30 想いを告げるって大変です
「それは……」
「それは?」
カイは目を逸らさず、答えを促す。
目を逸らしてしまいたいけれど、カイの強い視線がそれを許してくれない。
「それは…………」
ごくり、と息を呑む。ひたすら真っ直ぐなカイの目が、わたしを追い詰めるかのようだ。
なぜカイを恋人役に頼んだのかなんて。カイのことが好きだからに決まっている。
決まっているけれど……彼にその想いを伝えたことは無かった。
この四年間、カイを見つめてきたけれど、ゲームの中の彼のような態度や視線を感じることは一度もなかった。ゲームよりも、彼に近づいたし、親しくも慣れた。だけど、彼に恋してもらうことはできなかった。
彼が、わたしの想いに応えることはない。そう知っていたら、敢えて想いを伝えようなんて思うわけがないじゃない。
もし伝えたとしても、この気持ちを否定されたら? 嫌悪されたら? 相手が離れて行ってしまったら?
彼が王城で仕えている限り、嫌悪されたところで離れていくことはないのかもしれない。けれど、今まで通り接することは不可能だろう。
けれど、想いを伝えなかった今、カイはわたしから離れて行こうとしている。
亜蓮様が婚約者候補から外れたら、他の候補者が現れるのだろう。そして、その相手が問題ないようならば、きっとカイは身を引いてしまう。わたしの前から消えてしまう。
だって、亜蓮様との婚約が成立しないために、恋人役を引き受けてくれたんだもの。
結局、どちらにしてもカイはいなくなってしまう。
だから、亜蓮様の提案を呑んだばかりだというのに、今の状況です。
適当な言い訳を考えて誤魔化すこともできるけれど、真摯なカイの様子を目の当たりにしたら、とてもじゃないけれどできそうにない。
だったら、今。この想いを伝えてもいいんじゃないかしら。
亜蓮様から「良い女は自分から想いを告げたりせず、相手に言わせるように仕向けるのです」と言われたけれど無理。わたしは全然良い女じゃないし、思ってくれていない相手にどう言わせるっていうの?
このカイへの想いを告白する。
そう心に決めた途端、心臓が大きな音を立てる。
「わ、わたし……」
わたしは、カイのことが好き。
あなたが、わたしを想ってくれなくても。
「わたしは……あの………」
たった一言。たった一言だけ。文字数で言えば2文字だけ。
なのに、その2文字が、好き、という言葉がなかなか発せられない。
「うう…………」
その2文字を伝える勇気がいかほどのものか。今考えると、ヒロインに好きだの愛しているだの、さんざん伝えていた攻略相手、すご過ぎる!
赤面したまま口籠るわたしに、カイは容赦しない。真っ直ぐな眼差しで、ずっと無言のままわたしの答えを待っている。
「あの……もう、何となく、気付いていない……?」
察しが良いカイなら、わたしが何を言いたいのかわかっているはず。なのに。
「さっぱりわかりません」
「さっぱり……?」
わたしは茫然としてしまう。そんなはずはない。絶対にわざとだ。わざとだわ。
「カイの、馬鹿! 鈍感!」
投げつけるように告げた後、勢いよく抱き付いた。 心臓がものすごい音を立てている。口から心臓が飛び出しそうというのは、こんな感覚を言うのだろう。でも、わたしの口から飛び出したのは、心臓ではなかった。
「……好き、だから」
あれだけ頑張っても出てこなかった言葉が、ころりと転がり落ちた。
言ってしまった。言ってしまった……!
けれどカイからの反応がない。もしかしたら、声が小さすぎて聞こえなかったのかもしれない。
すると、耳元で苦し気な声で告げられた。
「……苦しいです」
カイからの抗議の声に、血の気が一気に引いてしまった。
「ご、ごめんなさい……」
首元に回した腕を、慌ててほどく。恥ずかしさとと後悔が込み上げて、慌てて腕を解いて身体を離す。
恥ずかしいのと怖いので、彼の顔が直視できない。後はどうやって、彼の膝から降りようかと思案していると、ふわりと温かいものが頭の後ろを覆う。カイの大きな手だった。
「カイ?」
そのまま頭を引き寄せられ、今度はカイの腕の中に納まってしまった。胸を内側から叩くような心臓の鼓動が伝わってくる。
これは、わたしのではなくて、カイの?
わたしの心音と負けず劣らず、彼の鼓動も早鐘のようだった。
「……話しましょう。侍女のハナが、いつから姫様だと気づいていたのかを」
それも聞きたいのは山々だけど、告白への答えが先に欲しいです……。




