第56話
「結局……他国の文化に触れ、たくさんの事を学び切るのに十年も掛かってしまったが、周囲に何も言わせない程の婚約者も得ることが出来た。その分……フェリックスには迷惑をかけたな」
苦笑する殿下にフェリックス様は問う。
「何故……俺にステファニーを任せたのです?」
「これを言ったらお前は怒るだろうなぁ~」
殿下は言い渋るが、フェリックス様はその答えを既に予想している様だ。
「何となく分かりますし、もう怒りませんよ。呆れてはいますけど」
「怒らないか?なら言おう。お前はそうだな……例えるなら『生贄』だ。言葉は悪いがな」
フェリックス様の目が死んでる。予想していたとはいえ、十年……任務と思ってやってきただろうに。ちょっと可哀想に思えてきた。
「でしょうね」
「……殿下。勝手に息子を生贄にしないでいただきたい」
フェリックス様とハウエル侯爵がため息交じりにそう呟いた。
「ステファニーがフェリックスの事を好きな事は分かっていたからな。私の留学中、お前が側に居れば私の邪魔をしないと思ったんだ。
私が留学を決めて、ステファニーにそれを告げた時『ならば私もついて行く』とステファニーに言われてな。背に腹は代えられなかったんだ」
淡々と言う殿下に私も父も……皆が呆れていた。ステファニー様以外。
「で、では……フェリックスが私の側に居たのは……殿下の命を受けて?」
多少なりともフェリックス様からの好意を感じていたステファニー様は愕然としている。
殿下にも嫌われ、フェリックス様には仕事と言われ……少し哀れに思えてきた。
そんな私に、
「マーガレット……お前、自分は第三者だと思っていないか?この話で忘れているかもしれないが、元々はお前とフェリックスとの婚約の継続を話し合う場だ」
と父が耳打ちする。
そうだった。つい傍観者の様になってしまった。私も関係者だった……。
「そうだ。お陰で私と十年……型通りの手紙を送り合うだけの交流でも、お前は満足していたろう?王太子妃の予算を使い贅沢三昧。私の名前を使って優越感に浸り、好きな男を自分の側へと侍らせる。な?気分は良かっただろう?」
少し馬鹿にする様な言い方に、ステファニー様の唇は震えていた。
すると、また扉が開いて……
「相変わらず、お前の話は長いな」
と言いながら陛下が部屋へと入って来た。
陛下が『お前』と言ったのは、もちろん殿下の事だ。
「酷いな。理解して貰うために色々と話をしていただけなんですけどね」
殿下は苦笑した。
陛下は殿下と共に前に立つと、
「待ちくたびれた。私はこの後も予定があるのでな」
と忙しく飛び回る陛下らしく、少し早口でそう言った。
「へ、陛下……私が伯爵など……宰相を辞めるなど……嘘ですよね?私と陛下の仲ではないですか!」
登場した陛下に縋る様にアンダーソン伯爵が前に出た。
陛下は無表情にチラリと見ると、
「不満か?なら男爵にでもなるか?」
と告げる。
アンダーソン伯爵は真っ青だ。陛下は続けて、
「お前は貴族受けが良いと思っていたが、弱みを握って意のままに動かそうとしていたとはな。確かにお前とは学友だったし、信用していたさ。だが、犯罪者は私の側近に必要ない」
と冷たく言い放った。
「犯罪者……そんな。私はずっと陛下に尽くしてきました。議会が円滑に進むように努力した結果です!ひどすぎる!」
「煩いな。結果がこれか?ほとほと私には人を見る目が無いようだ。お前の娘を婚約者に据えたのも私の間違いだった。
そこで……だ。この婚約解消の責任の一端は私にある。お前の娘には相応しい婚約者を見繕ってやるから、安心しろ。ちなみにハウエル侯爵の所の息子は諦めるんだな。彼は近衛騎士団団長。その息子の嫁が馬鹿では困るんだ」
陛下は『自分に責任がある』と言いながらも酷い言い様だ。王族とは……やはり私達凡人には計り知れない考えの持ち主なのだろう。陛下も殿下も……ちょっとついて行けない。
「お父様も……大変なんですね」
つい王宮で働く父を思い、私はそう口にしていた。父は横で苦笑いだ。
「あーマーガレット嬢!」
急に名を呼ばれ、私は驚く。
「は、はい!陛下」
私は腰を落とす。
「学園の教師になるんだってな?面白い。侯爵夫人と教師の二足のわらじか。頑張りなさい」
「あ……何故それを……?」
「ん?学長から聞いた。春からは教師だな」
「あの……合否はまだ聞いていなくて」
と言う私の言葉に陛下は『しまった』といった顔つきになった。
「アハハ。まぁ、細かい事は気にするな!おめでとう!」
陛下は笑って誤魔化した。……ひょんな事から自分の合格を知る事になった私は、
「あ、ありがとうございます……」
と無意識に礼を言っていた。
チラリとフェリックス様を見ると、笑顔で私にガッツポーズをしてみせた。私もやっと笑顔になる。横の父も小さな声で『おめでとう』と笑顔で言った。
「そ、そんな事より!私が宰相を辞めて……誰がそれを務めるというのです?議長のギルバートか?法務大臣のローランドか?どちらにしろ、誰かを動かせば、そこにまた人員を割かねばなりません。ならば、うちの息子が成人するまで……」
私の事を『そんな事』と一蹴したアンダーソン伯爵は必死だった。
しかし次は殿下が口を開く。
「安心しろ。次の宰相はゴードン公爵が引き受けてくれた。と言ってもこのジェフリーが成人するまでだがな。ジェフリーが宰相になるまでの繋ぎならと」
「父は嫌々でしたけど」
と殿下の隣でジェフリー様は苦笑いした。




