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27 亜蓮様の婚約者

前回早く更新できたのに、今回は……すみません、すみません(汗)

 そう、宝生寺薫子ほうしょうじ かおるこ嬢は、亜蓮様の婚約者だった。

 幼い頃から婚約をしていた二人だった。けれど、亜蓮様が次期女王となる此花わたしの王配候補に選ばれてしまったことによって、二人の婚約は解消されてしまった。


 本当は選ばれてしまった、ではなくて亜蓮様自身が王配候補に名乗りを上げたのよね。亜蓮様の母上は異国の方だったので、ご自分の身体に流れる半分の血筋にコンプレックスを抱いていた。

 王族との婚姻によって、そのコンプレックスを打ち消せると思っていたみたい。


 そのお陰で、此花わたしは薫子様の恨みを買うことになってしまった……というわけなのです。


 そう、だからここで王配候補ならぬ婚約者候補をご辞退いただかないと、またもや薫子様に恨まれてしまう!

 薫子様の嫌がらせは命に関わるようなことばかりで、亜蓮様ルートのバッドエンドも、薫子様の影響が大きいのよね。


「ご婚約者殿は、あなたを支えるために日々努力なさってきた健気な女性だと伺っております」


 無表情の亜蓮様に、わたしは静かな微笑みを向ける。


「確かに王家との繋がりは有利となるかもしれません。ですが、名ばかりで何の役に立たない私よりも、貴方を支えて共に生きようと心を決めた方。どちらの手を取るべきか、あなたが一番ご存じのはずです。それに」


 これだけは言っておかなければ。というか言っておきたい。

 薫子様の恨みを買うのは、真っ平御免であります、と。


「彼女から、あなたを奪った悪女と思われたくありません」

「……そうですね、王女殿下を悪女にしてしまうわけにはいきませんね」


 じゃあ、婚約者候補をご辞退していただけるのね!

 亜蓮様の口から「ご辞退」の言葉が出るのを、静かに待つことにする。


「殿下の婚約者を決定するのは、王家の判断。確かに当人の意志は無関係と申しましたが、鳳凰院家と上遠野家……いえ、私と火威殿、どちらも遜色ないのでしたら後は王女殿下」


 亜蓮様は綺麗に微笑む。


「あなたのご意志次第かと存じます」


 その笑顔が少し切なそうに見えて、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。

 こ、これは罪悪感! 亜蓮様にときめいたわけじゃないから!


「ですが、辞退は不可能です」

「えっ……!」


 辞退します、と言うものかと思っていたのに!

 思わず声を上げてしまったわたしは、慌てて口を噤んだものの、時すでに遅し。

 亜蓮様は、わたしの反応を予想していたのだろう。愉快そうに目を細めると、すまし顔で話を続ける。


「自ら望んで候補者としていただいたというのに、自ら撤回するというのは大変失礼ではないでしょうか」

「私はちっとも気にしませんわ」

「殿下が気にされなくても、他の方々はそういう訳にはゆきません」


 そう言われてしまうと、私もどう返せばいいのかわからない。

 ちらり、とカイに目を向ける。すると、カイも何とも複雑そうな、面持ちだ。

 亜蓮様の意見に、少しは同意するものはあるということなのだろう。


「どうせ婚約者には選ばれないのですから、わざわざ辞退などしなくても問題ないのでは? ああ、薫子嬢にはうまく説明致しますので、ご心配には及びません」


 いやいや、そういう問題じゃあないと思うのだけど……。

 言葉を失ったわたしを余所に、亜蓮様はカイに告げる。


「……火威殿、少し殿下とお話があるので、席を外して貰えますか?」

「私が居ては出来ない話ですか?」

「ええ、そうです」


 眉を潜めるカイに、亜蓮様は予想通りと言わんばかりに相互を崩す。


「心配なさらなくても、殿下に失礼なことは致しません。なんなら、私はこの位置から動かないとお約束します。もちろん殿下もそのままで。点てた茶を召し上がっていただく、その間だけでしたらいかがでしょう?」


 きっとカイは断るだろう。そう思っていたのに。


「……それならば。私は席を外しましょう」

 了解されてしまいました……。

「ご理解いただき恐縮です」


 え、亜蓮様と二人きり? わたし抜きで話を済まさないで欲しい……!

 追い縋る視線は無視されて、カイは一礼すると、静か茶室から出て行ってさしまった。


「心配なさらなくても、取って食いや致しません」


 亜蓮様はクスクスと笑う。そして、いつのまにか用意した新たな茶碗で、お茶を点て始めた。


「手短に申します。火威殿は、私との婚約を成立させないよう、急遽立てた婚約者候補なのでしょう?」


 やっぱりバレていたらしい。

 とはいえ「はい、そうです」と簡単に認めるわけにもいかない。取り敢えず、ここはしらばっくれることにしようとするが。


「彼が元々は、王城の庭師であることは存じております。あなたとも親しかったことも。上遠野辺境伯の養子であるのは事実のようですから、仮の恋人役には丁度良かった。違いますか?」


 持ち時間が短いせいか、ガンガン攻めてくる!

 でも、最後のそれは違いますから!


「あの! それは違っ」

「とはいえ、あなた方が相思相愛であることも事実」

「違いますっ」

「では、殿下の片恋ですか?」


 ニヤリ、と亜蓮様はほくそ笑む。

 しまった……将来を誓い合った恋人同士という設定を、自ら否定してしまった。


「いいえ! 私たちは相思相愛です……!」

「では、そういうことにしておきましょう」


 あああ……わたしの馬鹿! バカバカバカぁ……!

 心の中で頭を抱えるわたしを見透かしたように、亜蓮様はクスクスと小さな笑い声を立てる。


「どちらにせよ、私が婚約者候補を辞退した後、彼はあなたから離れていくでしょう」


 どきり、と心臓が跳ね上がる。


「いくら上遠野家の養子となったとは言えども、彼は元々平民です。生まれながら王族のあなたと、釣り合いが取れないことを承知しているのでしょう」


 亜蓮様が言う通りだ。元々亜蓮様様との婚約を回避するために、恋人役を頼んだんだもの。

 カイに恋愛対象として見られていないのは知っていた。

 だから、せめて恋人の振りだけでもして貰えたら……と邪な気持ちから、今回恋人役を頼んだのよね。

 無茶ぶりにも関わらず、よく引き受けてくれたなあって思っていたけれど、上遠野辺境伯の養子という肩書があったからなのね。よく考えたら、平民の庭師が王女の恋人とか無理があるもの。

 もしかしたら、わたしも本気で亜蓮様との婚約を回避できるとは……思っていなかったのかもしれない。


「平民が華族の養子になることは稀ですし、王女殿下の婚約者候補になることも稀です。せっかく手に入れた好機を逃すとは愚かな選択です。それほど彼の心の中では、身分の隔たりというものが大きいのでしょう」


 亜蓮様の話が半分も頭に入ってこない。

 何となく理解できたのは、カイにとって、わたしとの結婚はいいものではないってことくらい。


 カイが、私に恋していないことくらい知っている。

 せっかくこの世界に転生したけれど、カイと結ばれるよう頑張ったけれど、彼の心はわたしに向いてはくれなかった。


 だって、わたしは本当の此花このはなじゃないんだもの。


「もし殿下が彼との結婚を、彼と結ばれることを望むのなら、ひとつだけ方法があります」

「………え?」


 それはまるで天啓のように、わたしの耳を打った。

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