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19 設定というか妄想です

「まず、姫様が伯爵に話した設定を確認させてください」

「わ、わかったわ」


 亜蓮様に話した妄想……ううん、将来を誓い合った相手の設定のことだ。

 ああ、カイに妄想設定を話さねばならないなんて……。

 恋人の役を頼むからには腹を括って話すしかない。


「……まず、以前から心に決めた方がいるとお話したの。だ、だってほら、婚約者候補だなんて名乗りを上げられたら、もう打つ手はそれしかないって思って……」

「で、それから?」

「そ、それから……その方と結ばれるなら平民になっても構わないって言ったの。だってほら、その方が身分と関係なく真剣にお付き合いしている感じが出ていいかなって……思って、あの……」

「確かに。下手に貴族の名を出せば、すぐに嘘だとばれてしまいますから賢明な判断だと思います」

「そ、そう?」


 よかった。ここまでは上手く誤魔化せたみたいだし、カイにも納得してもらえたみたい。


「姫様が市井の者に会う機会など、城の使用人くらいですから、仕方なく俺の名前を出してしまった……ということでいいですか?」

「…………」


 違う。

 心に決めた人が、あなただから。

 でも、そう言ったら彼はどう思うのだろう?


「姫様?」


 怪訝そうなカイの声色に、我に返る。

 駄目駄目! 今は言えない。

 わたしを慕ってくれていると言ってくれたけれど、それはあくまで王族であるからだろう。

 いくら力のない第四王女だとしても王族。腐っても鯛、というやつだ。


「ええ……そう、あなたの言う通りよ。ごめんなさい……変なことに巻き込んでしまって」

「いえ。今更ですからお気にせず」


 そう言って彼は、おどけたように首を竦める。

 でも、今まで面倒ごとに彼を巻き込んだことなんてあったかな?


「今更って……今まであなたをおかしなことに巻き込んだ覚えはないのだけれど」

「わからないならいいです」


 必死にこれまでの行動を思い起こしてみる。あるとすれば、アレだ。アレしかない。


「……そんなに堆肥作り、嫌だったの?」

 恐る恐る訊ねる。するとカイは何とも言えない表情になると、盛大な溜息を吐いた。

「まあ……ご想像にお任せします」


 やっぱり相当嫌だったんだ。

 庭師の妻を目指して、堆肥作りに熱を入れたのは、やはり間違いだったようです。

 ゲームのとおり、深窓の姫君を目指せばよかったと、後悔しても後の祭り。しかも、仮の恋人役なんてさせてしまって、わたしに対する恋愛指数はゼロ、というかマイナスだ。


「それで、俺と姫様は結婚の約束をしていたってことでよろしいですか?」


 カイと結婚! もちろん設定の話をしていることはわかっているけれど、彼の口からその言葉を耳にした途端、のたうち回りたくなるような恥ずかしさと嬉しさと、申し訳なさが込み上げる。

 カイと結婚だなんて、図々しい妄想をしていてごめんなさい!


「いえ……まだそこまでは話が進んでいない設定です」


 真剣な顔でそんなことを言われたら、これが設定の話だと忘れてしまいそうになる。

 でも違うから。あくまでこれは亜蓮様との結婚ルートから脱するための作戦会議。勘違いしちゃいけないし、期待しても無駄だから。

 

「あと……鳳凰院伯爵は、持参金欲しさにわたしを利用しているんじゃないかって」

「平民に降嫁しても構わないなんて、王族との婚姻で地位を固めたいと望む伯爵にとっては皮肉に聞こえるでしょうね」

「……そうね」


 別に亜蓮様を皮肉ったつもりはなかったのだけれど。

 悪いこと、言っちゃったかな……。

 亜蓮様ルートを攻略したから知っている。彼の中に流れる異国の血が、彼をどんなに苦しめていたかを。


 女たらしで軽薄そうだけど、本当は寂しがりやで愛情深い人。

 最初は此花を駒としてしか見ていなかった。けれど無垢で純粋な此花と過ごすうちに、亜蓮様の心は癒されて、次第に此花に惹かれていったわけなのよね。


 でも、中身がわたしじゃ、亜蓮様も心癒されないだろうしなあ。それに、ラストまでの道のりはかなりハードだった。途中殺されてバットエンドもあったしね。

 それよりなにより、わたしはカイ一筋ですから!


「姫様」


 あ、いけない。つい考え事をしてしまった。

 

「やはり、考え直しますか?」

「え? 設定のこと?」

「いえ、そうではなく……」


 何かを言いたげに、でもカイは言葉を閉ざしてしまう。

 言いたいことを飲み込むなんて、カイらしくない。


 やっぱり……こんなお願い事、気が乗らないんだろうなって思う。

 でも、仮だとしても恋人の役を引き受けてくれたことが嬉しくて、真似事でもいいから傍にいてくれるのが嬉しくて。


 だから、自分から「もういいよ」って言いたくない。

 本当の気持ちを伝えたら、きっと彼はわたしから離れて行ってしまう。だけど、言わなかったら傍にいてくれる。恋人の振りをしてくれる。


「……では、話を進めましょうか」

「ええ、そうね」


 紙にでも書き留めておきたいけれど、他の人の目に付いたら厄介だ。だから、しっかりと頭に叩き込むしかない。

 まだ熱いマグカップを持て余しながら、カイは淡々と語り出す。


「まず、俺と姫様はいつから付き合ってくることにしますか」

「えっと、そうね…………いつ頃からがいいかしら?」

「そうですね……」


 カイは真っ直ぐにわたしの目を見つめながら考える。

 わ、わたしの顔にヒントは書かれていませんよ!?

 油断していると、顔がゆでだこのように真っ赤になってしまいそう。気を紛らわそうと、熱々のマグカップを握りしめる。あっつい!


「十五歳をお迎えした誕生日からでは、いかがでしょう?」

「去年の誕生日?」

 なぜ? と目で問うと、カイは真顔のまま答える。


「成人を迎える前に予約しておいた方がいいと思いませんか?」


 予約?! 期待はしていなかったけれど、もう少し言い回しを……物は言い様って言葉があるのだから、もうひと工夫欲しかった。


「……そうね、予約。事前の手回しは大事よね」


 がっかりしたものの、それを表に出さないように神妙に頷くことしかできない。


「結婚を考えるなら、それくら前から準備が必要でしょう。しかし、あまりに前だと子供の約束で片付けらえてしまうでしょうから、一年前が妥当でしょう」

「でも、お付き合いの段階でしょう? 結婚の話はまだだと」

「王女殿下と交際するとなれば、結婚を前提に考えるのが当然かと思いますが」


 熱いお茶を冷ます合間に、カイは平然と言ってのける。

 ここで叫ばなかった自分を褒めてあげたい!

 冷静に。冷静になれ、わたし! これはあくまで設定なのだから。


「……そう、なの?」

 ちょっと恍けて小首を傾げると、カイは薄く微笑んだ。

「少なくとも、俺なら結婚も考えない相手と付き合ったりはしません」


 素っ気ない言葉だった。けれど、このひと言は刃となって、わたしの心を貫いた。

 彼に無理強いをさせているのだと、改めて自覚する。


「では……去年のお誕生日から、ということにしましょう」


 前世の世界では十五歳でも十分子供であるけれど、この世界では王族や貴族なら婚約なんて当たり前の年齢だ。カイの言うことにおかしいところはない。


「姫様」

「なあに?」

「このまま計画を進めても、本当によろしいですか?」


 何だろう。改まって。

 カイがいつになく真剣な顔をしているから、わたしもつられて背筋を伸ばす。


「もちろんです。お願いします」

「鳳凰院伯爵だけではなく、他の婚約者候補の方々も遠ざけてしまうことになりますが」

「ええ、そうね」

「姫様は、一生ご結婚なさらないおつもりですか?」

「……っ」


 カイと結婚できたら、それが一番だけど……。


 彼が言いたいのは、子供騙しのような方法では、亜蓮様やその他の候補者との婚約は避けられないということだろう。王女が市井の者と婚姻なんて、これまで例がないわけではないけれど、反対の声が多数に違いない。

 しかも、婚約破棄をしたら、いくら第四王女でも優良物件との婚姻は難しい。


 でも、わたしはカイがいい。他の人じゃ嫌だ。

 だけど彼はわたしに恋愛感情は抱いていない。だったらせめて、短い間だけでも夢を見させて欲しい。


「そうね……」


 今、こんなことをいっても冗談だと取られるに決まっている。だから、わたしは敢えて本心を口にする。


「いっそのこと、庭師……になろうかしら」

「ああ、姫様でしたら、庭師として独り立ちできそうですね。ご結婚せずともやっていけるでしょう」


 ものすごく納得したようにカイは頷いたけれど……。

 本当は「庭師の妻」って言いたかったのに! 

 やっぱり恥ずかしくて言えなかったわたしの馬鹿ー!

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