22 あなたのことを、もっと知りたい
ちょっと短めですが……。
同じ馬車に乗って、少し斜め前に座る彼を目の前にして、訊ねるべきことは山のようにあった。けれど、何から訊ねればいいか整理が付かない。その上、カイが素敵過ぎて直視できない。色々パニックな状態が続いていた。
どうしよう。こんな状態で亜蓮様の下を訪ねて、婚約を回避なんてできるのかしら。
おでこのキスだけで、腰砕け状態なのに……恋人感なんて醸し出せるのか不安しかない。
「此花様」
「っ! はいっ」
声が裏返ってしまったわ!
それに今、名前で呼ばれたよね?
そろりと目線を上げる。わたしに向けるカイの目は……ちょっと困った様子だった。
例えるなら、初めて庭仕事を教えて欲しいとお願いした時のような。
「……カイ?」
「これからしばらく二人の時は、此花様と呼ばせてもらいます」
「他の人の前では?」
「殿下と。あと私のことは火威とお呼びください」
カイと火威。
音は同じでも、この名前を口にすると、不思議なことに名前が文字になって頭に浮かぶ。どういった仕組みになっているのだろう。不思議。
「あと」
突然、カイは座席から軽く腰を浮かすと、わたしの隣に腰を降ろした。
ち、近い!
硬直するわたしとの距離を詰めてきた。だからといって密着はしていない。触れるか触れないかの微妙な距離。
痛いくらい、胸の鼓動が早鐘のようだ。
「鳳凰院家に着くまで、私の身の上話を聞いては貰えませんか?」
「カイの、身の上話?」
「つまらない話ではありますが、暇潰しにでも」
庭師のゴウの養い子。彼について、わたしが知るのはそれだけだ。
「…………もちろん、聞きたいわ」
王城へ来る前の彼の生い立ちを、考えもしていなかったことに愕然とした。
出会ってから四年。けして短い時間ではない。なのにまだ彼のことを「王女を慕う庭師の青年」というキャラクターとしか見ていなかったのだと、今更になって自覚するなんて。
恥ずかしい。よくこんなことでカイが好きだなんていうたものだ。
ああ、だから。こんなことだから、わたしはカイに好きになって貰えないのだろう。
「聞かせて、あなたのことを。カイのことを、もっと知りたいわ」
今からでも遅くないだろうか。ゲームのキャラクターとしてではなく、ちゃんと一人の男の人としてあなたを見るから。
そっと目を閉じる。祈るような気持ちで、彼が話を始めるのを待つ。
「……カイ?」
けれど、なかなか始まらない。隣りに座る彼を見上げようとすると、軽く頭を引き寄せられた。彼の肩にもたれる体勢になってしまった。
「あのっ、カイ?」
焦るわたしをよそに、頭上から溜息が聴こえてきた。
ええっ、何か呆れている様子?!
慌てて体勢を戻そうとするものの、カイがそれを許してくれない。
「……少しは、恋人らしい距離に慣れてください」
「ええ……」
そっか。恋人らしい距離ね。とはいえ、突然この距離は……心臓に悪い。
声が近い! ということは顔も近いってこと! 心臓がドキドキどころか、どっこんどっこん打っている。心臓が口から飛び出そうというのは、こういう感覚なのね!
心臓が飛び出さないように、唇を引き結ぶ。すると、今度は頭にコテン、と何かが乗っかってきた。
何かって、何かって……カイが、わたしの頭にもたれ掛かっているってことです。
恋人って、恋人って……いつもこんなことをしているの?! はっ、恥ずかし過ぎる!
心の中で絶叫を上げる。でも、心の中で収めた自分を褒めてあげたい。
でも、人の体温って心地いいって初めて知った。ましてや、カイのものなら、なおのこと。
緊張しつつも、心に広がる安堵感。なんだか不思議な感じ。
「……俺が、養い子であることは覚えていますか?」
ぽつりと、静かな声が頭上から落ちてきた。
「ええ。最初に会った時に、ゴウがそうあなたを紹介してくれたもの」
「よく覚えていましたね」
「もちろん、ちゃんと覚えているわ」
だって、あなたのことだもの。忘れたりするわけがない。
「両親は上遠野様のお屋敷で働く庭師でした。幼い頃から俺もお屋敷によく出入りしていて、ご当主様に可愛がってもらいました」
「ご両親も庭師をされていたのね」
「ええ。ですが十歳の頃、二人とも不慮の事故で亡くなってしまい、ご当主……上遠野様に養い子として引き取っていただいたのです」
こともなげに紡かれた言葉はあまりにも衝撃的で、言葉を返すことも、相槌を打つことすら忘れてしまった。




