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幕間 つのらせた、思い

カイの視点から。

 姫様には申し訳ないが、下手な変装などをしても、すぐにわかってしまった。


 姫様、一体何をしているのですかと。


 本人は変装しているつもりのようだが、銀髪を黒髪にしただけで、顔立ちも瞳の色も背丈も体型もそのままだ。

 それに何より些細な仕草がいちいち綺麗なのだ。いくら侍女服に着替えたとはいえ、立ち姿でさえ他の侍女たちとは違う。


 すぐに正体が知れるだろうと思っていたが、そもそも、城でも王族の顔など知る者の方が少ない。王族特有の銀髪を隠していれば、わかるはずもない。

 しかも、意外にも周囲に溶け込めているからますますだ。育ちのいいご令嬢が、何らかの事情があって侍女の仕事についているくらいにしか思われていないようだ。


 まさか王女が侍女の振りをして働いているなんて、誰が思うだろう?


 そもそも姫様は、誰もが想像する王女像とはかけ離れている。

 市井の者にも気さくに接し、地道な仕事もせっせと励む。失敗をすれば謝罪もするし、些細なことでも感謝の言葉を述べる。それが、うちの姫様だ。


 国王夫妻や兄である王子や三人の姉姫たちも、それに近い気質ではあるのだが、やはりどこか近寄りがたい空気を纏っている。それが持って生まれた気品というものなのかもしれない。


 ところが姫様は、黙っていれば精巧な人形のような容姿であるが、話をし出すとガラリと印象が変わる。素直な気質がそのまま表情に出るのか、笑ったり落ち込んだりと忙しい。

 最初は末子だから、多少甘やかされてきたからだろうと思っていたが、どうやらそれだけではないようだ。


 上の兄姉たちが、王の子としてそれぞれの役割を果たしてしまった今、末子の姫様には何も求められていなかった。だから他の兄姉たちよりも自由に育てられた。

 国王夫婦にはそのつもりはなかったのであろうが、放任に近い状態だった。公務で忙しい身であるから仕方がないことなのかもしれないが、従者たちに彼女の教育を任せ過ぎた。


 もちろん衣食住、王女としての教育は姉姫同様受けていた。足りなかったのは、家族との触れあいや会話だ。

 娘に対して愛情がないわけではないだろう。構えない代償に、振袖や髪飾り、人形や菓子など多くのものに囲まれていた。

 だが姫様が求めていたのは、些細な出来事を語ったり、楽しみを共有したり、遠慮なく甘えたり、そういったものだった。


 しかし、家族から得るのをすでに諦めていたのたろう。姫様は会話や触れあいを他の者たちに求めた。

 王城で働くものならば、王女が声を掛けたら無視などできない。長いこと使用人たちと接してきたせいもあり、感覚が市井の者たちに近いのだろうと思う。


 とはいえ、王女が頻繁に王城を勝手にうろつくのも問題だ。姫様が庭仕事に興味を抱いたのをこれ幸いと、専用の庭園と庭師たちを王が与えたというわけだ。


 姫様の庭仕事の件は公にしていないものの、人の口には戸口は立てられない。本職の庭師たち、特に年若い庭師が興味を持った。

 俺が姫様専属の庭師だと知ると「一度くらい交代してみないか」と提案されることが多々あるわけだ。

 一度くらい王女殿下を間近で見たいという気持ちはわかるが、首を縦に振るわけがない。


 王に与えられた仕事なのだから当然である。しかし、違う危惧もあることにはある。

 空の上の存在だと思われている王女に、あんな笑顔を向けられたとしたら。あらぬ期待を抱く輩が増えること間違いなしだ。


 無防備過ぎる姫様に、最初の頃は注意を促してきた。しかし、わかったと言う割には、ますます親しげな態度で接してくる。だから今度は態度で距離を取るよう示してきたが、いまだに子犬のように懐いてくる。

 姫様には、そういった態度が相手を誤解させるという自覚がないのだろう。


 だから侍女のなりをした姫様が現れた時は、頭を抱えたくなったものだ。幸いアヤメ殿という防波堤があったから問題は起きなかったが、姫様が笑顔を振りまく度に気が気ではなかった。

 だが、こちらから話し掛けると、少し緊張して受け答えをする姫様は面白かった。姫様だとわかっているのに、ハナという別人として接するのは新鮮だった。


 姫様には親しげに振る舞えないが、ハナにはそれができる。最初は姫様のごっこ遊びに合わせてあげているつもりだった。しかし本当は、姫様自身に振る舞いたかった態度をハナで実行しているのだと気が付いた。


 ああ、そうだ。

 本当はもっと優しくしたかった。

 もっとたくさん話をしたかった。

 戯れみたいにではなく、もっと触れてみたかった。


 初めて出逢ったあの日から、彼女に対して、そんな思いをつのらせていたのだと、ようやく気が付いたのだ。

 



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