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休暇

 三か月ほど経って、一班に十日間の休暇が与えられた。

 里帰りできると私はウキウキしていたが、そうでもない人もいた。

 マルクがぶつぶつ言っている。

「家に帰りたくない……どうせ家でもずっと術の練習させられるんだ……」

 マルクは修復師の家系らしい。父親も祖父も修復師らしく、小さな頃から厳しく教え込まれたらしい。術具を出せるのは英才教育のたまものとか。

 だがそのせいか、言われないとやらないマルクが育ってしまったようだ。


 フェリクス班長はにこにこの笑顔である。

「久しぶりに娘と会えるよぉ」

「え、班長、結婚されてるんですか!」

「えぇ、独身に見える?愛する妻と娘がいるよ」

 聞けば馬で1日掛かる村に住んでいるそうで、三か月に十日の休暇の時にしか会いに行けないそうなのだ。いつ呼び出しがかかっても良いように待機を強いられる修復師ならではの悩みである。

「この町に引っ越すとかは考えられなかったのですか?この町なら出動後の休養日の度に帰れるのに」

「妻の両親が年老いていてね。地元を離れられないんだよ」

「娘さん、おいくつですか?」

「リリーちゃんと同じくらいだね」

 後ろからオスカーが口をはさむ。

「そろそろお父さんを嫌いになる年頃ですかね」

「オスカー君……君、刺さる言葉をよく知ってるねぇ……」

 がっくり項垂れる班長に、私はお父さん好きですよと言って慰めた。


 オスカーはと言うと、何故か騎士の礼装に身を包んでいる。そうだった、この人は美形なんだったと再確認させられた。

「ご実家に帰られるんですよね?」

「そうだ。いつもの騎士服では叱られるからな」

「何故ですか?」

 私なら騎士服で帰ったら、叱られるどころか、家族が村中に自慢して見せびらかされる未来が見えるのだが。

「礼を欠くそうだ。かと言って、他の服では馬に乗りにくい」

 後ろからフェリクス班長が教えてくれた。

「オスカー君、ご実家お貴族様だから。」

 私の目は点になった。

「えええええええぇぇぇぇ」

「煩い」

「知らなかった、あ、いや、存じ上げませんでした」

 オスカーは私を睨みつけた。

「敬語は要らん。いつも通りでいい。修復師同士に身分の上下は無い」

「貴族のご令息がなぜ修復師に……」

「修復の力のあるものがその仕事を選んだ時、何人もそれを妨げてはならない」

「え?」

「そのように法律で決まっている。父は反対したが、押し切った」

「うん、実にオスカー君らしいねー」

 フェリクス班長は相変わらずニコニコしている。


 私は見世物になる覚悟で普段の騎士服に身を包み、愛馬メリーに乗ってペトラ村へ出発した。家に入れる給金は万一にも盗られたり、落としたりしないように体に巻き付けている。

 

 ペトラ村に帰ると、皆から歓迎された。家に入ると、赤ん坊の泣き声がした。父が松葉杖をついて出迎えてくれた。

「リリー、お帰り」

「リリーおねえちゃん!おかえりなさい!」

 奥の部屋から母が出てきて私を抱きしめてくれた。

「お帰り、リリー。寂しくなかった?妹の顔を見てちょうだい。エミって言うのよ」

 

 一月前に産まれた妹のエミはとても小さく、顔を近づけると思わず可愛らしさに笑顔になってしまう。すると、私の笑顔を見たのか赤ん坊もにっこりしてくれた。

 う、かわいい、テオも可愛かったけど、エミ超カワイイ~

 小さな手に指をのせるとぎゅっと掴んでくれた。


 父から改めてお礼を言われた。

「リリー、お前のお陰で、我が家は何とか暮らせている。本当にありがとう」

 私は頭を振った。

「ううん、あっちでは勉強も教えてもらえるし、乗馬や剣術も教えて貰えるの。私の部屋もあるんだよ!」

 そう言いながら、上着を脱いで、体に巻き付けていた貨幣をじゃらじゃらとテーブルに乗せた。

 父が目を丸くした。

「こんなに稼いだのか?」

「うん、二月分」

「お前の分は?向こうでも必要だろう?」

「それはちゃんと置いてあるから大丈夫」

「これだけあれば、みんなを学校にやれる……リリー、すまん」

「やだ、すまん、じゃなくて、ありがとうって言ってよ」

「……ありがとう。本当に孝行娘だよ、お前は」

「どうなの?仕事は危なくない?」

 母はやはり心配の様だ。

「大丈夫。騎士の人たちがいるし、修復師の仲間にも守ってもらってる」

「お給金、随分いただいているみたいだけど、あなた本当に役に立ってるの?」

「失礼な。ちゃんと役に立ってるよ。この間も大きな亀裂修復したんだよ。それよりお父さん、足はどう?」


 父の左膝の下の木の棒の義足が痛々しい。

「この足にも大分慣れたよ。畑仕事は無理だが、今はペトラ村役場で仕事を習っている途中なんだ」


 自宅で弟たちに囲まれて寝るのも久しぶりである。

 何度も蹴られて目が覚めたが、何故か幸せに感じた。


 翌日は弟たちと薬草摘みに出かけた。

「おねえちゃんといっしょにいくの、ひさしぶり!」

 上の弟のニックが嬉しそうだ。

「うん、そうだね……」

 私は小さな次元の裂け目が何カ所か開いているのを感じていた。三か月の間に随分増えている。前より感覚が鋭くなったんだろう。さほど大きな亀裂は無いらしいのが救いだ。


「どうしたの、おねえちゃん」

「この先に小さな穴があるから、塞いでおくね」

 畑の中にひとつ、森の際にひとつ、池のほとりにひとつ、それぞれを塞ぐ。

 ついて来ているニックがまたやりたがったので、教えてみたが、やはり出来ないようだった。

「さいきん、へんなむしがふえたっておばちゃんたちがいってた」

 私がペトラ村にいたころはちょくちょく塞いでいたから、私がやらなくなったせいに違いない。まあ、知識が増えた今なら、これ位の亀裂はそうそう大きくならない事も知っている。


 そう言えば、私が小さな頃フェリクス班長が亀裂を塞ぎに来てくれたが、今思うとあんな小さな亀裂に一班の班長が来るなんて、よっぽどみんなが出払っていたんだろうか?

 だが、そのお陰で私は才能を見出してもらって今この仕事に就けている訳だが。

 まあ、深く考えても仕方がない。また今度班長に尋ねてみようと思った。


 いくつもの穴を塞いだ後は、家族とゆっくり過ごし、十日間の休暇を満喫して町の騎士団駐屯地に戻った。


***


 帰ってみると、フェリクス班長がちょっと暗い。

「班長、娘さんに嫌われたんですか?」

「一緒にお風呂に入ってくれなくなった……」

 今まで一緒に入っていたのか、と目が点になった。


 オスカーはオスカーでため息をついている。

「先輩、どうされたんですか?」

「両親が、幼馴染と婚約しろと煩い」

 婚約。

 えええ、婚約?

「先輩、十五歳とか言ってませんでしたか?」

「そうだ」

「もう婚約者が必要なんですか?」

「貴族にはよくある事だ」

 どうしてだか分からないが、もやもやとする。

 

「それで、婚約したんですか?」

「断った。だが、どうせ次帰省してもまたやって来るだろうが」


 あれれ?なぜ私はホッとしているんだろう?

 


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