第43話
「それを知りながら皆が咎める事も出来なかったのは、君が次期王太子妃で宰相の娘だったからだ。
確認を私に取らなかった皆にも責任はあるが、君が私から許可を貰っていると言えば、何も言えなくなるだろう事は理解出来る。私は他の者を処するつもりはないよ」
殿下の言葉に私はまたフェリックス様の顔を確認する。フェリックス様は、
「言っとくが、王太子妃の予算を使用していた事は知らなかったぞ?殿下には買い物した物を逐一教えろと言われていたんだ!だから嫌々買い物にも付き合った」
と慌てながらも小声で私に弁明した。
ステファニー様は青い顔で唇を震わせている。すると宰相が、
「殿下!娘が本当に大変申し訳ない事を!把握出来ていなかった私にも責任があります!直ぐ様使用した費用についてはお返しいたしますので、どうかお許し下さい!」
と深々と頭を下げた。
「あ~、いいよ、いいよ。使ってしまったものを返せとは言わない。そこはもう気にしなくて良い」
太っ腹な殿下の言葉に宰相は頭を上げた。ステファニー様もこころなしか、少し顔色が良くなる。しかし……
「その金は今までの君の十年の時を『王太子の婚約者』という立場に縛り付けた謝礼として受け取ってくれ。
……うーん。言うならば『手切れ金』?『慰謝料』?どちらでも良いが、それだ」
という殿下の言葉に会場に居た皆も、ステファニー様も宰相も凍りついた。もちろん私も。
シーンと静まり返る会場に宰相とステファニー様の震える声が小さく重なって聞こえた。
「「どういう事です……?」」
「君の十年を奪ってしまった事については謝罪しよう。だが……その分良い思いもしたようだね。私の名を使いドレスやアクセサリーを買い観劇やレストランを予約し、優遇されてきただろう?
だが……流石に十年も掛けたのに王太子妃教育が終わらない様な者に私の隣は任せられない」
「これから!これから頑張ります!」
ステファニー様は必死になって殿下の方へと救いを求める様に手を伸ばすが、それをまた護衛がガードした。
「十年頑張れなかった者が、今から努力出来ると?それを信用出来る程、私はお人好しではない」
「で……では、私の娘は……?」
宰相が信じられないといった面持ちで殿下に問う。
「今までありがとう。今日でステファニーとの婚約は解消する。理由はさっき述べた通りだ。理解出来るね?」
殿下はニッコリと笑う。その笑顔に何故か恐ろしいものを感じた私は、ついフェリックス様の手をキュッと握った。
「そんな勝手な!良いですか?殿下とステファニーとの結婚は陛下のお決めになった事。殿下の一存でどうこう出来る様なものではありません!」
宰相の声には怒りが含まれている。ステファニー様はその様子を両手をギュッと握りしめて見守っていた。
「分かっているに決まっているじゃないか。もちろんこの事は陛下も同意した上でのこと。
ステファニーの行動は陛下にも報告済みだ。随分と残念がっていたよ。自分に見る目が無かったと」
殿下の煽る様な物言いに宰相の顔は怒りで真っ赤になった。だが、陛下も了承済みだという事実に黙り込む。
すると震える様な声でステファニー様が言った。
「わ、私は生まれてから十八年間、王太子妃になるのだと言われてきました……貴方に費やした時間は十年ではありません……」
顔色は青を通り越して真っ白。唇は震えているが、ステファニー様のその目は殿下を睨んでいた。
「あぁ、その通りだ。十八年……随分と教育のチャンスを与えたというのにな。でも、この十年で使った費用は十八年分の慰謝料としても十分な額だろう?」
殿下の言葉に被せる様に宰相が吠えた。
「アンダーソン公爵領からの納税額をご存知か?それでこの国が潤っている事は周知の事実。十年もこの国を顧みなかった殿下に、この国の何がわかるというのです?アンダーソン公爵家を蔑ろにすれば、後悔しますよ?」
「おいおい。私が十年遊び回っていたとでも?私がいつも考えているのは、この国と国民の事だ。客人としてソーランダー帝国の皇女を招いた事、これがその成果を物語っているじゃないか」
ソーランダー帝国。強大な力をもつ帝国ゆえ、属国になり下がる事を懸念して、微妙な距離を保ってきた国だ。友好国とはいえ、その結びつきは脆かった。
だがしかし……私には一つ疑問が残る。なぜ『第二皇女』なのだろう?
皇太子でもなく、第一皇女でもない。
これは此処にいる皆も感じている事だろう。
私はそっと伺う様にフェリックス様を見た。
……何故かフェリックス様は下を向いて笑みを堪えている様子だ。なんなら、笑いを堪える為に鼻の下が伸びている。
フェリックス様の視線を追うと、私がフェリックス様の手を無意識に握りしめていた事に気付いた。
私は慌てて、
「すみません」
と手を引こうとするが、それをフェリックス様は拒んだ。ますます私の手を強く握る。
「フェリックス様?」
「俺は今、猛烈に感動している。……メグから手を握って貰ったのは初めてだ」
と嬉しそうにまた私の手を握り直した。




