第53話
「アンダーソンの言う通り!確かに立場や身分を無視した発言をする奴が此処には居るらしい。嘆かわしいなぁ~」
殿下は大袈裟に肩を竦めた。
しかし私は宰相の肩を持つような発言をした殿下に不安になる。
私の気持ちとは裏腹に、宰相は機嫌良さそうに笑顔で頷いた。味方を得た気分なのだろう。
「殿下。陛下は?」
ハウエル侯爵が尋ねる。
「陛下はもうすぐ来るよ。あ!ハウエル侯爵、団長昇格おめでとう!陛下が喜んでたよ。やっと引き受けてくれた!……ってね」
「……まぁ……。それより、今回は陛下との面会を申し出ていたんですが……」
侯爵は怫然としながら殿下に言うと、殿下は『分かっている』といった風に力強く頷いた。
「私が陛下からこの件について引き受けたんだ。自分のケツは自分で拭けという事らしい」
王族らしくない物言いだが、確かに今回の事の発端は殿下にある。
「では、早速話を進めて下さい。殿下に傷つけられた娘の気持ちを思えば、早く結婚させてやりたいので。娘の幸せを第一に考える義務は殿下にもありますからね」
宰相は暗に婚約を解消した殿下を責めた。
「あ~なるほど!そりゃそうだなぁ。女性にとって結婚は一大事。行き遅れる前に決めてしまいたい気持ちも良く分かるよ。じゃあ……早速。アンダーソン、お前は伯爵に降格だ。もちろん宰相も辞めて貰うよ?」
ニッコリと言った殿下の言葉に部屋の中は一瞬シーンと静まり返った。
「な、何故私が……っ!!」
我に返った宰相……いやアンダーソン公爵……いやアンダーソン伯爵が声を荒らげた。……ややこしい。
「何故?……か。自分の胸に手を当てて訊いてみたらどうだ?お前はステファニーが王太子妃に当てられた費用を使い込んでいたのを知っていたな?その上相談した財務大臣に黙っておくように言い含めた」
「そんな……!?どこに証拠があるんです?」
あくまでアンダーソン伯爵は強気だ。
「知ってるか?犯人は犯行を否定する時に『証拠はあるか?』と尋ねるんだ。証拠さえなければ逃れられると思う気持ちが前面に出てるんだろうなぁ……面白い」
殿下はニヤつきながら、顎をさすった。
「そんな分析はどうでも良い!流石に殿下でも勘違いでは済まされませんよ!」
「この紙なーんだ?」
殿下はアンダーソン伯爵の怒りなど気にもせず、くしゃくしゃでヨレヨレの紙を広げて見せた。どうも破った様な跡が見られる。無理やり継いだ様な跡も。
それを見たアンダーソン伯爵の顔色が変わる。
私はその紙に書かれた文字を目を凝らして読んだ。所々、文字が消えかけている。
「サーマル通り……。リンダ……」
そこには住所と女性の名前が書いてある様だった。私はその文字を小声で呟いた。
「な、何故それを殿下が……っ?」
アンダーソン伯爵の顔色が悪い。
「何故か……それは今は特段重要ではない。ここに書かれた女性の名。これは……こいつの愛人の名だな?」
そこで殿下が後ろの扉へと顔を向けた。皆もそちらへ視線を移す。
そこには財務大臣である、スパイク侯爵が仏頂面をしており、その後ろには満面の笑みを湛えたジェフリー様が立っているのが見えた。
ジェフリー様は後ろからスパイク侯爵の背をトンッ……と押すと、スパイク侯爵は渋々といった風に歩みを前に進めた。
殿下の前にスパイク侯爵は連れて来られた。側に居るジェフリー様の笑顔が怖い。
「やぁ、スパイク侯爵。ゴードン公爵邸の居心地はどうだったかな?」
殿下が目の前のスパイク侯爵にそう尋ねると侯爵は不満そうに口を尖らせた。……なるほど。居心地は悪かった様だ。
「おかしいな。大切な客人として丁重におもてなししたのに」
ジェフリー様はクスリと笑った。
「……私は何を話せば良いんですか?」
ジェフリー様の言葉を無視したスパイク侯爵は殿下に低く唸るように尋ねた。
「まず、真実だけを述べると誓ってくれるか?ここで嘘をつかれると後々面倒だからな」
「……分かってます。今更隠しても仕方ない。何でも答えますよ」
スパイク侯爵は不貞腐れた様子で殿下の視線を逃れる様に横を向いた。
「では、初めに。リンダという女を知ってるな?」
「……はい」
「関係は?」
そう笑顔で尋ねる殿下とは真逆でスパイク侯爵の口は重かった。どうも答えたくないようだが、それが答えというものだろう。
「関係は?」
口ごもるスパイク侯爵に、再度殿下は笑顔で尋ねる。首を少し傾げる様は何となく可愛らしいのに、何故か私は背筋が凍るような気持ちになっていた。
スパイク侯爵も顔を青ざめさせて、
「……私が面倒を見ている女です」
と声を震わせながら答えた。
「ほぉ!我が国は一夫一妻制。王族であっても側室を持つことも認められていないのだが、そんな中お前にはもう一つ家庭があったという訳か!なるほどなぁ~、いやぁ、モテる男は違うねぇ」
殿下は大袈裟に驚いてみせた。
……この人はきっと全てを知っているのだ。……やはり怖い。
「どうせ全部ご存知なんでしょう!!言いたいことはそれだけですか?!」
やけになった様にスパイク侯爵が大きな声を出した。
「そう慌てるな。まだ時間はたっぷりあるんだから。でもまぁ……、そろそろ皆も飽きてくる頃だろう。話を進めるか」
殿下はそう言うと、笑顔を消した。
「じゃあ、お前とアンダーソンとの間に起きた事を話してくれ。なるべく簡潔にな」
殿下の声は一気に冷たいものへと変わった。
「ステファニー嬢から……殿下の婚約者としての贈り物に不満があると言われた事がきっかけでした。だけどもそれには予算が決められておりましたし、贈り物を決めていたのは妃陛下です。
困った私にステファニー嬢は言いました『ならば内緒で王太子妃に割り当てられた費用の一部を前借りすれば良い』
そんな事は前代未聞。もちろん私は断りました。宰相にもご相談させていただいたのですが、驚くべき事に『少し融通するぐらい良いじゃないか』といわれたのです。もちろん、私はダメだと言いました!!だが宰相は私に『王族にとってこれぐらいは大した金額じゃないんだから心配するな』と。私が難色を示すと……リンダの事をちらつかせてきたのです」
「デタラメだ!!!」
アンダーソン伯爵はそこまで聞いて我慢の限界に達したのか、大声で話を遮った。




