21 新たな攻略キャラ登場か?!
全体的に修正作業をしていました。
今度こそは、週1くらいのペースで更新さしたいと思います。
よろしければお付き合いください。
扉がノックされると、普段ならすぐに応対するアヤメが珍しく一歩も動かない。ううん、動けないようだ。
二度目にノックされた時には、アヤメは覚悟を決めたかのように、扉の前へ歩み寄る。扉を開くと、そこにいたのは侍女頭のキヨウだった。
彼女は深く腰を折ると、厳かに告げる。
「此花王女殿下。上遠野辺境伯、ご子息様がお迎えにいらっしゃいました」
聞き覚えのない名前に、疑問と失望が同時に湧き上がる。
上遠野……攻略キャラにいたかしら?
必死に記憶の糸を辿る。
辺境伯のご子息。辺境伯のご子息……?
辺境伯のご子息、ご子息…………確か結構年下だったような?
そうだわ……ショタの趣味はないからなあって思った記憶が……あ、思い出した!
* * *
上遠野 慧威 12歳
上遠野辺境伯の甥。現辺境伯に実子がいないため、養子となり次期後継者として教育を受ける。
* * *
12歳! 若い! しかも12歳って、まだ中学生か小学生よね?
「……上遠野様のご子息がお待ちなのね」
「はい。鳳凰院伯爵家への訪問に、同行されるとお約束をされていると伺いました」
えええ?! 知らない知らない! 上遠野なんて方は知りませんし、約束した覚えもございません!
約束していたカイはいなくなってしまうし、代わりにショタキャラが登場?
一瞬頭が混乱したけれど、ふと冷静さを取り戻す。
……もしかしたら、ゲームの世界の、何か強制力みたいなものが働いたのかしら。
本来なら、庭師のカイが恋人役となって、亜蓮様の元へ乗り込んでいくなんてシナリオは存在しない。だから、モブのカイではなく、攻略キャラにすげ替えられた可能性がある。
今のわたしにとっては、リアルな世界だとしても、ここはやっぱりゲームの世界で、カイとは結ばれる運命は訪れないのだろう。
仕方がない、と諦めたくはない。でも今はどうすればいいのかもわからない。でも、ここにじっと座っていても何か変わるわけじゃない。
取り敢えずそのお顔を拝見してみようじゃない。それに、若い子を待たせては可哀想だわ。
「……わかりました」
椅子から立ち上がると、侍女長が道を空ける。
サツキが複雑な面持ちで、わたしのことを見つている。きっと、敵陣へ向かうわたしを心配してくれているのだろう。
大丈夫よ、と微笑んでみたけれど、やっぱり彼女の表情は晴れなかった。
* * *
ご子息が待つ応接の間に足を踏み入れると、予想していたショタキャラ……もとい少年はいなかった。
庭園が一望できる窓辺で佇む後ろ姿。わたしよりも、ずっと背が高く、黒い騎士服を身に纏っていた。髪の色は……綺麗な褐色で、まるで紅茶の水色のよう。
どう見ても12歳の少年には見えなかった。その後ろ姿は、はっとするほど誰かによく似ていて、息をするのも苦しくなる。
気配を察したのか、彼はゆっくりとこちらを振り返った。
わたしを捉える真っ直ぐな瞳は、淡く灰色がかった空の青。雨が上がったばかりの空の色をしていた。
他人の空似なんかじゃない。上遠野と名乗った人は、わたしがよく知る人だった。
「……カイ?」
「はい」
やっぱりカイだ。
黒い騎士服姿なんて初めて見るのに、不思議と彼に馴染んで見えた。だから、本当に私が知っている彼なのか自信がなくなっていたけれど。
よかった。カイだ。
不意に視界が歪む。涙か溢れたのだと気付いたのは、頬に転がる滴に気付いたから。声まで震えていたから。
「……王城を、庭師を辞めたと」
「…………はい」
どうして庭師を辞めたの?
なのにどうして、今ここに居るの?
それに、上遠野って、どういうこと?
混乱していて言葉が出ない。
何度か口を開きかけたけれど、何を言うべきか、訊ねるべきか、まだ頭の中が整理できなかった。
わからないことだらけで、色々聞きたいことがあり過ぎて、何から聞いたらいいのかわからない。
何度か口を開きかけたけれど、何を言うべきか、訊ねるべきか、まだ頭の中が整理できない。ただ立ち尽くしたまま、握り締めた自分の両手を見つめることしかできない。
「姫様」
いつの間にか爪が食い込むほど握りしめたらしい。彼が、わたしの両手をそっと解く。そして、その大きな無骨な手で、わたしの手をぎこちなく包み込む。
「呆けていないで、行きますよ」
いつもの素っ気ない、少し呆れたような物言いは、間違いなくカイだ。
思わず顔を上げると、カイは人の悪い笑顔を浮かべる。
「鳳凰院伯爵との婚約を回避するのでしょう?」
「え、ええ」
「だったら、あなたもしっかり演技してください」
「演技?」
「俺と姫様は将来を誓い合った仲なのでしょう?」
カイは事も無げにそう告げる。白い手袋で覆われた大きな手でわたしの頬を包み込むと、涙で滲んだ目尻をそっと拭った。
その優しい感触に心臓が跳ねる。変わらない彼の様子に安堵して、思わず目を瞑る。
あ、しまった。また「迂闊に目を閉じないでください」とか言われて、頭突きされてしまうわ!
慌てて目を開くのと同時に、額に柔らかな感触が落ちてきた。
あれ、痛くない? それどころか、それどころか……。
「っ……!」
額に当たったのがカイの唇だと気付いた。でも、頭が上手く働かない。カイにキスされたなんて、理解が追い付いてこない。実際一瞬の出来事だったのだろうけれど、まるで時間が止まったみたいに感じて。
「迂闊に目を閉じないでください」
以前に頭突きされた時と同じ台詞が耳元で囁かれるけれど、状況が全然違う。
心臓が恐ろしい速度で鼓動している。おずおずと目線を上げると、至近距離からわたしを見つめるカイの瞳とぶつかった。
その目が今まで見たことも無い甘さを湛えていて、今更ながら本当に彼にキスされたのだと自覚する。
途端に顔が爆発しそうに熱くなり、情けないことに足の力が抜けてしまった。
「っ、姫様?」
その場に崩れ落ちそうになったわたしの身体を、咄嗟に抱き留めてくれる。
ち、近い! というか密着しているし!
一瞬、恐慌状態に陥りそうになる。けれど、こうしてカイの温もりに包まれているうちに、気持ちが落ち着いてきた。そのくせ、心臓は相変わらず壊れそうなほど鼓動が速い。
「姫様」
わたしの身体を支えながら耳元で囁いた。
「今から、私たちは恋人同士であることをお忘れなく」
恋人同士……!
自分からお願いしたというのに、改めて彼の口から聞くと、胸の奥がぎゅうっと苦しくなる。
嬉しいのに、本当じゃない。だからきっと苦しいのだろう。
王城を辞した彼が、なぜ辺境伯の子息としてここにいるのかわからない。
ただわかることは、彼がわたしとの約束を守ってくれたということだけ。
「ええ、よろしくね。上遠野伯……?」
「火威とお呼びください」
「火威?」
音は同じだけれど、頭の中に漢字に変換された彼の名前が浮かぶ。
あ、そうか。この世界では華族の名前は漢字だったんだわ。
あれ、ところで慧威くんはどこに行ったのかしら!?




