表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/33

23 あなたのことを、もっと知りたいのに

 たった十歳でご両親を亡くしていたなんて。

 養い子になるということは、何かしらの理由があってのことだとは思っていたけれど、そんな悲しい理由だったなんて思ってもみなかった。

 出会ったばかりの彼は、どこか無愛想で無口だったのは、単に緊張していたのではなかったのだろう。ご両親を亡くして、慣れない環境に身を置いて、心を癒す時間はあったのだろうか。

 今更になって、彼の心中を気遣えなかったことを悔やむ。


 ……本当にわたしは、いつも自分のことばかりだわ。


 本物の此花このはなならば、もっと彼を気遣うことができたのかもしれないのに。

 今、ここに存在することが、申し訳なくて堪らない。


「……ひ、此花様?」


 頭から重みが消え、寄り添っていたカイの肩が離れる。名残惜しさを感じたのは一瞬、彼が顔を覗き込む気配を感じる。

 けれど、居たたまれなくて、顔も上げられない。


 本物の此花このはなじゃなくて、本当にごめんなさい。もう、この場で土下座して、穴があったら入りたい。その穴で永久に埋まっていたいくらいです。


「眠たいのですか?」

「ち、違うわ」


 相変わらずのお子様扱い。眠たいわけじゃない、と証明するために顔を上げると、至近距離で目が合った。

 真っ直ぐな眼差し。何もかも見透かされてしまいそうで、わたしが偽物だと気付かれてしまいそうで怖い。

 思わず避けるように、自分の膝元に視線を落とす。


「……当時は、わたし……あなたをいつも振り回してばかりだったわ。来たばかりのあなたを全然気遣えなくて……ごめんなさい」

「確かに、毎日のように姫様には振り回されましたが」

「さすがに毎日は……ないんじゃないかしら」

「楽しかったですよ。王女様」

「っ!」


 なんだろう。一瞬、カイが遠いところへ行ってしまいそうな気がして、胸の奥がぎゅっと掴まれたようなに苦しくなる。

 すがるような思いで目を上げると、カイの視線と重なった。途端、何かに囚われたかのように、彼から目が離せなくなる。

 雨上がりの空の色をした瞳の中に、わたしの姿が映っている。きっと、わたしの瞳にもカイの姿が映っているのかしら。

 そんなことを考えながら、ぼんやりしていた時だった。突然、馬車がガタンと揺れる。


「!」


 下から突き上げるような衝撃に、背後にひっくり返ってしまう。本当に一瞬の出来事で、目の前には驚いた顔をしたカイが、中途半端に手を伸ばしている姿があった。


「大丈夫ですか」

「え、ええ」


 はっと、我に返ったカイが、慌ててわたしを助け起こしてくれる。


「どこか痛むところは?」

「大丈夫、ほら、これのお陰で痛くなかったわ」


 そう。幸い隣りにあったクッションのお陰で、壁に頭をぶつけなくて済んだけれど。


 今、わたしたち、ものすっごく、近づいていなかった?


 ちらり、とカイを見上げる。けれど、今度は目が合わない。

 そっぽを向くように、窓の外ばかり見つめて、ちっともこちらを見ようとしてくれない。


 あれ? やっぱり気のせい? それともわたしの妄想かしら?


 けれど、心臓の鼓動は早いまま。煩いくらい、どっくどっくと耳を打つ。こんな心臓の音を訊かれたら、絶対に引く。

 早く静まれ私の心臓!


「……此花様」


 必死に心を落ち着けようと、努力の結果が実り始めた頃だった。

 相変わらず窓に目を向けたまま、小窓を覆うレースのカーテンを退ける。


「ここが、鳳凰院家です」


 ふわりとそよ風と共に、ほのかに甘い匂い……薔薇の香りが鼻をくすぐる。そして、小さな窓から覗く景色は赤い薔薇の生垣に囲われた鳳凰院家のお屋敷だった。


 薔薇の生垣に既視感を覚えるのは、ゲームのスチルで何度も目にしているから。

 スチルで観た時もすごいとは思っていたけれど、実際に目の当たりにすると、その迫力は圧倒的だ。

 赤い、というよりは深紅に近い薔薇。花弁はまるでベルベットのようになめらかで、甘く上品な香りで鳳凰院家を包み込んでいた。


 薔薇の檻。

 ふと頭に浮かんだ単語に頭を捻る。


「……」


 ああ……思い出した。

 亜蓮様ルートのバッドエンドのひとつに、この薔薇館に監禁されるエピソードがあったことを。

 王配候補から外れた亜蓮様が自棄を起こして、此花を監禁してしまい、飼い殺しにされるか、殺されるかという鬱なルートだったはず。


 好感度が低ければ一生監禁生活。高ければ死亡、というか無理心中。

 おかしい。どうして好感度が高いと死亡なの!


 屋敷を囲む赤い薔薇は、亜蓮様の重たすぎる愛を象徴しているかのよう。

 次第に強くなる薔薇の香りと、不意に思い出した鬱な結末の記憶が重なって、不安が一気に押し寄せてきた。


 大丈夫。だって亜蓮様の好感度が上がるような要素は何ひとつないはずだし、今は……隣にカイがいてくれるのだから。


 大丈夫、大丈夫!

 カイとのラブラブ振りを見せ付けて、亜蓮様に婚約者候補をご辞退いただくのよ……?


 萎れた心を奮い起たせようとしたものの、一番の問題が立ちはだかっていることを思い出す。

 カイとの打ち合わせも、まだしっかりできていない。しかも、わたしたちが恋人同士に見えるかというと。


 見えないよね……。


 覆しようがない事実に、がっくりとうなだれる。


「もうじき鳳凰院家に到着します。口裏合わせをする時間がないので、適当に合わせてください」

「……ええ、わかったわ」


 カイが養子になる辺りから記憶が曖昧だわ。幼い頃にご両親を亡くしている事実が衝撃的で、話が中途半端になってしまったせいなのだけど。

 確かカイは「王女の護衛兼庭師」と言っていたような……。

 あと、カイを引き取ったのはご当主と言っていたような…………?

 ん、ちょっと待って。カイのご両親は、元々上遠野辺境伯の下にいた庭師だったって……。


「あの……カイのご養父は、ゴウよね?」

「はい」

「ゴウは庭師……じゃなかったかしら?」

「あれは道楽です」

「道楽」


 まだ事情が呑み込めない。ああもう、わたしってば頭の回転が悪すぎ。

 今更、己の頭の悪さを嘆いたところで仕方がない。順を追って考える。


 ゴウの本職は庭師ではない。

 カイは護衛兼庭師である。

 ということは、ゴウは護衛が本当の仕事ってことよね?

 それで、カイの養父はゴウ。でもさっきは、ご当主が養父だって言っていた。

 カイの言うご当主というのは、上遠野辺境伯のこと。

 ということは、つまり、つまり……。


「ゴウが……ご当主、上遠野様、ということ?」

「はい、やはりご存知ではなかったのですね」


 はい。ご存知ありませんでした。

 しかも、やっとこちらを向いてくれたカイは、やれやれと首を竦める始末です。


 だって。だってだって、誰もそんなこと説明してくれなかったんだもの!


鳳凰院家に到着です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ