28 恋の打開策
『もし殿下が彼との結婚を、彼と結ばれることを望むのなら、ひとつだけ方法があります』
「その方法とは?」
思わず前のめりになって訊ねる。
「私が婚約者候補を辞退しないことです」
亜蓮様がしれっと告げた言葉に、わたしは盛大に首を傾げた。
「私が婚約者候補を辞退しないことです」
「……」
思わずポカン、としてしまったのは数秒。その後、じわじわと怒りに似た感情が湧き上がってくる。
それのどこが、カイと結ばれる方法だというの?
わたしの考えていることはお見通しなのだろう。亜蓮様は茶筅を動かす手も止めず、愉快そうに肩を微かに震わせる。
「どうやら、私の提案はお気に召さなかったようですね」
一瞬でも、期待した自分が恥ずかしいやら、情けないやら。わたしは怒りを必死に押さえて、ニコリと微笑む。
「……話は終わったようなので、私も失礼致します」
「話は最後まで聞くものですよ、王女殿下」
諭すような強めの口調。けっして大きな声を上げたわけじゃないのに、思わず動きを止めてしまった。
「別に殿下をからかって言ったわけではありません」
「…………」
「これでも殿下の力になろうと考えているのですよ」
疑いを抱きつつ、浮かし掛けた腰を再び下ろすことにする。
「あなたが婚約者候補を辞退しないこと……それが、なぜカイを繋ぎ止める方法なのですか?」
「火威殿の目的は、私を婚約者候補から辞退させることなのでしょう? だったら、目的は果たさなければ殿下から離れるわけにはいかない。違いますか?」
確かにそうかもしれない。
とはいえ、亜蓮様の良いように言いくるめられている気もしないこともない。
返事に窮していると、亜蓮様は再び口を開く。
「火威殿と結ばれたければ、彼の心を繋ぎ止めるしかありません。身分を越えて、殿下と共に生きていきたいと思わせるしか」
カイの心を繋ぎ止める。
それが出来たなら、とっくに出来ていたはず。ゲームでのカイは、出会った当初から此花のことを慕っていたのだから。
「……それができたら、苦労しません」
思わず弱音を吐いてしまう。
ああ……つい本音の弱音を吐いてしまった。
もうこれでカイと恋人同士でもないし、将来を誓い合ったわけでもないことがバレてしまった。
しかし、バレてしまったらしまったで、気持ちが少し軽くなったのも事実だ。やはり嘘を吐くというのは、心の負担になっていたようだ。
「でしたら、私が殿下のお力になれるかと思います」
「……?」
「これでも恋愛経験は豊富な方です。火威殿を落とすための助言ができるかと」
カイを、落とす。
どこへ落とすの? というボケはいらない。つまり『恋に落ちる』っていう意味で亜蓮様は言っているのだろう。
カイの心をわたしに向けることができるの?
でも、恋の手管を知り尽くした亜蓮様なら、それができるかもしれない。
「……わたし、が?」
「無論です。誠心誠意、殿下の恋が叶うよう助力致します」
初めて見る亜蓮様の真剣な眼差しに、どきどきと胸の鼓動が速くなる。
信じても……いいのかしら?
社交界でも浮名を流す有名な女たらしの助言なんて、普通に考えれば素直に聞いていいはずがないことくらいわかる。
でも、亜蓮様が恋の手練手管を知り尽くしているのは事実。
これまでの四年間。自分なりにカイと恋仲になろうと努力してきた。
けれど、その努力は実らず今に至る。
亜蓮様の助力を借りることはリスクもあるに違いない。けれど、四年間どうにもならなかったことを考えると、多少のリスクは覚悟して、打開策を見出すしかない。
「鳳凰院伯爵……あなたのお力を、私に貸してください」
「……もちろんです」
亜蓮様が右手を差し出す。
握手を求められているのだと気付くと、わたしも右手を差し出し、しっかり彼の手を握りしめた。
「この鳳凰院亜蓮、此花王女殿下のために、ひと肌脱ぎましょう」
果たしてこの判断が正しかったのか、わからない。
けれど、わたしの力では、カイを振り向かせるのは無理なこと。
亜蓮様の提案に、藁にもすがる思いで受け入れてしまった。




