第50話
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ステファニー様の怒りは収まらない様で、私達は睨み合ったままだ。
しかしさっきまで明るかった空が急に暗くなりはじめた。
そのうち、ポツリポツリと雨粒が顔に当たる。
「雨……」
私の言葉に、フェリックス様は空を見上げた。
「不味いな、これは強くなりそうだ」
フェリックス様はやっと私を地面に降ろすと、自分の上着を脱いで私を頭からすっぽりと包み込む。
「メグは俺が連れて帰る。話は終わりだ!」
フェリックス様は馬に乗ると私に手を伸ばす。私がその手を掴むと、フェリックス様は軽々と私を馬上に引き上げた。
「フェリックス!貴方は結局、私と結婚する事になるわ!!」
「馬鹿言え!!言っておくがお前と結婚するぐらいなら、平民になった方がマシだ!」
フェリックス様はステファニー様にそう言い放つと、私に、
「メグ、俺にしっかりと掴まっておけよ」
と優しく言った。
「フェリックス!!後悔しても知らないから!!」
ステファニー様の声がどんどんと遠くなる。
「フェリックス様……ありがとうございました」
私の声はフェリックス様に掛けられた上着のせいでくぐもっていた。
上着はフェリックス様の香りがする。私はそれに包まれて、少しホッとしていた。
「例の件で伯爵に呼ばれたんだが、お前の御者が青い顔して帰ってきてな。俺も慌てたよ。
ステファニーがお前に何をするのか分からなかったし」
「結局ステファニー様は私をどこへ連れて行くつもりだったんてしょう」
「さぁな。お前が居なきゃ俺と結婚出来るとでも思ってたんなら、あいつは本物の阿呆だな」
フェリックス様は辛辣だ。
「だが、お前を見付けられて良かったよ。……これも運命って言うのかな?」
「……それも小説の受け売りですか?」
「そうだ。ん?気に入らないか?」
フェリックス様……恋愛小説に頼りすぎじゃないかしら?そんなのだからステファニー様に騙されるんじゃない?
だけど、私は言葉を呑み込んだ。
「いえ……別に気に入らないわけでは」
「そうか、そうか」
満足そうなフェリックス様に、私は頷くしか無かった。
我が家に到着した時には雨足が激しくなり、私はワンピースのスカート部分が濡れただけで収まったが、フェリックス様はずぶ濡れだった。
フェリックス様は私を馬から降ろす。
「フェリックス様、屋敷の中に入って直ぐに拭きませんと、風邪をひきます」
「それよりお前が先に着替えろ。お前こそ風邪をひく」
玄関まで二人で走る。
「おかえりなさいませ。直ぐに拭くものを」
メイド達が数人バタバタと動き回る。
そんな中、
「二人ともおかえりなさい」
と奥から顔を出したのはアイーダ様だった。
「アイーダ様?」
メイドに布を渡されながら、私は目を丸くした。
「話があって来たの。実はジェフリーも居るのよ」
私はジェフリー様の名前を聞いて慌てて皆が集まっているであろう応接室へ向かおうとする。
すると、フェリックス様、アイーダ様の二人から、
「「洋服を着替えてから!!」」
と声を合わせて注意をされてしまった。
「お待たせいたしました」
応接室に入った私とフェリックス様は、待っていた面々の顔を見渡してそう言った。
「フェリックスくん……やっぱり寸足らずだったね……」
びしょ濡れになったフェリックス様は、父の為に買っておいた新しいシャツとトラウザースに着替えて貰ったのだが、如何せん父とは体型が違いすぎた。
シュンとする父が少し可哀想だ。
「いえ、そんな事は……」
口ごもるフェリックス様に、皆心の中で『そんな事……ありますね』と突っ込んでいたに違いない。
「さぁ、二人共座って」
母がその空気を変えるように明るく言った。
私達は揃って長椅子に腰掛ける。温かいお茶が注がれたのを見計らって父が口を開いた。
「さて……。例の件で進展があった。まず、うちとハウエル侯爵から正式に抗議文をアンダーソン公爵に送ったが、何の答えもない。それと、例の密告者探しだが……ジェフリー殿、いいかな?」
父からのパスにジェフリー様が答える。
「実は、密告者が見つかった。……というかあのダンスパーティーの後、秘密裏に調べておいた」
事も無げにそう言うジェフリー様に、私とフェリックス様は驚いた。
「もう調べていたのですか?」
フェリックス様の問いに、自慢げに答えたのはジェフリー様ではなく、アイーダ様だった。
「ウフフ。ジェフリーはあの場でこうなる事を見越して、調べてくれていたの」
『えっへん』とでも言いたげなアイーダ様が可愛らしい。
ジェフリー様もそんなアイーダ様に苦笑いしながら、答える。
「嫌な予感がしたんだよ。あの親子は身勝手だからね。フェリックス殿を次の婚約者に指名する事は予測出来た。それと……気になったのは、ステファニー嬢の使い込みを殿下が何処で知ったか……だった。興味が湧いたから調べただけで、別に裏で糸を引いているというわけじゃないからね」
と戯けるジェフリー様だが、なるほどフェリックス様が次期宰相はジェフリー様だと言った理由がここにある気がした。
父もそれに口を挟む。
「さっき、私達もそれを聞かされてびっくりしていたんだよ。まさかこんなに早く密告者を見つけ出せるとは思っていなかった」
「もしかしたらお役に立てる情報かもしれないと思いお邪魔させていただきました。……ちなみにアイーダは君に会いたかっただけの様だよ」
とジェフリー様は自分の膝に置かれたアイーダ様の手をポンポンと軽く叩いた。
二人は自然と寄り添っていて、見ていて少し照れてしまう。だが、アイーダ様がとにかく幸せそうで、微笑ましい。
……天然で女性の扱いに慣れている人というのはスマートな振る舞いが出来るのだなと、私はまざまざと違いを見せつけられた気がした。……誰と比べたかは心の中でさえ、名を出すのは止めておこう。
「だって……せっかく二人がこれからって時に、邪魔が入ったんですもの。心配で……」
アイーダ様の優しさが嬉しかった。
「ところで……密告者は?」
フェリックス様の問いにジェフリー様は答えた。
「財務大臣補佐のジョーンズ伯爵です」
「ジョーンズ伯爵……」
そうフェリックス様は名前を呟いて頷く。
「なるほど。彼は正義感の強い方だ」
「そうなんです。ジョーンズ伯爵は王太子妃の予算が減っている事にある日偶然気付いた。それで最初財務大臣である、スパイク侯爵に相談した。スパイク侯爵は『分かった』と言ってくれたので、きちんと調べてくれていると思っていたらしいのですが……」
「だけど……何の答えも貰えなかった……と?」
「そうです。ステファニー嬢には元々、殿下の婚約者として、誕生日や、夜会の度にドレスやアクセサリーは贈られていました。
その費用の管理に携わっていたのはジョーンズ伯爵だったんですが……その後担当を外されています。その理由も曖昧にされ……大臣に不信感を持ったそうです」
「じゃあ……大臣は使い込みを知っていた……と」
「そうですね。その上……それを黙っている様に言ったのは宰相でしょう」
でも、あのダンスパーティーでの宰相の驚き方は本物だと思えたのだが……。
私の疑問は顔に出ていた様だ。そしてそれに答えをくれたのもジェフリー様だった。




