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脅迫状

 修復師棟の入り口にメールボックスがある。ずらりと並んだ扉の「一班・リリー」と書かれた扉が私用のメールボックスだ。

 出動から帰った日、いつものようにメールボックスを開けた。中に何通か入っていた。家族からの手紙があったのでつい顔がほころぶ。

 服屋からの案内も届いていた。殆ど行かないのに律儀に案内をくれる。毎回、可愛いカードを付けてくれるので、家族にプレゼントを贈る時に使うのに重宝している。

 部屋に向かって歩きながら他の郵便物をチェックすると、差出人の名前が書かれていない封書があった。

 封書を再度確かめるが、やはりどこにも差出人が無い。


 誰だろ?


 自室に戻ると、まず家族からの手紙を読む。ほっこりして、すぐに返事を書く。ニックが勉強を頑張っているらしいのが嬉しい。畑は手放してしまったから、ニックはペトラ村役場で働きたいようだ。うん、頑張れ。テオは私の騎士服が憧れらしく、騎士になりたいらしい。騎士か…… 兵士なら絶対なれるけど、騎士となると平民には乗り越えなければならない壁がいくつもある。騎士団予備隊へはどうやったら入れるか調べておこう。取り敢えず、騎士にも勉強は必要だと書いておく。騎士になりたいのを勉強をサボる口実にされてはたまらない。

 服屋の案内はカードだけ取って後はゴミにする。ごめんなさい。

 最後に差出人の書かれていない封筒を手に取った。

 誰か自分の名前を書き忘れた?

 そう思いながら封を切る。


 ギョッとした。


 中から悪魔信仰のシンボルマークとその後ろに描かれた魔法陣の模様。


 ボワン、と黒い煙が立ち始めた。


「うわあっ」

 叫びながら術布を出してその上に被せた。手近な布がそれしか思いつかなかったのだ。そして術布を机に固定した。白く光る術布は黒い煙を全て閉じ込めたが、家族の手紙もその中である。

 個室の扉がノックされた。

「どしたの、リリーちゃん」

 フェリクス班長の声がした。

「はんちょおぉ」

「開けるよ」

 フェリクスが入って来る。

 机の上に術布を展開しているのを不思議そうに見る。

「ここに亀裂が出来た……訳ではなさそうだね。何を閉じ込めたの?」

「手紙です。変な手紙で差出人が書かれてなくて、開けたら魔法陣が入っていて、起動したみたいで……」

 班長の顔が険しくなった。

「どんな魔法陣だったか覚えてる?」

「無理です。すぐに黒い煙が立って」

 班長は机の下を確認した。

「燃えてる訳では無いようだねぇ……魔術師案件だなぁ。このまま固定しておいてくれる?呼んで来るよ」


 班長が戻ってくるまで私はベッドに腰かけて机を注視しつづけていた。

 白い術布はずっと煌めいている。

 私は涙が出て来た。

 封書の表書きにはハッキリ私の名前が書かれていた。私宛の郵便物で間違いないのだ。どうしてこんなものが私に届く?誰かに恨まれた?心当たりは全く無い。


 しばらくすると、班長が魔術師を連れて部屋に入って来た。

 魔術師は私に色々と尋ねるので、見たままを答える。

「悪魔らしき絵と魔法陣ですね。白魔術を当ててみますのでこの結界布を消してもらえますか?」

「えと、結界布?」

「この白い布は結界布でしょう?」

「修復用の術布なんですけど、それしか手近になくて」

「立派な結界ですよ。消せますか?」

「あ、はい。消します」

 私は術布を消した。

 同時に中から黒い煙が噴き出すが、魔術師の手が白く光って煙は消え失せた。


 魔術師がホッと息を吐いた。

「白魔術で消えたので呪い系統の魔法陣だったのでしょう。魔法陣自体は発動して消えてしまったようですね」

 悪魔らしき顔だけが紙に残っていた。

 フェリクス班長が難しい顔をした。

「リリーちゃん、心当たり無いよねぇ」

「ハイ、全く」

 

 魔術師は封筒と悪魔の絵が描かれたカードと机に置かれていた他の封筒を手に取った。

「こちらの封書も汚染されていそうです」

「それは家族からの手紙なんです……」

 私は泣きそうな顔になっていたらしい。魔術師は除染を試みると言ってくれた。

 読んだ後でまだ良かったと思うが、悔しくてまた目が赤くなった。

 フェリクス班長が私の頭を優しく撫でてくれた。


***


 数日経って、フェリクス班長に手紙の件で呼ばれた。何故かオスカーも呼ばれている。

「まず、リリーちゃん。残念ながらご家族の手紙は除染しきれなかったらしい。焼却処分してもいいかと尋ねられてるんだ」

 私はガックリ肩を落とした。

「……はい、仕方ないです。先に読んでいて良かったです……」

「例の手紙の方だけど、差し出し主を突き止められたらしいよ」

 私は目を丸くした。

「ど、どうやって?」

「色々魔術師団には手があるんだよ。凄いよねぇ」

「で、誰だったんですか」

 オスカーが尋ねた。あの日、一班の部屋で手紙の件をオスカーにもマルクにも愚痴っていたのだ。なのでオスカーも事情を知っている。

「手紙を実際に制作したのは黒魔術の呪術業者で」

 私は目を剥いた。

「何ですか、それ。呪術業者って」

「いるんだよ、ヴェルゲの街には、そういうモグリの違法業者が」と班長が答えてくれる。

「業者という事は依頼主がいる訳ですね」

「そう言う事。で、依頼主なんだけど、これがねぇ」

 フェリクス班長がオスカーをちらと見る。

 オスカーの顔に怒気が浮かんだ。

「……俺に付きまとってる奴ですか」

「そうらしいねぇ」

 私は何の話かさっぱり分からなくなった。

「え?どうしてオスカーに付きまとってる人が私に呪いの手紙を?」

 フェリクス班長がため息をついた。

「オスカー君、モテるからねぇ。リリーちゃんがオスカー君の彼女に見えたんじゃない?」

 私はやっと分かった。付きまとってるのって女の人なんだ。

 オスカーを見ると、苦虫を嚙み潰したような顔をしている。だが、私の方を向いて、頭を下げた。

「リリー、済まなかった。迷惑をかけた」

「や、オスカーのせいじゃないし、お願いだから頭上げて?」

 慌てて私はブンブン首も手も振った。やっとオスカーが頭を上げた。その表情が何とも申し訳そうな顔をしていた。

 フェリクスが話を続ける。

「取り敢えずその女性は拘束されたよ」

「厳しく処罰してください」オスカーが言う。

「そうだねぇ。国の一級修復師を害そうとしたんだから、かなり厳しく処罰されるだろうね」

 私の頭に浮かんだ疑問符が分かったらしく、班長が苦笑した。

「僕達は法で厳重に保護されているんだよ、リリーちゃん」

 ……普段の扱いはとても保護されているとは思えないんだけど。

「本当ですか?いつ呼び出されるか分からないからずっとこの駐屯地から出られないし、騎士は交代制なのに私たちは休みもめったに無いし、魔物が出たら最前線に出るし。保護されてると言われても実感湧きませんけど」

 フェリクスが苦笑いした。

「そうだねぇ。でもその分、騎士の何倍もお給金が出てるねぇ。それに騎士達に今回のような手紙が届いても魔術師団は多分動いてくれないしねぇ。燃やしとけ、で終わるね、多分」

 オスカーが頷く。

「出動の時も修復師達には近くに必ず回復術師もいるだろう?騎士団だと全体で一人同行するだけだから、やっかむ連中もいる」

「最前線で魔物を倒すのは騎士団だから、その不満も分かるんだけどねぇ」

「回復術師も希少なんですよね?」

 私の疑問に班長が頷いた。

「修復師よりは、うんと多いけどねぇ」

 私は自分の手を見つめる。

 この手が紡ぎ出す白い術布。これが希少で何を置いても守るべきと言われてもまだ実感が湧かない。

 そんなに難しいのかなぁ

 なんで私出来るんだろう?

「あの時魔術師の方が、私の出した術布の事、結界布って仰ったんですけど、どういう事でしょうか」

 私はフェリクスに尋ねてみた。だが、返事はオスカーからだった。

「俺たちの修復の力は結局、空間を操る力が元になっているんだ。修復にも使えるし、結界にも使える。リリーの布は結界に使いやすい形状をしている訳だ」

「へえぇ」

 私は目を丸くした。

「結界に使うとどうなるの?」

「攻撃を通さないとか……リリーのイメージ次第な部分もあるとは思うが。使えるに越したことは無いから練習しておけ」


 しまった、また課題増やされた。

 

「オスカー君は本当に研究熱心だねぇ」

「俺にはそれしか取り柄は無いですからね」

 

 私の目には万能に見えるオスカーなのに、本人はそう思っていないらしいのを初めて知った。


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