26 お茶室での攻防
普段よりも、気持ち早めにアップできました。
「お二人は猿芝居を、いつまで拝見すればよろしいでしょう」
「猿芝居……何のことかしら?」
バレてる。内心焦りつつも「何のことだかわかりません」と、可愛らしく小首を傾げる。
「突如現れた、上遠野辺境伯の子息。深窓の姫君の、恋人の存在。何もかも胡散臭いとしかいいようがありません」
ですよね!
心の中では同意するものの、何とか誤魔化さないと。
お茶を立てる音が止み、亜蓮様は茶筅を静かに置いた。茶碗を勧められたけれど。
「確かに……上遠野伯は独身のはずですが?」
今はお茶なんか飲んでる場合じゃありません!
手で軽く制すると、ずいっと膝を前に進める。
「彼は養い子なのです。上遠野辺境伯の」
「なるほど。では、火威殿の生まれについては、殿下はご存知なのですか?」
「それは……」
カイから聞きはしたけれど、わたしの口から話していいものか迷う。すると、説明しろと言わんばかりに、今度はカイに目を向ける。
カイは軽く息を吐くと、淡々と語り出した。
「……私は、元々は上遠野家に使える庭師の息子でした。両親を亡くした私を不憫に思い、養い子にしてくれたのです」
「平民、ですか」
卑下する響きを含んだ声。すごく嫌な感じだ。
「どう殿下に取り入ったのです? 私も是非参考にしたいものです」
失礼だわ! カッとなりかけた時だった。
「姫様」
囁くようなカイの声。
隣の彼を見上げると、「大丈夫」というように小さく頷いてみせる。
「……私は、殿下の護衛として、四年の月日を共にして参りました。お人柄に触れるうちに心惹かれたのは事実です」
実際は「惹かれた」じゃなくつ「引かれた」が正解なんだけどね……。
「だから殿下も、同じ気持ちでいてくださったと知った時、どんなに嬉しかったことか」
カイが語る声は緊張しているのか少し擦れ気味で、そこが妙な真実味を醸し出している。
嘘だとわかっていても嬉しい。だけど、嘘だとわかっているから冷静でいられるのも事実。
「つまり、あなた方は時を共にしているうちに、互いに惹かれ合ったとでも?」
「そのとおりです」
同意を求めるように、カイわたしを優しく見つめる。
うわわ。ぶわっと、ぶわあっと、心臓になんか来た!
咄嗟に胸元を押さえ、この衝撃に何とか耐える。
恐るべし演技力。これじゃ本当にわたしのことが好きだって、勘違いしちゃいそう!
ここまでカイが頑張ってくれているのだから、わたしも頑張らなくちゃ!
「も、もちろんです」
緊張のあまり、声が裏返った。恥ずかしい!
「私も、です。彼が同じ気持ちを持ってくれていると知った時、本当に嬉しかった……」
あ、カイと同じこと言っちゃった。
でも、本当に思っているもの。カイも、わたしと同じ気持ちでいてくれたらなあ……って。
「隣に彼が居てくださたったら……それ以上の幸せはありません」
ううう……改めて言葉にするって、恥ずかしい!
なのに、カイってば顔色ひとつ変えないで言えるのは、やっぱり本心じゃないからだろうな。
こんな感じでどうかしら? と確認の意味も込めてカイに微笑みかける。
もちろんカイも笑みを返してはくれたんだけど。何かを堪えるような、切なそうで、辛そうな気配を察する。
ごめんね、わたしも頑張るから、猿芝居さっさと終わらせましょうね。
「……思いを確かめ合った私たちは、密かに将来を誓いました」
ここまでは打ち合わせ通り。あとはカイにおまかせしているところに、話が差し掛かった。
かなり大事なところなのに、丸投げしてごめんなさい。
わたしはいかにも知っている顔をして、彼の隣に居ることしかできない。
「そのことを国王に正式に願い出るために、上遠野辺境伯に……義父へ報告をした際、私もまた此花王女殿下の婚約者候補の一人だと知らされたのです」
ええええ! カイが、婚約者候補!?
衝撃の発言に、思わず立ち上がりそうになる。けれど、カイにおまかせしているのだからと、辛うじて踏みとどまることができた。
そう、これは亜蓮様にご辞退いただくためのお芝居よ。だから、わたしが狼狽えてはいけない。
それにしても、すごいわ、カイ。相談もままならなかったというのに、ちゃんと設定を考えてくれていたなんて。
「なるほど。これは付け入る隙などありませんね」
小さな忍び笑いを漏らしたのは亜蓮様だった。愉快そうに目を細める。
「ですが、貴族や王族の婚姻はお互いの気持ちなど関係ない、有益か否かだ。今のあなたと私は、殿下の婚約者候補の一人でしかない。しかもあなたは元々は平民だ」
王女の婚姻相手に相応しくないと言いたいのだろう。
「鳳凰院伯爵。彼を貶めるような物言いはお止めください」
目の前で恋人(仮)が侮辱されているのを、黙ってみているなんてできない。ところが、わたしの発言に対して、亜蓮様は苦笑を浮かべるだけ。
「これは……失礼致しました。殿下」
あ、なんか馬鹿にされてるわ。でも負けないんだから!
「どなたが私に相応しいかは、あなたが決めることではありません。それに上遠野家は国境の守りを担う重要なお役目をお持ちです。王女の降嫁先として、鳳凰院家同様、上遠野家は申し分ない家柄だと思いますわ。それに、もし彼が平民のままだとしても、彼は伴侶として申し分のない方です」
つい熱く語ってしまったけれど、この辺りで大人しくした方がよさそうね。
カイの計画にないことや…つじつまの合わないことを口走ってしまうかもしれないもの。
すると亜蓮様は、駄々っ子の相手をするかのように、困ったように苦笑いする。
「殿下はご存知ないからそんなことが言えるのです。もし彼が庭師のままだとしても、あなたは同じことが言えるのですか? 庭の手入れがご趣味と伺いましたが、苺を手遊びに育てるのとは、訳が違うのですよ」
彼が庭師ままだとしても同じことが言えるかですって?
ふっふっふっ……。
「そんなの、当然よ。言えるに決まっています」
スイッチか入ってしまったことを自覚しながら、わたしは満面の笑みを浮かべるのだった。
「それに、私が手遊びに育てているのは苺や花などではなく、堆肥なのです。王城の馬糞は質が良いから、本当に良い堆肥ができますの」
「ばふん? ばふんとは、馬の……」
「はい、馬の糞です」
亜蓮様の笑顔が凍り付く。
よし、引いた! どんどん引いていただけるように、わたしは馬糞づくりの苦労話を切々と語る。
「……というわけで、堆肥作りは本当に奥深いですのよ。作物にはもちろん、薔薇の生育にも良い効果がありますから鳳凰院家のお庭にも如何かしら? よろしければ送らせますので、お使いになってください」
にっこり微笑むと、亜蓮様は完全に引いていた。
まさかここまで引くとは予想外だわ。もしかして、最初からこの趣味をご披露していたら、早々に婚約者候補を辞退してくたかもしれないと思うと悔やまれる。
「それに私のことよりも、伯爵」
わたしに出来る限りの止めを刺すことにする。こういう時に、都合よく思い出したキャラがいる。この子を切り札にするわ!
「若くして家督を継いだあなたは、一刻も早くあなたを支える奥方が必要なはず。いくら王家の血を引こうとも、社交にも疎く歳が離れた私よりも、伯爵夫人に相応しいご令嬢がいらっしゃいますよね?」
無言の亜蓮様。顔には出さないけれど、その沈黙がすべてを物語っています。
そう、亜蓮様には幼い頃に婚約を交わした相手がいた。
宝生寺 薫子。宝生寺子爵家のご令嬢。
そう、彼女こそが、亜蓮様ルートで此花のライバルとなる悪役令嬢なのです!




