第49話
「ふん。そんな事で嫌われるぐらいなら、初めから結婚なんてしない方が良いに決ってるでしょう?私は試してあげただけよ、そこの女を」
「お前、メグに失礼な事を言うな!!」
とりあえず、今の私の問題はこのお姫様抱っこなのだが、それはひとまず置いておいて……私はステファニー様へ言った。
「別に私、フェリックス様を嫌っておりませんよ?私の気持ちを決めつけないで下さいね。あ!そうだ!ステファニー様、今こそフェリックス様に尋ねるべきではありませんか?」
「尋ねる?何を?」
ステファニー様が首を傾げる。フェリックス様も私の顔を覗き込み『何だ?』と言いたそうだ。
「フェリックス様がどちらを選ぶか……です。今って絶好のタイミングではないですか?あ……もしかしてもう先に質問してました?卒業式の時、その様にお話していた記憶が……」
「ちょ!黙りなさい!今じゃないでしょ!」
今じゃないなら、いつなんだ?私がそう思っている隙に答えは出ていた。
「は?そんな事、質問されなくても分かっているだろ?最初からメグ一択だ。子どもの頃から俺はメグしか見えていない」
そう言ったフェリックス様は、何故かそのまま私の額に口づけた。
私は思わず口づけられた額を隠す様に手で押さえた。は、恥ずかし過ぎる!!フェリックス様がいつの間にか甘々になってる……戸惑いが隠せない私は真っ赤になってしまった。
「ちょっと!人前で何をやっているのよ!!みっともない!!」
「みっともないって……婚約者に愛を伝えて何がみっともないんだ?」
「フェリックス!貴方はそんな男じゃないでしょ!!男は軽々しく愛を口にしないものよ!!」
「お前はいつもそう言っていたな『男は女に媚びるな、そんな男は嫌われる』だっけ?俺はメグに嫌われたくなくて、それを守ってしまった。……今思えば本当にメグに悪かったと思ってるよ」
「そ、それはフェリックスがその女に好かれる為にどうしたら良いかって私に質問するからよ」
「そう。お前なんかに相談した俺が悪かったんだ。もうお前の助言など聞かん。というか、あれは助言だったのか?最近読んだ小説には……」
そう言ったフェリックス様に私は思わず突っ込んだ。
「もしや、フェリックス様……恋愛小説を?」
「あぁ。サーフィスに勧められてな。意外と面白かったし、ためになった。女性はお姫様抱っこや、額に口づけなどを喜ぶのだろ?」
急に臆面もなくこんな事をやり始めたフェリックス様の理由がよーく分かった瞬間だった。
甘々になったフェリックス様は私に微笑みを向けた。私も目を丸くしたままフェリックス様を見る。
きっとそれはステファニー様の目には二人が甘い雰囲気で見つめ合っている様に見えたのだろう。
彼女は少しヒステリックに叫んだ。
「いい加減にしてよ!そんな地味な女のどこが良いのよ!」
「どこ……って。全部だよ。まずはキラキラと光る瞳。眼鏡をかけているから、その輝きは半減して見えるが、他の男に見つからない為には丁度良い。あとは艶のある髪に、微笑んだ時にちらりと見える可愛い歯だろ?形の良い唇に薔薇色の頬、それと……」
「ちょっと!止めて下さい!」
「ちょっと!止めなさいよ!」
珍しく私とステファニー様の意見が一致した。
恥ずかし過ぎて、私は顔から火を噴き出しそうな程だ。顔が熱い。
「そんな事訊いてないわよ!」
ステファニー様の言葉に私も同意だ。
「どこが好きなのか訊いたじゃないか。女性は『全部』と言われるより、具体的に好きな箇所を一つずつ挙げた方が喜ぶって……」
「それも恋愛小説に書かれていた事ですか……?」
私はつい口にしていた。
「そうだ。なるほどな、と思って」
サーフィス様……どんな恋愛小説を勧めたのだろう?
そんな私達の会話に、またステファニー様の我慢が限界に達した。
「貴女も貴女よ!どうしてフェリックスを手放さないの?あんなに二人を邪魔してやったのに!!お茶会だって、その女の誕生日だって、夜会だって……全部邪魔してやったのに!!」
やっぱり。ステファニー様が今までやっていた事は全て私とフェリックス様との仲が深まらない様にする為だったんだと納得した。
「それについてはメグに謝罪して彼女は許してくれた。これから先の長い人生全てをかけて償っていくつもりだ」
私が答える前にフェリックス様がそう口にしたが、
「フェリックスに訊いてないわ!」
とステファニー様は一刀両断だ。
「ステファニー様……では何故ステファニー様は殿下を待ち続けたのです?」
「そ、それは……!陛下がお決めになった事を私が覆す事が出来ないから……」
「私も何度も言ったはずです。うちは伯爵家。フェリックス様はハウエル侯爵のご嫡男です。もちろん私達の婚約も陛下に認められたもの。同じ立場ではないですか?」
私の言葉にステファニー様は黙り込む。
私は続けた。
「十年放置されたのは、私もステファニー様も同じです」
するとステファニー様は叫んだ。
「同じじゃないわ!!だ、だって……貴女はまだフェリックスの婚約者。私は婚約解消されたわ」
「ステファニー様……」
私は少し胸が痛んだ。確かに……私はまだ婚約者という立場だ……。そう思っていたら、
「どうして貴女みたいな地味な女に婚約者が居て、私が一人なのよ!!おかしいでしょう?それに、私は公爵令嬢。私に相応しいのはフェリックスだし、フェリックスに相応しいのも私の方だわ!!」
その言葉に私のちょっとした心の痛みは吹き飛んでしまった。……同情なんて、彼女には必要なさそうだ。




