18 恋人に見えません?!
久しぶりに更新を再開しました。
ぼちぼちの更新になりますが、今度こそ完結させます!
距離が、近い。かつてないほど近い。前髪が触れ合うほどの至近距離から、カイの瞳を見るのは初めてだった。
彼の青みがかった灰色の瞳は、中心は淡い空色に近い。
やっぱり、雨上がりの空の色みたいに綺麗な色。
単純なわたしは、単純に綺麗だなあと見惚れてしまう。
「姫様には……負けました」
擦れた声で囁くと、カイは瞼を閉ざした。紅茶色の睫毛が意外と長いと気付いた時には、カイとの距離が離れてしまっていた。
え、これ……勝負だったの?
「えと……わたくしの、勝ち?」
「はい、完敗です」
「そんなにわたくしの顔、面白かった?」
「…………」
カイは一瞬ぽかんとした顔になったかと思ったら、くしゃりと破顔した。小さく肩を揺らしながら、堪えるように笑う。
「カイ?」
「……はい、大変楽しませていただきました」
わたしがカイに見惚れている顔は、よっぽどおかしなものだったらしい。
おかしいなあ、顔の造りは良いはずなのに。やっぱり、中身の問題かしら。
カイは笑いをどうにか収めると、今度はお行儀のいい笑みを浮かべる。
「後程、設定を共有しましょう。伯爵とお会いするまでに対策を練らねばなりません」
「ええ、そうね」
カイは再び鋏を握ると、くるりと背を向けてしまう。
え、会話終了?
あまりにも素っ気なくて、物足りない。もう少し一緒にいる時間を引き延ばしたかったけれど、今彼は仕事中なんだから邪魔してはいけない。それに、小屋のところでアヤメも待っている。
「では、カイ。また明日お願いね」
名残惜しさを感じつつも、踵を返そうとした時だった。
「姫様」
足を止めると、振り返ったカイは淡いクリーム色の薔薇を手にしていた。棘を取りながらこちらに歩み寄ってくると、その薔薇をわたしの髪に挿した。
前世で観たスチルに似たシーンがあった気がする。
「あ、りがとう」
「よくお似合いです」
ぎこちなく微笑むカイ。唐突、ゲームのワンシーンの再現に戸惑ってしまう。
でもスチルだと、カイは蕩けるような笑顔だった。そこは違うんだなあ……。
ふと思い出して、カイの指を見ると、やっぱりゲームのシーンと同じように棘で傷ついていた。
画面の向こうで、手当してあげたいってずっと思っていたの。ゲームの此花は心配するだけだったけれど、今のわたしなら手当もできる。血止めの薬草だって、ちゃんと知っているのだから。
「カイ、指を見せて」
半ば強引にカイの手を取ると、傷口を確認する。案の定、手は棘の傷だけではなく、タコが出来たり切り傷があったりボロボロだった。
「平気です」
「駄目よ。酷いわ」
血止め草の在処を思い出していると、カイの手を握っていたはずなのに、いつの間にかカイの手がわたしの手を握りしめていた。
「カイ?」
堅くてざらついた手のひらは、大きくて骨張っていて、温かかった。目線を上げると、またもや近くにあるカイの瞳に驚く。
「駄目ですよ姫様」
何が、と問う前に彼は苦く笑う。
「恋人と騙るのなら、少しは意識していただかないと」
カイの手が、今度はわたしの頬を撫でる。ざらりとした指先だけれど、わたしの肌を傷めないように優しく触れる。
意識? 意識って?
頭が理解する前に、顔がぼっと熱くなる。その間に、少し首を傾けたカイの顔が近づく。
もしや、これは……。
期待に高鳴る心臓が痛いくらい鼓動が激しい。
このままでは心臓が持たない。堪らなくなって、ぎゅっと目を閉じる。
「うかつに目は閉じない」
次の瞬間、ごつっと額に衝撃がくる。
「いったぁ……」
カイが頭突きをしたのだと気付く。
おかしい、ここは甘い展開が待っているんじゃなかったの?
涙目になっているわたしを見下ろして、カイは溜息を吐いた。
「鳳凰院伯爵を騙すなら、もっと頑張ってください。とてもじゃないけど、このままでは俺と姫様は恋人同士には見えません」
何ですって! 恋人同士に見えない!?
「明日、休憩時間に打ち合わせをしましょう」
「ええ……」
「侍女殿が迎えに来ますよ」
「ええ……」
衝撃発言に茫然としながら振り返ると、アヤメが肩で風を切りながら歩み寄ってくるところだった。
いけない、アヤメを待たせていたんだった!
「カイ、薔薇をありがとう!」
軽く会釈をする彼に手を振ると、アヤメの下へと走り出した。
* * *
翌日。亜蓮様に対抗するための作戦会議を開くことになった。
アヤメや他の庭師たちに怪しまれないよう、庭仕事の合間に休憩と称して小屋へ招集されのでした。




