第48話
「ちょっとお話良いかしら?安心して?屋敷には私が送って行くわ」
試験を終え、学園を出た私を待っていたのは、何故かステファニー様を乗せた馬車だった。
私を迎えに来ていたうちの御者も困惑している。私は御者に、
「アンダーソン公爵家の馬車で帰ると伝えて」
と頷く。御者はその言葉に心配そうな顔をしながらも、御者台へと手をかけた。
「さぁ、どうぞ」
アンダーソン公爵家の御者が私に手を差し出す。開かれた馬車の扉から見えるステファニー様は微笑んでいた。
私は意を決して御者の手を借り、馬車に乗り込んだ。……さて、どんな話をされるのやら。私は覚悟を決め、ステファニー様の向かいに腰掛ける。馬車はゆっくりと走り始めた。
「あの……どういったお話でしょうか?」
「私とフェリックスとの結婚についてよ」
ステファニー様は『さも当然』というような顔でさらりと言った。
「貴女には申し訳ないと思っているけど……もうフェリックスの事は諦めてくれないかしら?」
「諦めるも何も……フェリックス様の婚約者は私です」
「だから……貴女から婚約を解消すると言えば良いのよ」
ステファニー様は少し苛ついた様にそう言った。
この人にはいつも『フェリックスとの婚約を解消しろ』と言われている気がする。
「何度もお話しした通り、私から婚約解消を申し出る事はありません」
「良く考えて?殿下は……確かにこの国の為、帝国の皇女を娶る決断をされたけど、陛下にはアンダーソン公爵家を敵に回すつもりなどないのよ。今回の件はとても残念だったと陛下も仰っていたらしいし」
それは陛下が『自分に見る目がなかった』とステファニー様を王太子殿下の婚約者に指名してしまった事を残念に思っていた……って話じゃなかったかしら?
どうも彼女の頭の中では、都合良く改変が行われている様な気がしてならない。
とはいえ……確かにアンダーソン公爵領からの納税額等を考えると宰相を無碍には出来ない事は私としても理解出来ている。
そんな不安が顔を覗かせる。私は弱気な自分を振り払う様に小さく頭を振って、ステファニー様を見据えた。
「それをお決めになるのは陛下ですが……ステファニー様はそれで良いのですか?」
「良いって……何が?」
ステファニー様の声音にほんの少し棘を感じた。
「その様な方法でフェリックス様を手に入れて……それで満足ですか?」
「な、何を仰ってるのか分からないわ!」
「虚しくはないですか?宰相のお力でフェリックス様と結婚しても」
「はぁ?!貴族の婚姻とはそんな物よ?結局は家と家との絆を深める為のもの。フェリックスだってそんな事は十分理解しているわ。ロビー伯爵家との繋がりよりアンダーソン公爵家との繋がりの方が重要に決っているでしょう?
貴女も貴族の家に生まれたなら分かる筈よ?」
ステファニー様は私を馬鹿にした様にそう言った。
「確かに、政略結婚とはそういう物である事は私だって十分に理解しています。ですが、心までは手に入りませんよ?
結婚して死ぬまで……長い年月を共に過ごすのです。たとえ政略結婚であったとしても、私はお互い信頼出来る相手と共にありたいと……今はそう思います」
そう口にしながら私はフェリックス様を想う。
フェリックス様の気持ちを勘違いしていた頃の私なら、こんな風には思えなかっただろう。
結婚しても私の事など放置して、ステファニー様の側で過ごすフェリックス様を想像していた頃の私には。
「馬鹿馬鹿しい。私とフェリックスとの間には幼い頃からの絆と信頼があるわ。そんな事、貴女に心配していただかなくて結構よ」
あぁ……そう言えばステファニー様はまだ知らないのかもしれない。フェリックス様がこの十年ステファニー様の側に居たのは、殿下の頼みだった事を。
だが……今それを私が言った所で、ステファニー様は信じないだろう。
私が黙っていると、ステファニー様は少し勝ち誇った様な顔をして、私に、
「言っておくけど、貴女とフェリックスとの関係の方が希薄でしょう?だって……ずっと放っておかれたんですもの」
と口角を上げた。
ちょっとイラッとする。私が反論しようと口を開いた時―
『ドンドンドン』
と馬車の扉を叩く音がした。
私とステファニー様は揃って窓から外を覗く。
「フェリックス様?!」
「フェリックス!」
馬車に併走しながらフェリックス様が馬上から馬車の扉を叩いている。
「直ぐに停めなさい!」
ステファニー様が御者に鋭く声を掛ける。直ぐに馬車はゆっくりと停まった。
その途端、馬車の扉が乱暴に開かれた。
「メグ!無事か?!」
フェリックス様が私に向かって手を伸ばす。
すると何故かステファニー様が私を押しのけてその手を取った。
……しかし、その手をフェリックス様は振り払う。そして忌々しそうに言った。
「お前じゃない!俺はメグを迎えに来たんだ!メグを何処に連れて行くつもりだった?これは誘拐だぞ?!」
馬から飛び降りたフェリックス様は、ガツガツと馬車に乗り込むと、私を抱き上げて外へと連れ出す。
「失礼ね!誘拐なんてする訳ないじゃない。少しお話したい事があったから、馬車で送って差し上げてただけよ」
ステファニー様は口を尖らせるが、
「嘘をつけ!こっちはロビー伯爵邸とは真逆だろうが!」
とフェリックス様がピシャリと言った。
どうりで中々屋敷に着かないと思った。しかし、私はそれよりも気になる事がある。
「フェリックス様……降ろして下さい」
私は小さな声でフェリックス様の服の胸の辺りをツンツンと引っ張りながら訴える。流石にこの往来でお姫様抱っこをされているのは、恥ずかし過ぎる。
しかし、フェリックス様は一瞬私の方をチラリと見てニヤけるも、そのまま、またステファニー様に食ってかかる。
「流石にこんな事は許されないぞ」
「少し遠回りをしただけよ。男がそんな小さな事でガタガタ言わないでよ」
「あ~それそれ!お前がいつも『男はこうあるべき』と俺に色々と押し付けていたから、すっかりメグとの間に溝が出来てしまっていたじゃないか!」
……それだけが原因じゃないけど。私は心の中で呟いた。




