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24 鳳凰院家に到着です

中々更新のペースが上がらず、申し訳ありません。

 鳳凰院家に到着する束の間、カイがざっくりと説明をしてくれた。


 まずわたしが足しげく通っていた庭園。あれは、王女わたし専用に用意された庭園だったそうです。あんな広大な庭園が、わたし用に用意されたものだったとは……びっくりしたの一言しかないわ。

 いいのかしら……王女ひとりのために税金を使ってしまうなんて。


「ちなみに、サイも護衛騎士ですよ」

「え! サイが?!」


 ちょっと気弱そうで、穏やかで、薔薇を育てるのが上手なサイが騎士?! 見えない!

 驚きがそのまま顔に出てしまったのだろう。わたしの顔を見て、カイは小さく噴き出した。


「此花様、驚き過ぎです」

「だって……あまりにも意外で」

「サイは実戦の方ではありませんから」


 含みを持たせた笑みを浮かべる。

 カイの言葉に、なんか……同じ騎士でも色んな役割があるような感じ? うーん……深く突っ込むのは、やめておこうかな。


 ゴウが辺境伯で、サイは騎士、カイは養子といえども辺境伯のご子息で。

 護衛兼庭師。王女わたしのために用意された庭園の、王女わたしのために用意さえた人たち。

 だから皆、わたしが庭師の真似事をするのを許してくれたのだろう。


「あと、鳳凰院伯爵から俺に関する質問があったら、全部俺に振ってください」

「ええ、わかったわ」

「では、ご準備はよろしいですか?」

「もちろんよ」


 小さく、でもしっかりと頷く。

 カイも応えるように頷くと、馬車の扉を開く。途端、緩やかな風と共に、濃厚な薔薇の香りが纏わりつくように流れ込んで来た。


「さあ行きますよ、殿下」


 カイは手を差し伸べる。

 殿下かあ。此花様もね、もちろん悪くないけれど、やっぱりいつもみたいに「姫様」が一番しっくりくる。

 カイの手に自分の手を重ねながら、声を潜めて訊ねる。


「……あのね、やっぱり普段みたいに『姫様』じゃ……ダメ?」

「ダメではありませんが……」


 カイは困ったように視線をさ迷わせる。わたし、そんなに難しいこと言ったかしら?


「普段どおりですと、つい素に戻ってしまいそうで」

「素に戻ると、わたしを恋人扱いできないってわけね」


 拗ねた発言をしてしまったわ。我ながら面倒臭い女だと思う。

 せっかく協力してくれているのに、これ以上我が儘を言うわけにはいかないのに。


「そういうわけではありません」

「ううん、いいの。困らせてごめんなさい」

「そうじゃなくて……姫様」


 握った手を引き寄せられて、カイとの距離が一気に縮まり、心臓が飛び上がりそうになる。


「普段通りでは……庭師のカイとして、あなたに接してしまいそうだからです」


 内緒話のようにカイは声を潜める。でも囁かれたのは甘い睦言などではなく、至極真面目なものだった。


「普段、姫様に接する態度は無礼だという自覚はあります」

「そう? ちょっと遠慮がないくらいじゃない?」

「王女殿下に対して、遠慮がないとかダメです」

「ふ……ふっ」


 予想外な発言に、思わず声を上げて笑ってしまう。でもね、ちゃんと声を押さえて、くすくす笑いに留めたわ!

 

「……姫様、笑いすぎです」

「ごめんなさい。だって、カイが無礼だなんて思ったことがなかったんだもの」

「あなたは使用人に寛容過ぎです」

「それは、カイだからいいの」


 すると、珍しくカイが怯んだように口を噤むと、ぐっと何かを堪えるような苦い表情になってしまう。

 わたし、おかしなことを言ったかしら?


「カ……火威カイ?」


 恐る恐る声を掛ける。すると、何かを諦めたかのように溜息を吐く。


「では……姫様も、カイと。お互い普段通りの呼び方に致しましょう」

「普段通りでいいの?」

「はい、姫様」


 ああ、やっぱり普段通りだとホッとする。慣れない呼び方よりも、きっとこっちの方が自然だわ。

 安堵の笑みを浮かべると、カイは甘さを滲ませた笑みを返してくれた。しかも、重ねていただけの手を、優しく握り締めながら。

 

 ……呼び方は普段通りでも、ちゃんと恋人役に徹してくれるカイってば、すご過ぎ!

 演技だってわかっていても、心臓がドキドキし過ぎて眩暈を起こしてしまいそう。


 ううん、今からこんな調子じゃ駄目よ。これから亜蓮様を騙くらかして差し上げるのだから、言い出しっぺのわたしが、しっかりしないと! わたしもしっかり、恋人らしく振る舞わないと!


 よし、わたしも彼への溢れる愛を感じる優雅な微笑みを……。

 けれど結局、嬉しさと愛しさがダダ漏れ常態の、優雅さなんて欠片も無い全開の笑顔になってしまいました。


 ほらもう、カイが目を真ん丸に見開いているじゃない。さり気なくそっぽを向かれてしまったわ。

 きっと見るに堪えない顔になっていたのかと思うと、なんだかもう、申し訳なさでいっぱいよ。


「そろそろ馬車から降りられてはいかがです?」


 第三者の声で我に返りました!

 馬車の前には、出迎えに来てくれた亜蓮様の姿が。

 しかも、馬車の扉、全開だったわ!

 様子を見られてしまったけれど、聞かれていなかったかしら?!


 はわわ、と内心慌てふためくわたしを、カイはさり気なくエスコートしながら馬車の外へと連れ出してくれた。


 改めて目の前にした亜蓮様の姿に、ふと既視感を覚える。

 黒い礼服にシルバーのタイは、そこまで珍しい格好ではない。でも、亜蓮様のように長身で均整の取れた体型の持ち主が身に着けると、まったくの別物です。男性のスーツ姿に萌える方々の気持ちがよくわかりました。

 しかも、黒い服は亜蓮様の蜂蜜のような金髪がよく映えて、背後には赤い薔薇……本当に薔薇をしょっての登場です。

 

 あー……このスチル、見覚えがある!

 ゲームでは、確かアヤメが付き添ってくれていたのよ。そして、屋敷に招かれるというイベントは、亜蓮様ルートに入らないと起きないのよね……大丈夫かしら。亜蓮様ルートに入っていないよね?


 心の準備が出来ていなかったわたしに代わって、カイは腰を折って礼の形を取る。

 いけない、いけない。まずは王女わたしから挨拶をしないといけないわ。


「御機嫌よう、鳳凰院伯爵」


 馬車から降りたのを見届けて、カイの手が離れてしまったのを寂しく思っている暇はない。今度こそ王女らしい優雅かつ柔らかな微笑みを浮かべると、挨拶の礼を取る。


「今日はお招きありがとうございます。とても美しい薔薇ですね」

「勿体ないお言葉です。王女殿下に勝る花はございません」


 さらりと甘いお世辞を述べると、わたしの前に跪く。


「お会いするのを心待ちにしていました」


 前で軽く組んでいたわたしの手を取ると、手の甲に軽く唇を落とした。その柔らかくて温かな感触に、思わず身を竦めてしまう。


 恥ずかしい、恥ずかしすぎる……!

 外見は此花だから絵になるかもしれないけれど、中身がね……コミュ障喪女には居たたまれない。


 ごめんなさい、亜蓮様。中身が此花じゃなくて。

 申し訳なさでいっぱいな気持ちのまま、取り繕うように微笑む。もちろん彼が、わたしの内心に気付くはずもない。


「殿下、彼を紹介していただけますか?」


 亜蓮様の視線は、背後に控えたカイに向けられる。

 ここは大事なところだわ。あからさまに見せつけるのは上品ではない。ふんわり、親密な空気を匂わせつつ……そんな感じ、醸し出せるかしら。


「ええ、紹介致しますわ」


 後ろを振り返ると、またカイと目が合ってしまった。ふっと和む彼の瞳に、わたしの心臓は再び鼓動が速くなる。

 ううう、カイってば心臓に悪い。ときめくのって心臓にこれほど負荷が掛かるものなのね。


「カイ、鳳凰院伯爵にご挨拶をお願い」

「はい」


 よし、打ち合わせどおりね。

 わたしから紹介して、亜蓮様から色々突っ込まれたら、対応できないかもしれない。だったらカイが自己紹介した方が、質問は自然とカイ自身にいくはず。

 

「ご挨拶が遅れました。上遠野 火威と申します」


 軽く腰を折り、礼の形を取る。

 何気ない仕草なのに、洗練された所作に目を瞠る。

 わたしが良く知るカイとは別人みたいで、彼の一面しか知らなかった事実に気付かされる。


「ようこそ、上遠野殿」


 歩み寄って来た亜蓮様は、カイに向かって片手を差し出した。一瞬、戸惑ったものの、カイも同じように手を差し出すと、亜蓮様と握手を交わす。


火威カイ殿、とお呼びしても?」

「ええ、勿論」

「では、私のことも亜蓮と呼んでくれたまえ」

「では遠慮なく」


 固い握手を交わす二人の青年! 互いに笑顔を交わす二人! 背景には薔薇!


 この光景だけ見ていると、何か違う物語が始まってしまいそうな雰囲気。

 だけど……二人のね、目が笑っていない。

 カイは元々亜蓮様を撃破するために、恋人役をしてくれている。亜蓮様も王女の恋人を値踏みするために、屋敷に招いている。

 一応敵対関係ってやつかのかしら? でもカイってば、そこまで演技に力を入れなくてもいいのよ? とも言えないし……。


 ハラハラしながら、二人の姿を見守ることしかできませんでした。


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[一言] 感想失礼します! すっごく面白くて、読みやすくて思わず一気読みしてしまいました(笑) これからも頑張ってください!
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