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【書籍化決定】本の虫令嬢は幼馴染に夢中な婚約者に愛想を尽かす  作者: 初瀬 叶


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第60話  〈最終話〉

「メグ、準備は出来てる?」


「ええ、殆ど。後はフェリックス様の……」


明日から学園は長期の休みに入る。教師となって、半年以上が経った。

結婚したフェリックス様と私は、ハウエル侯爵邸から離れ、希望する近衛騎士に与えられる、こぢんまりとした屋敷に住んでいた。


お義母様は寂しそうにしていたが、フェリックス様の『今は二人で過ごしたい』という希望に渋々ながら応えてくれた。正直、私もここからの方が学園にも近く、通いやすいので助かっている。


侯爵夫人としての務めは、週に一度ハウエル侯爵邸に通い、お義母様に習いながら少しずつ……といった所だ。毎日が新鮮で忙しい。最近では本を読む機会がめっきり減ってしまった事が、少し寂しかった。


もう『本の虫令嬢』と呼ばれていた私はどこにも居ない。あの……学園最後の一年で、私は……いや私の周りや環境は大きく変わってしまった。私の本質は変わっていないと思うのに、何とも不思議な話だ。


「あの時には、こんな風にフェリックス様と過ごす様になるなんて思っていなかったわ……」


私の小さな独り言に、


「ん?何か言ったか?」

とフェリックス様が反応した。


「いいえ。少し昔を思い出していただけです」


そう言って私はテーブルに置かれた手紙に目を落とした。


すると、椅子に座っている私をフェリックス様が背後からギュッと抱き締める。


「え?フェリックス様、どうかなさいましたか?」

突然の事に驚く私にフェリックス様が、


「メグが遠くに行ってしまう気がして、不安になった」

とポツリと言った。


「デービス様の手紙を見ていたからですか?」



「まぁ……」


テーブルに置かれた手紙の差出人はデービス様。それは、あれから色んな国を旅したと、事細かにその様子を知らせてくれる手紙だった。


私がそれを羨ましそうに眺めていたせいだろう。どうも最近のフェリックス様は心配性になってしまった様だ。


私は自分を抱き締めるフェリックス様の腕にそっと手を乗せる。


「私はずっとフェリックス様のお側におりますよ」


私がそう言えば、フェリックス様は少しだけホッとした様に息を吐いた。



「それに……明日からは二人で旅行ではないですか。私が一人で遠くへ行くことなど有り得ませんよ」


いや……本当は一人旅もしてみたい。……が、今のフェリックス様には到底無理な相談だろう。もう少し歳を重ねて……それからの楽しみに取っておくのも悪くない。


「それはそうだが……あいつが居るんだろ?」


「どうでしょうか?デービス様はお忙しそうですから」


デービス様の手紙の中に、今いる国がとても素晴らしいと書いてあった。私がそれにすっかり魅了されてしまった事を覚えていたフェリックス様が『新婚旅行に』とその国への旅行を提案してくれたのだ。

デービス様もその国がとても気に入ったからと、当分そこに滞在するという旨を書いてあった。しかし、まだそこに居るという確証はない。運が良ければ……といった所だろう。


「それはそうと、お義父様は怒っていらっしゃいませんでしたか?」


尋ねる私にフェリックス様は少し眉間に皺を寄せた。


「ブツブツ言ってたな『副団長のくせに』って」



少し前に行われた王家主催の剣術大会で、見事フェリックス様は準優勝した。ちなみに優勝は団長であるお義父様だ。

お義父様が団長になるまでの剣術大会はずっとお義父様が優勝。しかしそこには団長の参加は無かった。何故と尋ねると「団長のくせに負ける姿を見られたくなかったんだろう』との結論に至った。どうもお義父様の強さは頭一つ抜きん出ていた様だ。



その準優勝でフェリックス様は先日副団長になった。フェリックス様も剣の腕は確からしい。

このままなら、十年前殿下の任務を引き受けなくても順当に団長になれたのではないか……と思うが、それを口に出すと私達の十年を呪いそうになるので止めておいた。


「父上が何故ずっと団長を拒んでいたか知ってるか?」


前にお義母様に聞いた。忙しくなるのが嫌だからだ……と。確かフェリックス様はそれをお義父様が伯爵家の出だからだと誤解していた様だが、今はそうでなかった事をすっかり理解していた。


「陛下に付いて国中を飛び回ると剣の鍛錬も疎かになるからと……」


私はお義母様から聞いた言葉をフェリックス様へ答えた。


「前半は正解。後半は……不正解だ」


「不正解?」


「そう。国中飛び回ると……母上と一緒に居る時間が益々短くなるからだ」



「そうなのですか?!」


「あぁ。母上には内緒だがな。だから俺に文句を言うんだ『自分の時はそんな風に長く休みを取って二人で旅行など出来なかったのに!』ってな。そう言えば昔の自分の話を引き合いに出すのはおじさんの証拠だったな」


カイザー様に言われた事を、まだ根に持っている様だ。

だが……お義母様とお義父様がお互い素直になれば、もっともっと良い関係が築けるのではないかという予感に私は胸がワクワクした。お二人にも、これからも仲良く過ごして欲しい……今の私達の様に。



「ならば今度はお二人に旅行をプレゼントしましょう!」

私がナイスアイデアと思って言ったその一言にフェリックス様の表情が曇る。


「団長が長く休めば、俺がその分忙しくなってメグと一緒に居る時間が減るじゃないか」


「……フェリックス様。私は覚悟しておりましたよ。騎士の妻は放っておかれると」


「俺が覚悟出来ていない」


フェリックス様が犬なら耳も尻尾も垂れ下がってしまっている事だろう。……しかしまぁ、何とも大きな犬だ。



すると、メイドが小包の様な物を持ち、私達の元へと現れた。


「デービス様からです」


手紙の時とは違い、厚みのある小包に私は何となくワクワクする。…、名産品か何かかしら?

メイドに手渡されたその小包を開けてみると……


「まぁ……本だわ。しかも著者名にデービス様の名前が!」


私の後ろから覗き込んだフェリックス様がその本のタイトルを口にする。


「『本の虫令嬢は幼馴染に夢中な婚約者に愛想を尽かす』………」


その少し悲しそうな声に、私は振り向いた。ちょっと泣きそうな顔のフェリックス様が居る。



「愛想を尽かしていたのは昔の話です」



「昔は愛想を尽かしていたんだな」

落ち込むフェリックス様に私は立ち上がり、口づけをした。


「私はなりたい自分に会えました。昔の自分も愛おしく思いますが、私は今の自分が好きです」



「……俺はずっとメグが好きだよ」


フェリックス様は改めて私に口づけた。私達を隔てていた眼鏡はもうない。


私は改めてその本を手に取りパラパラと捲る。


今までずっと脇役だと思っていた自分だが、この物語の主人公は私のようだ。そしてこれからの私の人生の主人公も間違いなく私自身なのだ。



               ―Finー




これで「本の虫令嬢は幼馴染に夢中な婚約者に愛想を尽かす」は完結となります。

最後までお付き合いいただきました皆様に心より感謝申し上げます((◕ᴗ◕✿)(

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