第42話
「誰……?」
ステファニー様と殿下、そしてその美女の間に何とも言えぬ空気が漂う。
それを静かに見守っていた周りの人々もざわつき始めて、次第にその声は大きな波となって、三人を飲み込もうとしていた。
まず初めに口を開いたのはピンクブロンドの長い髪を綺麗に編み込んでハーフアップにした小柄なご令嬢の方だった。
「はじめまして。アンダーソン公爵令嬢。まわりくどいのでステファニーさんと呼ばせて頂くわね」
その言葉に反応したのはステファニー様だ。
「ちょっと……どこのどなたかは存じませんけれど……初対面の貴女に先に声を掛けられた挙句『さん』付けで呼ばれるのは、とても不快ですわ。先に名前を名乗ったらどうなの?」
すると、それを黙って見ていた殿下が口を開く。その口元は何故かニヤけている様に見えた。
「彼女の事は私から紹介しよう。私が留学していたソーランダー帝国の第二皇女、ミリアンヌだ」
その名に周りはますますざわついた。ソーランダー帝国。我が国より北に位置する大きな帝国で、国交のある友好国ではあるものの、帝国の力が強すぎて我が国の貴族達が近づき過ぎる事を警戒していた国だ。確か殿下の最後の留学先だと聞いた時も皆、驚いていた。
客人がまさかそこの皇女だったとは……予想外だ。しかもあちらは皇帝以外の皇族の絵姿などを公開しておらず、私達も初めてお姿を見た。ステファニー様がミリアンヌ様の事を知らなくても、それは仕方ない。
それを聞いたステファニー様は急いでカーテシーをする。
「それは……存じ上げなかったとはいえ、失礼いたしました」
その後ろからは顔色を変えた宰相も現れて深々と礼をした。
「はじめまして、ミリアンヌ皇女様。娘が失礼いたしました、私はこの国で宰相をしております、アンダーソンと申します」
すると、ミリアンヌ様はこれまた優雅に微笑んで、
「お気になさらず。私をさっさと紹介しなかったジェレミーのせいなんだから。本当に悪趣味ね」
殿下の脇腹を突く。
「アハハ。すまん、すまん。サプライズは皆が驚けば驚く程愉快だからな」
「もう!貴方はそうやっていつも周りを振り回すんだから。少しは反省しなさいな」
「分かってるよ。だが、ミリーを振り回してるつもりはないぞ?私の方がいつもミリーに振り回されてる」
「まぁ!皆の前でそんな事言うなんて、意地悪ね」
何だか……二人の雰囲気が……こう……イチャイチャしている様に見える……。これって、何?
私は思わず隣に座ったフェリックス様の顔を見る。フェリックス様は既に頭を抱えていた。
「ちょっと!私そっちのけで話をするのは止めてくださる?」
ステファニー様のイライラがこちらにも伝わってくる。確かに面白くはないだろう。……まぁ、今まで自分が私に対してやって来た事だとは本人は思っていないだろうが。
「あぁ、すまないな。彼女がダンスパーティーを見てみたいというので、連れてきたんだが、邪魔してしまったかな?」
殿下のその言葉に隣のフェリックス様は『嘘つき』と呟いた。
どうもフェリックス様は殿下が此処に現れる事を知っていた様に見える。
私はその事について話したいと思う反面、これから何か起こりそうな予感に少し不安になった。
「邪魔だなんて、そんな。まだダンスパーティーは終わりではありませんので……もちろん私と踊って下さいますわよね?十年待ちましたもの」
ステファニー様は調子を取り戻した様に殿下に手を差し出した。
横顔しか見えないがその声は自信に満ちている。
殿下はそれに大きく頷いた。そして笑顔を見せる。
「確かに。十年とはとても長い時間だったな。だが……その間に王太子妃教育が終わっていないというのは何故だろうか?」
特に責める様な口調ではないのに、空気が凍った様に冷たく感じる。
「な、何を……」
ステファニー様の声は急に震えだした。
「何?自分が一番分かっているだろう?それに……今君が着ているドレス。そのドレス代が王太子妃の費用から出ているのはどういう事かな?」
「…………」
ステファニー様は黙っている。なるほど……沈黙は肯定という事か。
私はフェリックス様に顔を向けた。
「……報告を上げろと言われていた。しかもステファニーには言うなと。好きにさせておけと。まさか、こんな場所でこんな風に使うとは思っていなかったが」
フェリックス様は小さな声で私に告げた。フェリックス様が約束した人物……その人物が誰なのか分かってきた。約束した人物はステファニー様ではなく……
「フェリックス様は殿下に言われてステファニー様の側に?」
「あぁ。もうお前には言っても良いだろう。その通り。俺が約束したのは殿下だ。『任務』と言っても良い」
「なるほど。私、今、物凄く嫌な予感がするのですが……それもフェリックス様はご存知だったのですか?」
「言っとくが知ったのは殿下を国境沿いに出迎えに行った時だ。皇女の姿を見た時には腰を抜かすかと思ったよ」
これから起こる事が怖すぎて……私はフェリックス様と同様に顔が引きつってしまう。
「ステファニー……。君がこの十年やってきた事と言えば、王太子妃教育を適当にこなし、結婚もしていないのに、王族の費用を勝手に使った事だ」
「し、しかし。誰に咎められる事も御座いませんでした!ま、前借りしただけです」
殿下とステファニー様のやり取りは続いている。しかし……『前借り』って出来るものなの?
私は首を傾げた。




