25 緑のお庭で
「まあ……」
その庭園に足を踏み入れた途端、感嘆の声を上げてしまう。
亜蓮様とは一旦別れ、家令さんに案内されたのは、意外にもいぶし銀のような佇まいの庭園。
視界に広がるのは一面の緑。薔薇に囲まれたお屋敷でしたが、その向こうに広がっていたのは見事な和の世界でした。
綺麗に苔むした地面は、まるで緑の絨毯のよう。同じく苔むした大きな庭石と、丸く刈られた庭木を縫うように並んだ石畳。遠く水音が聴こえる。石畳が連なる向こうには、侘び寂びを体現したかのような、こじんまりとした茶室が見える。
空を仰ぐと、まだ新緑色をした紅葉が葉を広げ、陽に透けて緑の葉が光っているよう。
「これは……見事な庭ですね」
カイは静かに、けれど熱の籠った声を上げる。
さすが庭師。立派なお屋敷よりも、庭木や土の状態、庭の造りの方に興味関心があるみたい。木漏れ日に目を細めるカイの表情は生き生きしていた。
カイは、やっぱり根っからの庭師なのね。
彼の嬉しそうな顔を見られるのは嬉しい。でも、無理やり恋人役を頼んだせいで、庭師の職から離れることになってしまった。
「葉の緑が、とても綺麗」
「はい、本当に綺麗だ」
そんな後ろめたい気持ちを抱えながらも、緑の光の中にいる彼から目を離せなかった。
ふと、空を仰いでいた彼の視線が、わたしの元へと降りてきた。
「カイ?」
視線が合うと、まるで眩しいものを見るかのように、淡い空色の目を細める。
「まるで姫様の、瞳の色のようですね」
そっか、わたしの瞳の色もこんな感じ……え?
葉の緑が綺麗で、まるで、わたしの瞳の色のよう。
それって、わたしの瞳の色が綺麗ってこと?
まさか、カイに褒められた?!
反射的に、頬が一気に熱くなる。
すると、真っ赤になったわたしの反応を目にしたカイは、自分が何を言ったのか気付いたみたい。口元を覆うと、恥ずかしそうに俯いてしまった。
側にいる家令さんは、何事もなかったかのような様子だけど、絶対に今の会話、聞かれていたわ。は、恥ずかしい!
「と、とても情緒あるお庭ね」
「勿体ないお言葉です」
誤魔化すように家令さんに告げると、うやうやし首を垂れる。
またこの家令さんもね、国王(お父様)くらいだけど、グレイヘアが素敵なダンディな方でした。
乙女ゲーム恐るべし。年齢問わずイケメン揃いとは!
でも、この庭園が美しいことは本当だ。こういうのを侘び寂びっていうのね。マイナスイオン全開っている感じで、清涼な空気に包まれているようだわ。
「当主が準備をしておりますので、先にこちらでお待ちください」
「ええ」
木々に囲まれたこじんまりとたお茶室へ案内されようとしてるわけなのだけど、問題なのはお作法よ、お作法!
まだ少し照れ臭さが残るものの、お作法は重要案件よ。さりげなくカイと肩を並べると、家令さんに気付かれないよう、小声で囁く。
『……カイはお茶のお作法って、わかる?』
するとカイも、少し屈んで耳元で囁いた。
『知識としては。でも経験がないもので自信がありません』
『実は、わたしもあまり自信がなくて』
『それは……王女として、如何なものかと』
だよね! わたしもそう思う!
カイの歯に衣着せぬ発言……ごもっともで返す言葉がありません。
多分、王女だからちゃんと教育は受けているのだろうけど……やれば何とかなるかしら?
ひとまず案内されるままに茶室に入る。どうやら此花の身体はちゃんとお作法を覚えていてくれたみたいで、躙口と呼ばれる小さな入口を通る時も、難なくスムーズに入ることができた。
床の間を前に座り、掛け軸を拝見する。あまりに達筆過ぎて、解読不能でした。なので今度はお花を拝見することに。
竹細工の花瓶には、野薔薇が飾られてあった。優しい芳香を放つ一重の白い花は、亜蓮様のイメージとはかけ離れた素朴な佇まいに、彼の本質を垣間見た気がした。
亜蓮様も、悪い人じゃないんだよなあ……。
ゲームのキャラでも、結構好きなキャラだった。ちょっと病んでいる感はあるけれど、何といってもイケメンだ。
でも、この人のバッドエンドは大体死ぬ。ほぼ死ぬ。だからこそ、ハッピーエンドはちょっとした達成感なんだけどね。
とはいえ実在の人物としては無し! 断固無し! いくらイケメンでも、主人公に純粋な愛を捧げてくれようとも、無理無理無理!
それに何よりも好きな人がいるんだから、絶対に無理!!
その時、奥の襖がスッと開く。そこには膝を付いた袴姿の亜蓮様がいらっしゃいました。僅かに光沢がある銀鼠色の着物に薄墨色の袴は、金髪碧眼の亜蓮様に意外過ぎるほど似合っていた。
恐るべし、乙女ゲーム! イケメンはどんな着こなしも可能であることが証明されました。
「お待たせしました」
床に手を付いて一礼する姿は、まるで違和感がない。亜蓮様の笑みは、この場を支配するかのように余裕のあるものだった。
そうだ。躙口。この狭い入口を入る意味を思い出す。
どんなに身分が高い者も、躙口を通る時は頭を下げなければならない。つまり、この茶室に入った時点でみな平等という意味だ。
100人中100人が、うっとりしてしまうだろう亜蓮様の微笑みも、今のわたしにとっては脅威しか感じない。
「改めまして……ようこそ鳳凰院家へ。此花王女殿下、火威殿」
「素敵なお茶室ですわ。和装もよくお似合いです」
「ありがとうございます」
威厳ある微笑み。似合って当然といわんばかりの自信に溢れる笑みは、不思議と嫌味に感じない。
だって、本当に似合うんだもの。無理はない。
「実は、殿下の和装に合わせてみたかったのです」
今度は悪戯を成功させた男の子みたいな笑顔。こ、これは……ズルいわ。不覚にもドキっとしてしまう。
「洋装の時は花の精かと見まがうばかりの可憐さですが、和装は殿下の気品が際立って、まるで天から舞い降りた女神のようです」
ベタな褒め言葉なのに、亜蓮様が口にすると不思議なことに様になる。
でも、こんな時は何て返せばいいのかしら。ありがとう? とんでもございません? 正解がわからない。
『まるで姫様の、瞳の色のようですね』
不意に、カイの声が甦る。
不思議。カイの素朴な言葉の方が、ドキドキしてしまうなんて。
口元が緩みそうなのを、ぐっと堪えつつ微笑む。
「まあ……ありがとう」
笑って誤魔化すことにするが、亜蓮様のお世辞は続いていた。
「お世辞と思っていらっしゃるようですが、本心です。殿下は本当にお美しい」
いやいや、もういいから!
「……こんなお話をするために、わたしたちを招いたのではないのでしょう?」
そろそろ本題に入ってくださいと告げると、亜蓮様は悪者顔で笑みを深めた。
「察していただけて幸いです」
本性が出た!
固唾を飲んで、亜蓮様の発言を待つ。慣れた手付きでお茶を立てながら、ゆるりと口を開いた。
書いていたら長くなってしまったので、キリのいいところで分けてアップしました。
なので、次話は普段よりも早くアップできるかと思います、多分。




