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11 元王配候補の登場です

 立太子の儀もつつがなく終わり、桐人(きりと)兄上は正真正銘の王太子となった。

 残念ながら、わたしは儀式では立ち合えない。でもその後で開かれる宴には出席できる。そして、ついでに第四王女が成人したことにも触れるらしい。

 ま、わたしの誕生日なんて、身内でさくっと祝って貰えれば十分だけどね!

 いずれは王家から出ていく身だし。ゲームては結構盛大にお祝いしていたのは、王太子になることを見込んでだったのかもしれないと思うと、怖い怖い。

 

 王太子を祝う宴は意外にも立食式だった。確かに立食の方が賓客との挨拶も容易いからだろう。庭園に面した大広間で行われる会食は開放的な雰囲気だ。弦楽器で構成された楽団が奏でる音は心地良く、穏やかな風が薔薇の香りを運んでくる。


 賓客はこの国の中枢を担う華族たちだ。普段は登城しない奥方や子供たちの姿も見られる。が、子供と言っても、わたしよりも歳上の子供である。つまり後継ぎの嫡男や、年頃のご令嬢だ。恐らくこの場は、体のいい出逢いの場でもあるのだろう。

 ま、わたしには関係ないけどね!


 長すぎる祝辞を聞いた後、ようやく乾杯を終えた後はご挨拶合戦である。

 今日の主役は兄上だけど、一応わたしは王女だし、成人を迎えるという節目の歳だ。お祝いの言葉を雨のように浴び、笑顔でお礼を述べる。そんなやり取りをどれくらい続けただろう。ようやくご挨拶が一段落して、やっと解放される。

 給仕から受け取った飲物を口にして、安堵の息を吐いた。


 広間の中央で、歳が近い華族たちに囲まれている兄上の姿を眺める。形式張った挨拶が終わり、親しい友人たちと談笑している。兄上の柔らかな笑顔を目にして胸が熱くなる。

 よかった。兄上が無事王太子になられたこともそうだが、王配候補者との恋愛ゲームが始まらなかったことに、大いに安堵した。

 安心したら、お腹が空いたな……。

 何か甘いお菓子でも取りに行こうかな。視線を巡らせ、スイーツコーナーを特定する。そして「いざ行かん!」と一歩進んだ時だった。


此花(このはな)


 低く穏やかな声が、スイーツコーナーへ行かんとするわたしの足を引き留めるこの声は……。


「兄上」


 振り返ると、こちらへ向かってくるのは二人の青年が視界に飛び込んでくる。

 短くまるで鋼のような銀髪を持ち、白い礼服に身を包むのは桐人(きりと)兄上。そして、長身の兄上よりも拳ひとつ分背の高い青年。柔らかく波打つ金髪は、まるで蜂蜜のよう。そして異国めいた彫りの深い顔立ち。


 こ、この人は……!



 ***

 鳳凰院ほうおういん 亜蓮あれん27歳

 異国人の母を持つ自国の若き伯爵。国内でも浮名を流す色男。

 王配候補のひとり。

 ***



 で、出た~!!

 攻略キャラの中でも、メインキャラであるこのお方と、よりによってこんな日にお会いしようとは!


 背後にキラキラと薔薇の幻影が見える。背も高くて均整がとれた体格は、黒い礼服が良くお似合いです。顔立ちは東洋人よりも彫りが深いものの、西洋人ほと濃くはない。両方の良いところを集めたらこんな顔になるんだろうな。羨ましい!

 モニタ越しのスチル画面だけでも悶絶していたのに、直に目にするなんて眼福を通り越して、色んな意味で失神寸前です。


 でもね、落ち着くのよ! 此花(このはな)

 自らを叱咤しつつ、狼狽えながらも王女スマイルを浮かべることに成功する。


「ご機嫌よう、鳳凰院伯爵。父君から爵位を継がれたこと、兄より伺っております。おめでとうございます」


 そうなんです。つい最近、お歳を召した父君から爵位を継いだのだと、兄上から聞いたばかりなのです。その時のわたしは呑気に「ほほ~若き伯爵様の誕生かあ」と、その程度の感想しか抱いていなかった。

 だって! 顔を見るまで名前すらも、すっかり忘れていたんですもの!


「王女殿下から直々にお言葉をいただけるとは、身に余る光栄でございます」


 するとこのイケメンさんは、非の打ち所のない完璧な笑顔で返す。

 ほほぉ、これぞ腰もくだける甘い声。亜蓮(あれん)押しではないわたしでも、どきどきしてしまうもの。

 ちなみにわたしは、この手のいかにもってキャラはあんまり興味がないのよね。一応、亜蓮(あれん)ルートも攻略したけど、ヤンデレ令嬢に絡まれたり、実は亜蓮(あれん)様も病んでいたりと、なかなかヘビーなルートだった。


 でも、ラストは心を開いた亜蓮(あれん)様の曇りのない笑顔に、うっかり心を奪われそうになったことは内緒です。

 そうよ。わたしはカイ一筋なんだから、亜蓮(あれん)様の笑顔に悩殺されている場合ではない。


「王女殿下もご成人されて、ずいぶんとお美しくなられた」


 シンプルな褒め言葉でも、この方が言葉に乗せるとお腹がいっぱいになるからすごい。あ、こういう場合は胸いっぱいか。


「ありがとうございます」


 社交辞令だとわかっていても、悪い気はしない。自分の現金さに思わず苦笑してしまう。

 まあ、確かにヒロインなのだからそれなりに可愛いはずと自覚はしているものの、賛美称賛されることに慣れていない。

 前世の記憶も半分あるからっていうのもあるんだけどね。前世の私はごくごく普通の女子高生で、容姿も平均的。お化粧でもしたら、もう少し見栄えはしたかも? って思いたい。


「王太子殿下、少し王女殿下とお話をしたいのですが、許可をいただけますか?」

「……この場でならば、許可しましょう」

「ありがとうございます」


 亜蓮(あれん)様は、にこやかな笑顔を兄上に返す。対して兄上は少し苦い表情。でもそれは、恐らく他人には気づかれない程の変化だ。さすがに、あからさまに嫌な顔はできませんからね。


「では亜蓮(あれん)殿、妹をよろしく頼みます」

「え。あの、兄上?」


 ちょっと待った!

 さりげなく立ち去ろうとする兄上を引き留める。なんなの、今「あとは若いお二人で」みたいな含みを感じたのは、ぜひとも気のせいであって欲しい。


「兄上も」


 一緒にいてください。と続けようとした言葉は、兄上によって遮られた。


「ごめんね此花(このはな)、まだ挨拶が残っているんだ。せっかくだから亜蓮(あれん)殿と話をしてみるといいよ」


 優しく前髪を撫でると、こっそりと耳元で囁いた。


「大丈夫、後ろにアヤメが控えているから」


 いつの間に? 振り返って確認をしたい気持ちが沸き上がるが、ぐっと我慢をしておく。多分、アヤメが付いていると、亜蓮(あれん)様には気付かれない方がいいのかもしれない。

 兄上は笑顔と共に、人々が集う場所へと行ってしまった。すると、入れ替わるように亜蓮様が距離を詰めてきた。


「王太子殿下は王女殿下を大切に思われていらっしゃるのですね」

「ええ……兄上はいつもお優しいですから」

「大切な妹君とお近づきになる機会をいただけるとは、誠に光栄です」

「こちらこそ、伯爵とお話が出来て光栄ですわ」


 本当はお近づきしたくなかったです。なんて言えるわけもない。社交辞令の笑顔を浮かべる。

 女ったらしという設定があるけれど、彼が相手にするのは既婚者や未亡人といった年上の女性ばかり。彼とわたしは十歳以上年が離れているし、さすがに王族を手に出すまで愚かではないはず。

 この人が王配候補になることはもうないのだから、わたしと接点を持とうとするのは何でかな?

 もう見えなくなった兄上の背中を眺めながら、頭の中に浮かんでは消える可能性を、あれやこれやと考えていた。


「もしや、殿下からまだお聞きになっていませんでしたか?」

「まだ……とは?」


 なんだか、いやーな予感がする。でもそれを顔に出さないようにして、可愛らしく小首を傾げてみせる。すると彼は、少し困ったような笑みを溢す。


「どうやら少し先走ってしまったようですね。失礼を致しました」


 晴れやかな空色の瞳が近づき、大きく滑らかな手がわたしの手をそっと掬い上げる。そして、手の甲に柔らかく温かな感触が。


「この度、殿下の婚約者候補のひとりとして選ばれました」


 手の甲にキスされた。と、後から遅れて気が付いた。

 ぎゃああ! 姫君らしからぬ悲鳴を声に出さなかったことを、どうか褒めて欲しい。


 こここ、婚約者? まだ候補らしいから正式にではないのだろうけれど!


「どうされましたか殿下?」

「……」


 そうよこの人、最初は王族との婚姻が目的で婚約者に名乗りを挙げたんだよね。

 華族って由緒ある血筋っていうものを信仰しているところがあるから、半分異国の血を持つ亜蓮(あれん)様には人知れず苦労もあったのだろう。


 でも、だがらと言って婚約者は無いです!


 だって、この人稀代の女ったらしですよ? 兄上が何とも言えない表情をしていたのは、こういう訳だったのかとも納得だけれども。確かに家柄としては、第四王女の降嫁先としてはちょうどいいのかもしれない。でも。

 絶対っ、嫌だぁ!

 だからと言って、この場でそんなこと言えるはずもない。


「突然のことで少し驚いてしまっただけですわ」


 今は猫を被るしかない。戸惑いの表情を浮かべ、控えめな王女スマイルでやり過ごす。


「どうか、心の片隅に留めて頂ければ光栄です」


 亜蓮(あれん)様は、唇で弧を描くように微笑む。しかし、その空色の目は笑っていなかった。


 誰か、誰か、このルートの攻略方法を教えて!

 


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