第51話
「実は……ジョーンズ伯爵はとても面白い話をしてくれましてね」
ジェフリー様の口角が少し上がる。
皆、ジェフリー様の言葉の続きを待った。
「大臣は奥方に隠れて別宅を持っています」
ジェフリー様の言葉に一同頭の中に疑問符が浮かぶ。……そして、一拍置いて……
「え!!という事は浮気?!」
と母が一番初めにそれに反応した。
「伯爵夫人のおっしゃる通り。大臣はもう一つ家庭をお持ちの様だ」
ジェフリー様が頷く。フェリックス様は眉間に皺を寄せ、
「まさか……とは思うが……大臣も王太子妃の費用を使い込んでいた……とか?」
と低く唸る。
「それって……どういう事?」
アイーダ様の顔も曇ったままだ。
「これは推測も含まれますが……」
とジェフリー様は前置きして続けた。
「決まった贈り物だけでは満足出来なくなったステファニー嬢はこともあろうに、王太子妃に与えられた費用にまで手をつける様になった。
困った大臣は宰相に相談するが、黙っておくように口止めされた。……ここまでは証拠のあるものもありますので、概ね正解でしょう。
ここからは推測ですが、それに乗じて大臣もそのお金に手を出した。愛人に使うためでしょうね。大臣のお給金を使えば奥方にバレてしまう。しかし大臣も大胆だ……愛人に家を買ってあげた様ですから」
そう言ってニッコリ笑うジェフリー様の笑顔が少し怖い。
「だから……殿下がステファニー様をあの場で断罪した時……宰相は驚いていたんですね」
私が呟くと、ジェフリー様は相槌をうった。
「そう!宰相はステファニー嬢が使い込んだ額など、たかが知れていると思っていたんです。もちろん額の大小に関係なく、ステファニー嬢の行いは間違いですがね。
だから『返済するから許してくれ』と簡単に口に出来た。しかし殿下の口調から、相当な額をステファニー嬢が使い込んだのだと思ったのです。あの青ざめた顔はそのせいでしょう」
「ならば、ステファニー様が反論したら良かったのに」
アイーダ様がそう言うと、ジェフリー様はクスリと笑って、アイーダ様に優しく言った。
「ステファニー嬢はパニックになったんだ。使い込みが殿下にバレてしまった!ってね。そんな時に『使い込んだのは事実ですが、そんなに使ってません~』なんて言えないだろう?アイーダ、君ならあの場で言える?」
「それは……難しいわね。あの場であれ以上の恥はかきたくないわ」
「でも……宰相が使い込んだ費用を調べたら、直ぐに事実が分かるのではないですか?」
私からの質問に、父が腕を組みながら言った。
「きっと大臣が数字を慌てて改ざんしようとしたんだな……着服だ」
「ですね。大臣も殿下に使い込みどころか、買った品物まで報告されているとは思わなかった。これはフェリックス殿のお手柄ですね。
ステファニー嬢が買い込んだ物と使い込んだ金額を照らし合わせたら自分が着服した事がバレてしまうかもしれない。慌てた大臣は帳尻を合わせようとしてましたよ、必死に」
「ジェフリー様……もしや……」
「安心して下さい。大臣の身柄はうちで預かっていますよ。犯人は現場に戻ると言いますからね。ジョーンズ伯爵に見張って貰っていたんです。まぁ、本人は今のところ黙秘していますがね。
いやー!大臣が単純で良かった。直ぐに動いてくれたので、こんなに早く此処に来ることが出来ました」
またもやジェフリー様はニッコリと笑う。
まだ十六歳だというのに、ジェフリー様の笑顔がやっぱり怖い。
彼だけは敵に回さないでおこうと、此処にいるアイーダ様を除いた皆が心に誓ったに違いない。
「……殿下はどこまで知っているのでしょう?」
私の疑問に、一同は少し黙り込む。
殿下はステファニー様の使い込みは知っている。だけど大臣の件は?宰相が口止めした事は?
私の頭の中に数々の疑問が湧き上がる。
やはりここもジェフリー様が一番に口を開いた。
「ジョーンズ伯爵が殿下に密告したのは、ステファニー嬢の件だけだと聞いています。
ですが、大臣の身柄は確保出来ていますので、陛下の前に突き出せば、嫌でも喋るでしょう。
これを証拠にすれば……宰相も下手にわがままを通せなくなる筈です。それを理由にアンダーソン公爵の申し出を却下してもらう事は十分に可能だと思いますよ」
私達は皆、その言葉に頷いた。
「陛下にお会い出来る様に掛け合ってみるよ」
父の言葉に、
「いつでもお手伝いする準備は整っています」
とジェフリー様は微笑んだ。
すると、フェリックス様が思い出した様に声を上げた。
「あ……そういえば……メグ、試験はどうだったんだい?」
そう言われるまで私は、今日が自分の運命を決める大切な試験日だった事を、今の今まで忘れていたのだった。
それから五日後。陛下との面会が叶う事となった。
「未だにアンダーソン公爵は我々の抗議文については無視を決め込んでいる」
馬車の中で父は不満そうに腕を組んだ。
「ステファニー様もフェリックス様を諦める様子がありませんでしたので……」
「でもまぁ、心配するな。ジェフリー殿のお陰で宰相にも問題がある事が分かった。それを陛下に分かってもらえば、流石にお咎めなしとはならないだろう。それを理由にフェリックスの事は諦めてもらわねばな」
最近、この件のお陰でフェリックス様は毎日我が屋敷に来ては夕食を食べ、その後父と酒を酌み交わしていた。酔ったフェリックス様が泊まっていく事もあり、何故か父との仲が深まっていた。
フェリックス様を諦めきれないのは……父も……なのかもしれない。
フェリックス様は弟のネイサンにも剣の握り方を教えたり、身体の鍛え方を教えたりと、良い関係を作り始めていた。
あんなにフェリックス様に悪感情を持っていたネイサンが、フェリックス様に懐いているのを見て、ちょっとだけ複雑な気分になったのは内緒だ。
こうしてフェリックス様は自然とロビー家に溶け込み始めていた。我が家の誰もがこんな風に関係を築く事になるなど……予想もしていなかっただろう。
馬車が王宮に着く。
謁見の間に向かう私は緊張していた。
扉が開き、父と共に部屋へと通される。そこには既に近衛の騎士服に身を包んだ大柄な二人が待っていた。




