたけれど、そこまで?

「それであんな嫌がらせが来たのかぁ」

「何それ」


 私はコルネリアに手紙の一件を話した。


「黒魔術……そこまで思いつめる娘がいたのねぇ」

「私、オスカーとはただの班の仲間なのに」

「そう見えないからね」

 私はため息をついた。

「オスカーにはきっと私、妹みたいに思われてます。手のかかる妹」

「実際はどうだか分からないけど、周りから見たら一級修復師のリリーちゃんはオスカーに釣り合って見えるのよ」

「ただの平民なのにですか?」

「自分を卑下しない。それだけ一級修復師という存在が凄いのよ。いい加減自覚しなさい」

「無理です……私のどこが凄いんだか。毎日怒鳴られ駄目出しされてるんですよ?」


 その時だった。


 ピリピリピリ!


 緊急招集の笛が食堂の喧騒に甲高く割り込んだ。

 全員が入り口を見る。事務官が駆け込んできた。


「ゲルプ集落にて亀裂発生!騎士は特務隊、第一隊、第二隊、魔術師第一組は速やかに正門集合!騎士第三隊は修復師の護衛!修復師は一班を要請中!」


 食堂が一気に慌ただしくなった。食事をそのままにして立ち上がり駆け出す者、残りの飯を掻き込み、むせながら立ち上がる者もいる。

「飯時は止めて欲しいよな」

「仕方ない」

「特務隊が出るとなるとかなりの規模の亀裂か」

「だろうよ。修復師も一班が出るみたいじゃないか」


 コルネリアもすぐさま立ち上がった。コルネリアは騎士団第二隊である。

「じゃ、現地で」

「武運を」私が決まり文句を言う。

「武運を」コルネリアが返す。

 私もトレイをそのままに立ち上がる。向こうでオスカーが食堂を出て行くのが見えた。


 私は修復師棟のホールへ駆け込んだ。一班の出動が告げられると、自室へ取って返し、荷物を引っ掴んで駆け出す。玄関を飛び出して愛馬メリー号に駆け寄る。

 オスカーはマルクを引きずって来た。

 班長が私に「ご飯食べられた?」と尋ねてきた。

「八割ほどは」

「僕は喰いっぱぐれたよぉ」

「じゃ、携帯食ですか?」

「仕方ないねぇ。携帯食の味の改善を要求したいよねぇ」

 班長は肩をすくめると馬にひらりと跨った。


 馬で三時間ほど駆けたところに騎士団は展開していた。特務隊が出張るだけあり、魔物が大きく、多い。

 幸い、亀裂の場所は視認できた。大きな亀裂なので、私の背筋はゾクゾクしっぱなしである。

 特務隊のアンゼルム隊長がこちらへ近づいて来た。

「魔物はどれ位、狩れましたかね」とフェリクス班長が尋ねる。

 アンゼルムは難しい顔をした。

「ゲルプ集落にいた魔物は狩り終わりましたが、周辺にどれくらい散っているのかが不明ですね」

「一番近くの集落までかなりの距離があるので、ここに留まっていてくれればいいのですがね」

 そう言ったのは、魔術師隊の隊長である。

「亀裂を塞いでいただいてからの掃討作戦となりますね」

 アンゼルム特務隊長の言葉に、フェリクス班長は頷いて、振り向く。

「亀裂を閉じてしまおう。オスカー君、指示出して」

 班長は今日もオスカーに丸投げである。結局一班の実働はオスカーとマルクと私なのだ。

「リリー、マルク、行くぞ」オスカーが鋭い眼差しで亀裂を睨む。

「はい!」

「……」

 マルクがオスカーに引きずられているのも日常である。

 私たちに付いて、騎士第三隊が護衛として周りを警戒してくれる。回復術師はロフスという男性が一緒だ。


「……うへぇ。デカい亀裂だなぁ……」


 マルクが呟いたように、横に酷く広い亀裂だった。

 大人三、四人が手を広げて繋げたような幅で、中央部分がかなり上下に押し広げられていた。その亀裂を通して向こう側の鬱蒼とした森が見える。魔物は途切れているようだ。たまに出てくる魔物を片っ端から騎士団が屠っていくので、魔物たちが向こう側で警戒しているのかもしれない。

「よし、行くぞ」

 オスカーの掛け声に私は走り出した。

 広い亀裂は私の出番である。亀裂の右端に駆け寄ると、術布を大きく左へ向かって展開する。

 亀裂の左側にはオスカーが走り、私の術布を掴んで左端を留める。その間、隙間から這い出て来た魔物を護衛の騎士隊が次々と屠っていく。

 マルクがオスカーとほぼ同時に術布の上数カ所に術矢を射掛け、中央上部と下部を留める。最後にオスカーが炎を纏わせた剣を術布の上から這わせていき、全ての固定が完了した瞬間に白く術布が煌めいて亀裂が跡形もなく消え失せた。

 護衛騎士から拍手が湧いた。

「いつ見ても一班の修復は凄いっすね!」

 回復術師のロフスも感心していた。

 いつだって褒められるのは嬉しい。でも褒められるより、大きな亀裂を跡形も無く消せた瞬間の嬉しさは私には格別だ。これがあるから多少の危険でも飛び込もうという気になるのだ。

 うん、私、やっぱりこの仕事好きだと思う。


 第三隊のカルステン隊長が檄を飛ばした。

「魔物の掃討は終わっていない。気を緩めるな!修復師に傷一つ付けるな!」

「「「「「おおーーーーっ!」」」」」

 

 私たちは魔物の掃討には参加しない。修復が終われば引き上げである。第三隊に護衛されながらゲルプ集落を後にする事になった。


 だが、私はその時、全身に何とも言えない気持ち悪さを感じていた。

 亀裂を感じるのとはまた違った気持ち悪さである。


 このまま帰って本当に良いのだろうか?


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